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極道とウサギの甘いその後+サイドストーリー
極道とウサギの甘いその後4-7
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職場まで車で送ってきてくれた日守に礼を言って頭を下げると、物静かな男はもの言いたげに一瞬沈黙したが、「夜にまた」と短い一言のみを告げて去っていった。
彼が何を言おうとしたのかはわからないが、湊の見え透いた嘘には気付いていただろう。
今何かを聞かれてもうまく答えられる自信がなかったので、車内でも何も言わずにいてくれたのはありがたかった。
今朝は、アルコールのせいか大きないびきをかいている竜次郎と少し離れたところで掛け布団にくるまって朝を迎えた。
ほとんど横になっていただけで、満足な睡眠をとれたとはいいがたい。
起きる気配がない竜次郎を置いて部屋を出ると、近くにいた組員にシャワーを使わせてもらいたいと頼み、さっぱりして出てくると「朝食を」と配膳が済んだ座卓の前に案内された。
初めて入る部屋だったが、湊が静かに食事を摂るために、日守あたりが予め用意をしてくれたに違いない。
湊は、昨晩のショックからまだ立ち直れていなかった。
竜次郎が泥酔して帰ってきたことではない。
あれほど常に優しく、心を砕いてくれている竜次郎を怖いと思ってしまった自分が信じられなかったのだ。
湊のために南野に付き合ってああなった竜次郎が、自分を顧みずに眠ってしまったことを寂しく思うなど、一体どれだけ我儘なのだろう。
性別のことを言われるのは仕方がないので、せめて内面くらいは竜次郎に相応しくありたいと思っているのに。
自分勝手な自分が恥ずかしい。
竜次郎に合わせる顔がなくて、『今日は店でやらなければならないことがあるから、早めに送ってほしい』と嘘をついて逃げるように屋敷をでてきた。
時刻は十時になろうとしているところで、こんな時間から『SILENT BLUE』が開いているかどうかはわからない。
だが湊が一人で外出をすると、見知らぬ男性から声をかけられることが多いので、安心で安全な場所というと職場しか思いつかなかったのだ。
店の従業員用の入り口周辺には関係者以外は訪れない。
開いていなければそこで待たせてもらうか、ビルの最上階に住む店長と副店長に頼んで鍵を借りてもいいと思っていた。
心配するまでもなく、従業員用の入り口は開いていた。
ロッカーに私物を入れると、着替えはせずにバックヤードへと向かう。
恐らく、こんなに早く来ているのは厨房を任されている鹿島だろう。
フロアから見ると狭いバーカウンターのようになっている厨房だが、中には調理器具の揃った専門的な調理場が広がっている。
鹿島はいつも、そこで料理の腕を磨いているのだ。
バックヤードにいさせてもらうにしても一声かけておいた方がいいだろうと厨房を覗くと、やはりそこにいたのはウイングカラーのコックコートに身を包んだ、鹿島一輝だった。
出勤してくるには早すぎる湊を見て、目を丸くする。
「桜峰?どうしたんだ、こんなに早く」
「早くにすみません。その……隅っこの方にいさせてもらってもいいでしょうか……」
「それは全然かまわないけど……あまり顔色がよくないな。何か温かいものでも飲むか?」
鹿島は湊が何故早く来たのか言わないのをそれ以上突っ込むことなく、ココアでも作ってやるよと人のよさそうな垂れ気味の目を細めた。
その優しさに、湊は素直に甘えることにした。
スタッフが賄いを食べるために備え付けられているカウンターのスツールに座り、ココアを待つ間ぽつりぽつりと世間話をする。
「鹿島さんは、いつもこんなに早く来ているんですか?」
「仕入れが終わるとここに必要な食材を運び込んで、試作を兼ねて昼食……ってことが多いかな。一日師匠に付き合ってあちこち行ったり、オーナーに頼まれて色んな厨房のヘルプに行ってることもあるけど」
「毎日忙しいんですね……」
朝からそれらをこなした後、ほぼ毎日夕方から深夜まで、『SILENT BLUE』の厨房を一人で回すのだ。
「夜は賄いだけしか作らない日もあるから、趣味みたいなもんだよ」
驚いている湊に肩を竦めて笑う鹿島は、年齢は自分とそう変わらないはずなのに、本当にすごいと感心してしまう。
湊には、まずそれほど情熱を傾けられることがない。
竜次郎と一緒にいること以外にしたいことがないというのは……重すぎるといつも思う。
「(趣味とか……特技とかあると……少し自信がついたり気が紛れたりするのかな)」
ぼんやり考えていると、コトンと目の前にマグカップが置かれた。
湯気の立つそこから柔らかく甘い香りが漂う。
「ほら、ココア。熱いから気を付けろよ」
「ありがとうございます」
