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しおりを挟む鹿島がカウンターに万里の賄いを置く。
表面にちょんちょんと顔を出す野菜が芸術的な焦げ色を彩るほかほかのグラタン……ではなくリゾットだ。
いつも「米」とリクエストする万里への、鹿島の配慮が嬉しい。
がつがつといただきたかったが、隣でコーヒーカップを傾けている久世が気になる。
久世は自分が食べている間ずっとここにいるのだろうか。
そもそもここでなにをしているのか、と、問いかけようと開いた口は、しかし音を発することはなかった。
「ああ昴、もう来てたんだ。お待たせ」
神導だ。
見上げるほどに背の高い、ボディガードなのか腹心なのか知らないが無口無表情の土岐川という男を伴い、目に見えぬキラキラしたエフェクトを背負ってこちらに歩いてくる。
お疲れさま、とスタッフを労う笑顔は気持ち悪いくらいに綺麗で、万里は「お疲れ様です」と返しながら若干目を逸らした。
「一輝の飯が食いたくてな、少し早めに来た。お前またたっかい豆仕入れたな。三浦がおかんむりだろ」
久世の掲げたコーヒーカップに目をやった神導は、なまぬくい笑みを浮かべて明後日の方向を見つめる。
「基武にはいつもの豆って申告してあるから……」
「三浦も気の毒に……」
オーナーである神導でも三浦のことは怖いのか……。意外だ。
万里が感心しているうちに、二人と土岐川はVIPルームへと消えていった。
「昴さんと商談ってことは、月華はまたどこかに新しい店でも作るのか」
唐突な背後からの声に驚いて振り返る。
そこには出勤してきた店長と副店長が立っていた。
二人の言葉と、神導との親しげなやり取りを結び付けると、久世はただの常連では片付けられない人物のように思える。
「あの……久世様は、『SILENT BLUE』の関係者……なんですか?」
「ん?ああ、このビルももともと昴さんが手に入れたものだからな。ある意味『SILENT BLUE』の創業者の一人ともいえる」
思わず聞いてはみたものの、伊達のように自分で聞けと言われるのではと思ったが、副店長は軽い調子で教えてくれた。
だがその内容は、こともなげに語られたわりにスケールが大きすぎて理解が追い付かない。
「買った……んですか?ここを?」
「なんか銀行つついたときに出てきた不良債権の一つについてたとかいってたけど」
「故意だろうな。月華がこの立地を欲しがったんだろう」
「ハゲタカ様恐るべし」
愉快げに笑う副店長の言葉の意味がよくわからず、首を傾げた。
「ハゲタカ?」
「指名客の仕事も聞いていないのか。久世昴は投資ファンドの代表取締役だ。ハゲタカは検索しておけ」
店長の「怠慢だ」という視線に首を竦めた。
指名客の基本的な情報くらい本人からも周囲からも仕入れておけということだろう。
そんな厳しい店長の接客を見たことがあるが、経済的な専門用語だらけで何を話しているのかよくわからなかった。
どうやら店長は客相手にコンサルタントやアナリストのような役割を果たしているらしく、その実力を買われて『社外取締役に』などと頼まれることもあるらしい。
超高級クラブに通えるような社会的成功者のアドバイザー……それはキャストなのか何なのか……。
『SILENT BLUE』は色々と深い。
冷え切った視線が怖いので、それ以上情報を得ることは諦め、仕事が終わってから調べてみることにする。
有難いことなのだが折悪しくその日は指名が入り、気付いた時には神導も久世もいなくなっていた。
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