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しおりを挟む御薙に送ってもらい晴十郎の家に戻った時、家主は在宅していた。
冬耶の身に何が起こったのかは把握していたようで、怪我の有無以外は何も聞かれず、更に「買い物には私が行ってきましたから、ゆっくり休んでください」との労りの言葉に、もう冬耶は恐縮しかない。
晴十郎の心遣いに感謝しながら、古い倉庫にいたため埃っぽくなった服を着替えるついでに風呂に入った。
風呂を出た頃には晴十郎は既に仕事に出かけていて、彼が出勤前にわざわざ作り置きしていってくれた夕食を、またもや感謝しながらいただいていると、御薙から話がしたいと電話がかかってきたので、家に来てはどうかと提案した。
電話の後、御薙はすぐにやってきた。
そして、ダイニングテーブルで向かい合うなり、切り出されたのは。
「お前の体質のことなんだが、男に戻るタイミングとか、条件みたいなものはわからないのか?」
「は、」
話とは仁々木若彦との内部抗争に関することだろうと思っていたのに、予想外すぎる質問に冬耶は手元のお茶をこぼしかけた。
「…え?なん、」
動揺のあまり冬耶が絶句すると、御薙は慌てて顔の前でぱちんと手を合わせ、頭を下げる。
「悪い!お前にとって触れられたくない話題かもしれなくて本当に申し訳ないんだが、『真冬』が狙われてる今、女でいるより男でいる方が安全だと思って」
「な、なるほ、ど…」
まさか御薙がそんな角度から冬耶の身の安全を図ろうとするとは思ってもみなかった。
目の前で変化するところを見たからといって、それをあっさり受け入れただけではなく活用までしようとするなんて、細かいことにこだわらなさすぎるのか、適応力がありすぎるのか。
こんな時に急に脳裏に国広の顔が浮かんできて、二人の親交が深い理由がなんとなくわかったようなわからないような。
「最近立て続けに何度か男に戻ったってことなら、なんか、条件とか法則みたいなのがあるんじゃねえか?」
「そ、そう、ですね……」
御薙の真摯な瞳、態度を見れば、心の底から冬耶の身を案じてくれていることがよくわかる。
だがしかし。
いや、だからこそ。
「(あんなこと、めちゃくちゃ話し辛いんですけど……!?)」
陰陽思想だの陰気だのと非現実的なことを真面目に話すだけでもいたたまれないのに、「結論として必要なのはあなたの精液です」などと好きな人に告げるのは、拷問に近い。
いっそ、五十鈴に聞いてくださいと丸投げしてしまおうか。
否、説明されるのをはたで聞いているのもそれはそれでとても気まずいだろう。
冬耶の沈黙を重くとらえた御薙の表情が、苦いものに変わる。
「……悪かった。触れられたくない話題だったよな」
しゅんとさせてしまった。
そんな悲しそうな顔をさせたかったわけではなくて、冬耶は慌てる。
「す、すみません!違うんです、嫌とかではなくて、その、ちょっと話しづらいというか…、」
「無理して話さなくていいんだぞ」
「だ、大丈夫です」
本当はあまり大丈夫ではないが、これまでのことを思えば、御薙にもう隠し事はしたくない。
冬耶は覚悟を決めて、話し始めた。
「実は、マスターとかかりつけの先生がこういうことじゃないかという仮説を立ててくれたのですが……」
・・・・・・・・・・・・。
「と、いうわけでして……」
「……………」
黙ってしまった御薙に、今度は冬耶が謝る。
「すみません!変な話をしてしまって!」
「あ、いや、驚いたが、大丈夫だ。何となくだが、どういうことだかわかった」
説明した自分でも信じられないような話なのだが、またもやそんなに簡単に受け入れてしまっていいのだろうか。
怒り出したり大仰に驚いたりせず冷静に聞いてもらえたことは、とてもありがたかったけれど。
「言いにくいことを言わせちまって悪かったな」
「いえ、こちらこそ、おかしな体質で、本当申し訳ないです……」
「別に望んでそうなったわけじゃないんだから、謝ることねえだろ」
「御薙さん……」
優しく諭されて、胸が詰まる感じがした。
この人は、どうしてこんなに優しいんだろう。
見つめ合うとやけに甘い空気が流れて、はっとして視線を外した。
同じく目をそらした御薙が「ゴホン!」とわざとらしく咳払いをして雰囲気を変える。
「じゃあ、あれだな。供給を絶やさなければ、男のままでいられるかもしれないってことだな」
「理論上は、そうなんですけど」
「命を狙われてるんだから、背に腹は代えられないだろ。男に戻って……」
「ま、待ってください!」
御薙が導きかけた結論に、冬耶は慌てた。
やはり、説明が理解できなかったのだろうか?
「供給を絶やさないようにするってことは、その、男の時にも、そういう行為が発生してしまうってことなんですけど……!」
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