鹿島らしい、甘すぎないが深みがある、そして優しい味だ。
ふと、以前水戸の喫茶店で飲んだコーヒーを思い出す。
『SILENT BLUE』も、あの喫茶店も、人の心を優しくする素敵な場所だなと、改めてそう思う湊だった。
彼が何を言おうとしたのかはわからないが、湊の見え透いた嘘には気付いていただろう。
今何かを聞かれてもうまく答えられる自信がなかったので、車内でも何も言わずにいてくれたのはありがたかった。
今朝は、アルコールのせいか大きないびきをかいている竜次郎と少し離れたところで掛け布団にくるまって朝を迎えた。
ほとんど横になっていただけで、満足な睡眠をとれたとはいいがたい。
起きる気配がない竜次郎を置いて部屋を出ると、近くにいた組員にシャワーを使わせてもらいたいと頼み、さっぱりして出てくると「朝食を」と配膳が済んだ座卓の前に案内された。
初めて入る部屋だったが、湊が静かに食事を摂るために、日守あたりが予め用意をしてくれたに違いない。
湊は、昨晩のショックからまだ立ち直れていなかった。
竜次郎が泥酔して帰ってきたことではない。
あれほど常に優しく、心を砕いてくれている竜次郎を怖いと思ってしまった自分が信じられなかったのだ。
湊のために南野に付き合ってああなった竜次郎が、自分を顧みずに眠ってしまったことを寂しく思うなど、一体どれだけ我儘なのだろう。
性別のことを言われるのは仕方がないので、せめて内面くらいは竜次郎に相応しくありたいと思っているのに。
自分勝手な自分が恥ずかしい。
竜次郎に合わせる顔がなくて、『今日は店でやらなければならないことがあるから、早めに送ってほしい』と嘘をついて逃げるように屋敷をでてきた。
時刻は十時になろうとしているところで、こんな時間から『SILENT BLUE』が開いているかどうかはわからない。
だが湊が一人で外出をすると、見知らぬ男性から声をかけられることが多いので、安心で安全な場所というと職場しか思いつかなかったのだ。
店の従業員用の入り口周辺には関係者以外は訪れない。
開いていなければそこで待たせてもらうか、ビルの最上階に住む店長と副店長に頼んで鍵を借りてもいいと思っていた。
心配するまでもなく、従業員用の入り口は開いていた。
ロッカーに私物を入れると、着替えはせずにバックヤードへと向かう。
恐らく、こんなに早く来ているのは厨房を任されている鹿島だろう。
フロアから見ると狭いバーカウンターのようになっている厨房だが、中には調理器具の揃った専門的な調理場が広がっている。
鹿島はいつも、そこで料理の腕を磨いているのだ。
バックヤードにいさせてもらうにしても一声かけておいた方がいいだろうと厨房を覗くと、やはりそこにいたのはウイングカラーのコックコートに身を包んだ、鹿島一輝だった。
出勤してくるには早すぎる湊を見て、目を丸くする。
「桜峰?どうしたんだ、こんなに早く」
「早くにすみません。その……隅っこの方にいさせてもらってもいいでしょうか……」
「それは全然かまわないけど……あまり顔色がよくないな。何か温かいものでも飲むか?」
鹿島は湊が何故早く来たのか言わないのをそれ以上突っ込むことなく、ココアでも作ってやるよと人のよさそうな垂れ気味の目を細めた。
その優しさに、湊は素直に甘えることにした。
スタッフが賄いを食べるために備え付けられているカウンターのスツールに座り、ココアを待つ間ぽつりぽつりと世間話をする。
「鹿島さんは、いつもこんなに早く来ているんですか?」
「仕入れが終わるとここに必要な食材を運び込んで、試作を兼ねて昼食……ってことが多いかな。一日師匠に付き合ってあちこち行ったり、オーナーに頼まれて色んな厨房のヘルプに行ってることもあるけど」
「毎日忙しいんですね……」
朝からそれらをこなした後、ほぼ毎日夕方から深夜まで、『SILENT BLUE』の厨房を一人で回すのだ。
「夜は賄いだけしか作らない日もあるから、趣味みたいなもんだよ」
驚いている湊に肩を竦めて笑う鹿島は、年齢は自分とそう変わらないはずなのに、本当にすごいと感心してしまう。
湊には、まずそれほど情熱を傾けられることがない。
竜次郎と一緒にいること以外にしたいことがないというのは……重すぎるといつも思う。
「(趣味とか……特技とかあると……少し自信がついたり気が紛れたりするのかな)」
ぼんやり考えていると、コトンと目の前にマグカップが置かれた。
湯気の立つそこから柔らかく甘い香りが漂う。
「ほら、ココア。熱いから気を付けろよ」
「ありがとうございます」
鹿島らしい、甘すぎないが深みがある、そして優しい味だ。
ふと、以前水戸の喫茶店で飲んだコーヒーを思い出す。
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