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しおりを挟む黒塗りの車に乗せられ二十分は走っただろうか、湊が運ばれたのは繁華街にある二階建ての建物の中の、看板も出ていないような怪しい病院だった。
しかし外観とは裏腹に「こんな時間に急患とは相変わらず物騒だな」と呆れた表情で白衣を羽織りながら出てきたのは、大学病院にでもいそうな白髪交じりのオールバックの『大先生』風の偉丈夫で、少し意外な思いがする。
「ヤクザの医者じゃァ心配だろうが、北条先生はきちんと免許もあるまっとうなお医者様だ。安心しな」
心許ない顔でもしていたのだろうか、そんな風に言ってくれた竜次郎の祖父を、北条は処置をするからと診察室から追い出して、不安になる間もないほどの手際の良さで処置をしていく。
過去に医者に世話になったのは物心ついてからは数えるほどで、外傷なのに点滴が出てきて驚くと、化膿止めの抗生物質と痛み止めと水分と栄養だと丁寧に教えてくれた。
処置が終わると竜次郎の祖父を呼び、状態を説明する。
「仕事が早えな。助かる」
「チンピラならともかく金ちゃんが堅気さん連れ込むなんて珍しいな。愛人か?」
「んなわけねえだろう。竜の……」
にわかに部屋の外が騒がしくなったことで、会話が途切れて全員そちらへ注意を向ける。
「湊!」
バンッと大きな音を立てて開かれたドアから入ってきたのは、竜次郎だった。
「りゅ、竜次郎……」
どうして、という思いで二人を見比べる。だが、竜次郎はそれどころではない様子で祖父に食ってかかった。
「おい親父どういうことだよ、なんでこいつが刺されたりとか……っ」
ゴス。
「病室だぞ。ちったあ静かにできねえのかお前ェは」
「っ………、くそ。説明しろ。いや、それより湊は大丈夫なのか、先生」
ゲンコツを落とされた竜次郎は呻いて沈みかけるが踏みとどまり、今度は少し落ち着いて北条に問いかける。
「縫ったのは五針だが、それほど深くはない。全治一ヶ月程度だ。痕も残らんだろ」
「あんまり大丈夫じゃねえだろ重症じゃねえか!」
「だから大声を出すなっつってんだろ。餓鬼じゃねえんだ。竜、そんなザマじゃあ手前ェの方が心配だが、今夜は付き添って、明日連れ帰るか送っていくか、二人で話して決めな」
「え、でも、俺……」
おもってもみなかった言葉に驚いて身を起こした。北条が枕の位置を直して負担の少ないように座らせてくれる。
そんな姿を見て、竜次郎の祖父の厳しい表情が苦笑に変わる。諦観の中に見える微かなあたたかさに目を奪われた。
「お前さんが姿を消してすぐ、荒んでいくこいつの目を見て間違いに気付いたよ。だが、俺達と関わらずに生きていけるならそれに越したこたぁねえと思う気持ちは、ずっと変わらねえ。だから呼び戻すことはしなかったが、もしも、こんなことがあってもまだ、こいつの側に居たいってんなら、もう反対はしねえ。お前さんは命の恩人だ。借りは返す。…望みは叶える」
恩人だなどと、ナイフを持った男を追ったのは反射的な行動だった。唐突に現れた湊の心理をどんな風に捉えたのか、竜次郎が恋しくて地元に戻ってきたとでも思ったのだろうか。急展開に頭がついていかず、ただ目を瞬かせる。
極道の男は「すまなかったな」という言葉を残し、北条と共に病室を後にした。
ドアが閉まると、竜次郎が不機嫌そうに唸る。
「……………親父の奴………。そういうことか」
「おとう、さん?」
「俺らは組長を親父っつーんだよ。……いや、そんなのは今はどうでもいい。……五年前、あいつに何か言われたんだな?」
聡い男は今のやり取りで大体の経緯を察したらしい。もはや隠すことではないので慎重に頷いた。
「くそ。あのジジイ後で殴る」
「お祖父さんは、悪くないよ。俺が……弱かっただけで」
気兼ねのない、いい家族関係を築いているように思える二人が喧嘩をしては大変だと首を振る。
悪いのは、それを口実にして逃げ出した自分だ。彼に出て行って欲しいと請われなくても、早晩自分の想いの重さに不安が募って勝手に逃げ出していた可能性は高かった。
「俺が……竜次郎にずっと好きでいてもらえる自信が、なかったから……」
「バッ……」
「ごめんね」
何事か怒鳴りかけて、先程の祖父の叱責を思い出したのだろうか。絶句した竜次郎にそっと謝った。
「……お前は……」
竜次郎はしばらく頭の中を整理するように難しい顔で黙っていたが、一つ息を吐くと部屋の隅にあったパイプ椅子をベッドへと寄せて座った。
「言いたいことも聞きたいことも色々あるが、とりあえず休め。話は明日だ」
湊の体調を優先したようで、優しい手に促されて再びベッドへと横になる。
「竜次郎は……?」
「俺はここでお前が逃げないように見張ってるからな」
「……うん……」
今日一日、あまりにも物騒な出来事が多すぎた。五年の間、ほぼ自室と店の往復だけで穏やかな日々を過ごしていた湊にとっては刺激が強くて許容量を超えている。
竜次郎の隣は湊が一番安心できる場所だ。
まだ自分に竜次郎に甘える権利が残されているのかは分からなかったが、疲弊しきった脳は、甘えたがって思考を放棄した。
大きな手で頭を撫でられれば眠ろうと意識するまでもなくうとうとしてきて、湊はことりと眠りに落ちた。
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