【加筆修正版】青空の下で笑う君と

イワキヒロチカ

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貴方にだけは知られたくなかったのに2

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 月瀬と初めて会ったのは、真稀が母親を亡くしてすぐのことだ。

 あまりにも突然の母の死。
 真稀にとって母親が唯一の肉親だったため、近しい人の死は初めてだった。
 教えてくれる人もいなければ一般的な供養の流れなどわかるはずもなく、遺骨もなかったので葬式どころか墓も仏壇も用意しなかった。
 したいと思ったとしても、できなかっただろう。
 何しろあの時真稀は、まだ中学生だったのだ。

 それに、そもそも母の死は、誰にも話せないことだったから。

 母が亡くなって数日経つと、一人の男性が訪ねてきた。
 それが月瀬だ。
 唐突な訪問者に戸惑う真稀に、月瀬は名刺を渡しながら丁寧に名乗り、その昔真稀の母に恩を受けた者だと話した。
 その「恩」について彼は多くを語らなかったが、ソープ嬢をしていた母の客だったのだろうか。
 生地も仕立ても良さそうなスリーピーススーツをかっちりと着こなし、後ろに撫でつけられた漆黒の髪と切れ長の瞳。少し神経質そうにも見えてしまう硬質な雰囲気をまとった大人の男の人と、いつまでも子供っぽく出来の悪い姉のようだった母親が一体どんな関係だったのか、一つも結びつかない。
 だが何故か真稀自身も月瀬を知っているような気がして、突然の訪問を素直に受け入れた。

 一瞬、父親という言葉が脳裏をよぎる。
 
 後から聞いた年齢によれば、ほとんど母と変わらないようなので、ありえない話ではなさそうだ。
 あるいは、母を恩人だとかいうくらいの間柄だったのなら、もしかしたら真稀も幼い頃にその姿を見たことがあったのかもしれない。

 引っ越しを考えていたため、不要なものは全て処分してすっかりがらんとしてしまった狭い部屋で、母の遺品に手を合わせてから、月瀬は「君さえよければ」と少し緊張した面持ちで切り出した。
「恩人の息子である君を援助させてもらえないだろうか」
「援助……ですか?」
「彼女は天涯孤独の身の上だと聞いている。君は年の割には落ち着いて見えるが……社会的にみればまだ保護者を必要とする年齢だ。身の回りに里親や後見人になってくれそうな人はいるのか?」

 もちろん、何のあてもない。
 だが、誰かの世話になるという選択肢は初めからなかった。

「すみません、お気持ちは有難いと思いますけど……」
 母の死因、自分の出生、自分を取り巻く込み入った事情に、善意の人を巻き込むわけにはいかない。
 首を横に振った真稀だったが、何故か月瀬も譲らない。
 粘り強く説得され、最終的には真稀が「それでこの人が納得するなら数年くらい……」と押し切られてしまった。
 承諾したのは月瀬が譲らなかったからだが、それだけではない。
 中学校すらも卒業していない自分が今後一人きりで生きていくことへの不安ももちろんある。
 だが、何より月瀬崇史という人間に好感や興味を持ったことが大きかっただろう。

 母は人気の風俗嬢だったため実入りはよく、プライベートでは母子二人倹しく生活していたため、生きていくために今すぐに働かなくてもいい程度の蓄えはある。
 資金面での援助は不要なことと、誰にも明かせない真稀の事情にできる限り巻き込まぬよう、一人暮らしをさせてもらうことだけは約束して、二人は保護者と被保護者になった。

 それから四年の歳月が流れた。
 迷惑をかけることのないよう気を遣いながら、常に真面目に生活していたし、たまに会って食事をしながら近況を報告する程度で、後見人と被後見人としていい距離感と関係を保てていたと思う。
 そう、あと少し。
 ……月瀬が後見人でなくなり、彼が真稀の事情の責任を負わなくて済むようになるまで、本当にあと数ヶ月だったというのに。
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