溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ

文字の大きさ
54 / 188

54

しおりを挟む

 フロアを煌々と照らす照明。上質なカーペットの敷かれた無人のフロアには、スロットマシーンやルーレット、バカラの台などが並んでいる。
 今はまだ勝負の熱気に満ちてはいないそこを、二人の男が歩いていた。

「不機嫌そうな顔だなあ。折角オーダー通りの賭場を作ってあげたのに」
「お前の呼び出しは唐突なんだよ」
「松平組は昼間は比較的暇でしょ。それとも中断されたら不機嫌になるような何かをしてたのかな?」

 振り返り、にやにやとからかってくるその小綺麗なツラに拳を叩き込めたらどれほどすっきりするだろう。
 黒神会の跡目に最も近いと言われている男、神導月華。
 荒事に縁のなさそうな痩躯の優男だが、襲名披露の席で他組の組長の腕を斬り落としたという逸話は、ヤクザの間では眉を顰めて語られる類の伝説だ。


 黒神会こくしんかい
 数十年前、この組織を作った二人の男女が日本のヤクザを掌握したことで一時的に治安が回復し、そのため暴対法の施行が大幅に遅れたと言われている。
 事実上日本の裏社会の頭である黒神会は、指定暴力団をその傘下に置いていながら自らはその指定を受けてはいない。
 それは黒神会のトップである黒崎くろさき芳秀よしひでが、表社会にも多くのコネクションを持つからに他ならなかった。
 警察も政治家も見て見ぬ振りをするアンタッチャブル……その傍らにあり、黒崎芳秀を御し得た黒神会唯一の良心であった女の影は今はない。


 松平組はつい最近まで黒神会の傘下にはなかった。
 組長である松平金が組をかけた勝負に勝ったからだという噂があるが、真相は当事者以外には不明だ。
 それが最近になり突然手を結ぶ(表向きはそうなっている)ことになったのは、海外組織の台頭への対応のためだ。

 実は松平竜次郎には、極道という家業にそれほど特別な思い入れはない。
 自分を拾い育ててくれた松平金には恩があり、その男が望むからそのように生きている。
 無論、組の人間は皆家族と同じで、自分の大切なものを守りたいと思う気持ちは本物だが、湊がいなくなった後は義務的な気持ちの方が強かった。
 幸い、竜次郎には博徒としての素質はそれなりにあったので、金が健在な間くらいは松平組を現状維持できるだろうと踏んでいたのだが。

「ここがオープンすればそれなりのシノギになる事は間違いないけど、問題は奴らがどの程度絡んでくるかだよね」

 こんな胡散臭い奴と共同作業とは痛恨の極みだ。
 最後の侠客と謳われた松平金も、寄る年波には勝てなかったのか、しかし家族(組)を守るためとは言っても悪魔と取引をするのはどうかと思う。

「……そのことについてお前らが何の情報も掴んでないってのは考えにくいんだが」
「会長のところには何か入ってるかもしれないけど、僕のところにはまだ何も」
「あのおっさんが手に入れた情報を握ったままにしてて黒神会になんかいいことあんのか」
「あの人にとって重要なのは面白さだからね。僕たちが右往左往するのを見るのも娯楽だから」
「……………本気でクズだな」
「何を今更。あんまり真面目にツッコミ入れると喜ぶからスルーした方がいいよ」

 本当に。痛恨だ。

 自分たちだけで何とかすると言ってしまいたいが、湊と再会して少し事情が変わった。
 湊は神導月華の経営するクラブで働いている。イコール黒神会とのつながりを本人も気づかぬうちに持ってしまっているのだ。
 もはや松平組だけ無事ならいいなどと言ってはいられない状況である。
 心の底から関わりたくない連中ではあるが、松平組の平穏と、湊の安全のためには利用するしかない。

 そんな現状にうんざりしながら誘導されるままについていくと、目的の場所へとたどり着く。
 裏カジノの地下、重厚な扉の開かれた先に、唐突に和室が広がった。
「金さんのお気に召せばいいけど」
 悪戯っぽく笑った神導が襖に手をかける。
 中は盆中や鉄火場と呼ばれ、丁半博打などで馴染みの賭場だ。
 今はまだ開帳しておらず無人だが、男達の熱気、駒を集める掛け声、くゆる煙管の煙が見えるようでゾクリとする。

「お前のことはいけすかねえが……これは悪くねえな」

 ヤクザとしてのシノギにはそれほど興味はないが、勝負事の張り詰めた空気は嫌いではない。
 にやりと口角を上げれば、神導は「ま、当然だよね」と気障なウィンクで応じた。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅
BL
星座占いワースト一位だった。 面接落ちたっぽい。 彼氏に二股をかけられてた。しかも相手は女。でき婚するんだって。 占い通りワーストワンな一日の終わり。 「恋人のフリをして欲しい」 と、イケメンに攫われた。痴話喧嘩の最中、トイレから颯爽と、さらわれた。 「女ったらしエリート男」と「フラれたばっかの捨てられネコ」が始める偽同棲生活のお話。

異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった

カイリ
BL
16年間公爵令息として何不自由ない生活を送ってきたヴィンセント。 ある日突然、前世の記憶がよみがえってきて、ここがゲームの世界であると知る。 俺、いつ死んだの?! 死んだことにも驚きが隠せないが、何より自分が転生してしまったのは悪役令嬢だった。 男なのに悪役令嬢ってどういうこと? 乙女げーのキャラクターが男女逆転してしまった世界の話です。 ゆっくり更新していく予定です。 設定等甘いかもしれませんがご容赦ください。

処理中です...