61 / 120
61
しおりを挟む大学から久世のマンションへと通う道のりも、少し慣れた。
父は終電くらいには帰ってくるようになったものの、不在なことも多い。
夜に一人になる万里を気遣ったのか、時間があれば毎日会いたいと思ってもらえているのか(……できれば後者であって欲しい)、大学が終わった後、特に用事がなければうちで待ってろと合鍵をもらった。
自分がいないと寂しいと言うのならば仕方ない、夕食でも作って待っていてやろう……と思っていたのに、久世の帰宅と万里の来訪は同じくらいの時間になることがほとんどだ。
今日も道すがら連絡を入れると、ちょうど帰るところだと返事が来て、万里が着く頃には家と職場の近い久世は一足先に帰宅して夕食の準備に取り掛かっていた。
おかえり、と言われるのはなんだか恥ずかしい。
相手がキッチンに立っていても絵になりすぎる男前なら尚更だ。
つい口ごもると、笑われた。
今のうちに余裕ぶってろと万里は赤い顔で内心舌を出す。
そのうち料理の腕を磨き、腹ペコで帰宅した久世の前に好物ばかりの皿を並べて『おかえり』と勝ち誇ってやる!
……今日のところは、腹が減っているので負けてやることとした。
昨日「ハンバーグが食べたい」と強請ったので、いい音をたてるフライパンには挽肉が鎮座ましましている。
調理をする久世の傍らで使い終わった調理器具などを洗って片付けながら、先程大学に伊達と桜峰が結婚祝い(…)に来たことを話すと、久世は「あいつらが?」と可笑しげに口角を上げた。
「図書館は無事だったか?」
「あ。そういえば。……本が無事でよかった……」
言われてみれば、危ないところだったかもしれない。
伊達がなにかに躓かなくて、本当によかった。
皿に焼き上がったハンバーグを乗せると、そのフライパンでソースを作り始める。
器用なその手に見とれかけて、はっと聞くべきことを思い出した。
「ていうか、風の噂って何だよ!……け、……結婚とか…。あんた誰かに余計なこと話した?」
シャツの裾を引っ張りながら聞くと、久世はすっと目を逸らす。
「あー………まあ、一応心当たりは」
「誰に何言ったんだよ!死ぬほど恥ずかしかったんですけど!?」
「安心しろ、お前の性感帯とかは話してない」
「安心できるかー!」
その発想に不安しかないと真っ赤な顔で怒鳴る。
怒っているうちに、付け合わせの野菜が盛られ、ソースがかかりハンバーグは完成した。
自分の分を持たされ、ダイニングテーブルの方へと促される。
「お前が大竹に攫われたときに話しただろ。支給のスマホは位置情報を確認されてるって。その辺りの情報を扱ってる奴だ。月華の周辺のことはすべて把握してるから、別に俺が話すまでもなく知ってたと思うぞ」
あの時、久世が情報を得るのが早くて助かったのは確かなので、恩人ということになるのかもしれないが、不穏すぎて素直に感謝できない。
「一度見たら忘れないような奴だが…お前は会ったことなかったか。眠兎と仲よくしてるのを見たことがあるから、それ経由で伝わったんじゃないか」
「桜峰さんと…」
微妙に間違った感じのことを教えられていたようだが、その交遊関係は大丈夫なのだろうか。
桜峰は今日もコーヒーショップの店員にたかられていたし……。
とはいえ、言い寄る男たちの気持ちが全くわからないわけではない。
桜峰はきれいだ。
優しそうで、彼ならば自分を否定しないだろうと思わせるような雰囲気がある。
久世が指名していたのも頷けるが……何故万里へとグレードダウンしてしまったのだろう。
「あのさ、桜峰さんのことは好きにならなかったの?」
思わず直截に聞くと、スープを運んできた久世は目を丸くした。
「なんだ突然」
「ずっと指名してたって聞いたから、気に入ってたんだろうなって思って。…た、ただの素朴な疑問だけど」
「意外に嫉妬深いな、バンビちゃんは」
「素朴な疑問!興味本意!下世話な好奇心!」
断じてジェラシーなどではないとたたみかけると、久世は声を上げて笑った。
別に、久世に笑いを提供しようと思ったわけではないのに。
11
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
人気作家は売り専男子を抱き枕として独占したい
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
BL
八架 深都は好奇心から売り専のバイトをしている大学生。
ある日、不眠症の小説家・秋木 晴士から指名が入る。
秋木の家で深都はもこもこの部屋着を着せられて、抱きもせず添い寝させられる。
戸惑った深都だったが、秋木は気に入ったと何度も指名してくるようになって……。
●八架 深都(はちか みと)
20歳、大学2年生
好奇心旺盛な性格
●秋木 晴士(あきぎ せいじ)
26歳、小説家
重度の不眠症らしいが……?
※性的描写が含まれます
完結いたしました!
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる