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しおりを挟む久世の話は続く。
貸した金が返ってこないかもしれないから回収に行けと神導が命じられたのが、万里に無断外泊の父から「倒産するんだ☆」と電話がかかってきたのと同じくらいの時間軸の出来事のようだ。
「わざわざ、しかも自分に回収させるなんて珍しいと思って相手について調べたら、俺好みの案件だったから、ってお鉢が回ってきた」
「好みの案件?」
「あまり利益には直結しないんだが、…まあ、趣味のレベルで企業再生も仕事にしている。言ったろ、育てるのが好きだって」
そういえば、投資ファンドについて調べたとき、『企業再生ファンド』なんて言葉も見かけたような気がする。
「月華の言う通り、お前の祖父さんは中々いい商売人だったみたいで、顧客筋が良く、潰すにはもったいない会社だった。卸という仕事は、メーカーからの直販が主流の今、シェアは狭いが一切不要なわけでもない」
現在は、父の再教育を神導側が引き受け、久世は会社の方の再建に手を尽くしていると言う。
「父さんは、なんか借金取りが来るみたいなこといってたけど…」
「それは大竹側の金の話だ。さっき一緒にいた奴らは、たぶん大竹に金を返済させるために大竹が金を借りた会社から回された奴等だろう。鈴鹿さんは、そのあたりも自分の負債と勘違いしてるみたいだったが」
父らしい。
大竹が借金をしたのは会社のためだと思っているのだろう。
脳はアレでも、人の善意を信じているところは、一応、長所だと思う。
「会社の方はもう梃入れはほぼ済んでて、あとは鈴鹿さんがなあ…」
「俺がこんなこと言うのも変かもしれないけど、代表を他の人にする気はなかったの?」
「何だかんだで、鈴鹿さんは古い顧客との繋がりが深い。会社にとっても益になると思ったから、要職に名前は残したいと思った。本人も、口ではやる気があると言っているし」
「あんまりいろんなことを教えずに、できることをやらせた方がいいんじゃないかな……」
まあそうなるだろうと久世は笑った。
「お前は、あんまり鈴鹿さんと似てないな」
言いたいことはわかる。
中学生くらいの頃は、似てきたらと思うと恐怖だった。
久世がこう言ってくれるということは、今のところは回避できているようだ。
「父さんはほとんど家にいなくて、俺は母親と祖父に育てられたと思ってるから」
「なるほど」
万里を『SILENT BLUE』で保護し、その間に会社を立て直す。大竹の横領も暴く。
それが計画の全容だったことはわかった。
「オーナーは、もう少し事情を話してくれてもよかったと思うんだけど」
そうすれば、多少はうまく立ち回れたかもしれないのに。
「月華にはちょっと込み入った事情がある。大竹のことに関しても、横領自体は早い段階で分かっていたし、月華の力があれば金貸しごと潰すことは簡単だった」
だが、久世が大竹にチラつかせた『帳簿はないが、こっちにはCIA並みの情報網があるんでね』というのは、公にはできない筋の情報らしい。
「こくしんかい……って、もしかして」
大竹が何度か口にしていた。その名は、ニュースなどで耳にすることがある。
神導の込み入った事情とは、そしてその上司とは、もしやヤクザの総本山と言われる組織の長……?
「それだ。今回の件は、全て個人レベルの話にしておかないと、鈴鹿商店が裏社会と繋がりがあることになるだろ」
「あんたが企業再生してるのはいいの?」
「俺は表向きは月華と関係がないことになってる。政府筋の仕事をすることもあるから、俺に裏社会と繋がりがあると困る方々は多いってわけだ」
言いたいことはわかるが、白々しいにもほどがある。
「あとは、下手に警戒せず大竹とは早めに接触してくれる方がよかった。暴行だの誘拐だので現行犯逮捕ができるし」
「……もしかして、失踪した父さんを半日放置しといたのって……」
「ああ、囮」
ですよね……。
……大人は、色々と汚い。
大体話し終えたのか、ほかに聞きたいことあるかと問われ、万里は逡巡の後、口を開いた。
「あの、じゃあ…『SILENT BLUE』で俺を指名したのは、保護…のため?」
やはり、久世は初めから万里のことを知っていたのだ。
それも、当初予想していたような搾取する側の人間としてではなく、協力者として。
父の会社ともども助けてもらっているわけで、それだけでも感謝しなければいけないのはわかる。
ただ、それ以外の理由も、……少しだけ期待してしまっていたから。
久世は語尾を弱めた万里の疑問を、別にそんなことは月華の関係者がケアしてるだろ、と一蹴した。
そして、何かを思い出すようにニヤリとする。
「仕事とは関係ない。お前、一瞬入ってきた客、…俺を見て、嫌そうな顔をしただろう」
そんな顔をしただろうか。
そういえば、「一番乗りとかどんだけ張り切ってんだ」というようなことを思ったような。
「いい顔だったから、指名したら面白そうだなって思って」
やはり久世は根性がひんまがっている。
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