いじわる社長の愛玩バンビ

イワキヒロチカ

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 空は秋晴れ。時折吹き抜ける風が爽やかな、無駄にお出かけ日和のいい気候だ。
 壁面が滝のようになった水場を背景に大きな広場があり、万里は指定されたその水場の前に、緊張の面持ちで立っている。
 優しい日差しはキラキラと水を反射して、周囲ではカップルや親子連れがのどかに思い思いの時間を過ごしているが、それを見て和む余裕は今の万里にはない。

 あれから。
 久世がその日なら昼間は時間がとれるというので、『SILENT BLUE』の店休日である今日、ラーメンを食べに行こうということになった。
 予想以上に簡単に転がり込んできたチャンスを活かして有益な情報を得なければと思うと、緊張して顔がこわばってしまいそうだ。
 
 落ち着きなくスマートフォンを見たり、流れる水を見て心を落ち着けようとしたりしていると、久世が公園の入り口に姿を現した。
 秋の日に重たすぎないチョークストライプの入ったブラウンのスリーピーススーツ。スタイルのよさと甘い顔立ちは、ビジネスパーソンが多く通りかかるビジネス街に囲まれた公園内にあっても、無駄に人目を引いている。万里の姿を認めると、歩調を早めつつ軽く片手を上げた。

「早いな。待たせたか」

 久世は「悪かった」と素直に謝ってきたが、待ち合わせの時間にはまだ早い。
 万里は今日のことを思うとよく眠れず、起きてしまった後は何をしていても落ち着かなかったので、かなり早くにここまで来てしまっていただけだ。
 何か邪推されそうだが、謝らせたままにしておくのが嫌で、相対せずぼそぼそとフォローする。
「その、俺がちょっと…早く着いてしまっただけで」
「待ちきれなくて来ちゃった、か」
「っそんなんじゃ」
「っと、」

 案の定いらないことを言われたので、否定しようと勢いよく体の向きを変えたのと、久世が一歩を踏み出すタイミングが被ったせいで、接触してしまった。
 あっと思ったその瞬間。
 どんな運命のいたずらか、軽くバランスを崩した久世に、よそ見をしながら走ってきた小さい子がぶつかって。

「ちょっ……」

 ばしゃん、と鈍い水音が立った。

「……………………………」
「……………………………」
 とても気まずい間があり、万里は恐る恐る、一目瞭然のこの状況を改めて確認した。
 万里と子供に時間差攻撃をされて、数歩後退した久世は足を踏み外し、流石に尻餅をついたりはしなかったが、膝から下が完全に水に浸かってしまっている。

「す、すみません!」
 固まっていると、子供の母親が走ってきて蒼白で謝った。
 久世は水から上がり、靴に入ってしまった水を捨てながら、鷹揚に笑って応える。
「いや、大丈夫です。…お前は濡れなかったか?」
 気を付けろよ、と子供に笑いかける久世に、母子の目がハートマークになったのがわかった。
 …なんだか面白くないのは、同じ男としてコンプレックスを刺激されるせいだ。ぜったいにそうだ。

 そんなことを考えていた万里は、迫る危機に気付けなかった。

「万里、」

 名前?
 耳語された音にドキッとしたところを、体に軽い衝撃。

「え?うわっ」

 ばしゃん。

 膝下が、冷たい。
 見ずとも己の状態はわかったが、一応下へと視線を向けた。
 久世に押されたことで万里も水に落ちて、膝下が水に浸かってしまっている。
 ……………………。

「って!何してくれてんだよあんた!」
 ばしゃっと勢いよく上がると、飛沫を避けるように一歩下がった久世は楽しげな笑い声をあげた。
「これでおそろいだな」
「子供か!?こんなとこそろえる必要なかっただろ!」
「背伸びばかりしてるバンビちゃんもたまには童心にかえって」
「だから今!それが必要だったか…って……」
 気付けば、母子のぽかんとした表情が痛い。
 猛烈に「違うんです」と主張したい。何が違うのか自分でもよくわからないけれど。

「よし、行くか」

 久世は周りの空気など気にした様子もなく歩き出し、ついて来いというようにちらりとこちらを振り返った。
「は?行くって……」
 この場を離脱するのには万里も賛成だが、一体どこへ行くというのか。
 慌てて続くと、濡れた靴がぐしゃっと不快な音を立てた。
 眉を顰めて、靴の中の水を捨てる。
「これじゃ流石に飲食店には入れないだろ。うちが徒歩圏内だから、着替えに寄る」

「……………………え?」
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