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しおりを挟む連れていかれたのは、年季の入ったビルの地下にあるラーメン屋だった。
近代的なオフィス街にもこんな古げな建物が、と感心すると、東京は戦後に復興が進んだ分、最近整備された地方都市よりも古い建物があるんだと教えられた。
…確かに、万里の住んでいた辺りも、都内ではあるが近代的とは真逆の風情だ。
久世は色々なことを知っている。
店内は、……まあ、万里の地元のラーメン屋とほとんど変わらない。
テーブル席に向かい合わせで座り、悩んで末に結局チャーシュー麺を頼んだ。
今度はチャーシューを取られないようにしなければ。
そう思ったのが伝わったのか、はたと視線を上げると久世が楽しそうにこちらを見ている。
「バンビちゃんは肉が好きだな」
草食動物どこ行った、とからかわれてむっとする。
好きでこんな童話的な源氏名なのではない。
「鹿にも肉を食べる権利があると思う」
「確かにな。でも人間は雑食だから、バンビちゃんはバランスよく野菜も食べるんだぞ?」
おかんか!
ラーメンはすぐに運ばれて来て、料理を前にすると万里は色々なことを忘れた。
三分の二ほど平らげたところで、聞き捨てならない話があったことを思い出す。
「なあ、この間言ってた、『チギントノワルダクミ』って?」
「……カタコト風なのがとても気になるな」
くっと笑って久世はラーメンをすすった。
こんな場所でラーメンをすすっていても絵になるのが、いつもながら腹立たしい。
そのまま誤魔化されるかと思ったが、麺を嚥下し、一口水を飲んでから久世は説明を始めた。
「地方銀行も経営の厳しいところが多くてな。焦げ付いた債権をもらう代わりに、人材派遣の会社を紹介させてもらった」
「……それが悪巧み?」
「言っただろ。世界全体にとって利益になることしかしないって」
「いや、何がどう利益になってるのかがわからない……。銀行に何で人材派遣の会社なのかとか」
「まず、返してくれる当てのない債権なんか銀行側も持っていたくないだろ。一円にもならないよりは、売っ払った方がいい……場合もある。うちはその債権や会社で一儲けする。人材については、銀行にとって伝手があると意外に便利だ。人材難の会社は山ほどあるからな。取引先にいい人材を紹介すれば、金が帰ってくる可能性も高くなる」
「……それが悪巧み?」
二回目になるが、今度は『悪』の部分がよくわからない。
「人材派遣会社が月華の息のかかった会社だってだけの話だ」
「それは…………悪巧みだな」
神導がダークサイドに関わりがある人間だというのは、流石に万里にもわかる。
不安な気持ちがないわけではないが、父が金を借りてしまったのはそういう人間なのだ。一応、色々な覚悟はしていた。
久世はそれには答えず、軽く笑った。
『焦げ付いた債権』とは、父の作った借金のようなもののことだろう。
……その銀行から手に入れた『債権』というのが、父のものである可能性はあるだろうか。
一体それでどうやって金儲けをするのか。
聞いてみようかと思い立った時である。
「金融業界に興味があるのか?」
「え?」
口を開くより先にそう問われて、万里は思わず聞き返した。
「そうだな……バンビちゃんは思ってることが顔に出るから、投資よりも普通の銀行員の方が向いてそうだな」
久世は戸惑う相手に構わず、万里の将来像を展開する。
「不動産はどうだ?資産運用あたりとは関わりが深いし。宅建士とか」
「た、たくけんし……」
それが不動産に対して何をする人なのかがわからないが、万里の言葉を拾い、考えてくれたのだと思うと何故か胸に温かいものが満ちた。
今までの人生の中で、こんな風に具体的な未来を示してくれた人はいない。
月華の言葉で周囲が明るくなったように感じた時と同じだ。
『会社でも人材でも、育っていくものを見るのが好きなんだ、俺は』
先ほどの久世の言葉は、嘘ではなかった。
できれば久世に乗せられるまま、銀行員でも宅建士でも目指してみたい、けれど。
「参考にさせてもらうけど、今は、ちょっと接客も面白いなって思い始めたところだから」
父の会社のことが片付くまでは、考えてはいけないことだ。
『SILENT BLUE』で働くのが面白くなってきたのも嘘ではない。
でも、考えてくれてありがとう。と頭を下げた万里を見て、久世は一瞬目を丸くした。
すぐに何か難しげな顔になって、変なことを言い始める。
「そうか……他の男との話が楽しくなり始めたバンビちゃん……ちょっと妬けるな」
……なんでそうなった。
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