箱庭幻想譚―救い無き箱庭で、少女は幸せを願う―

物部妖狐

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第一章 ようこそ、救い無き箱庭へ

第10話 暴食と施し

 鏡が無いから、影越しにしか姿を確認することができないけど、悪魔の羽が頭からも生えていることに、現実がちょっと追いつかない。

「なんか——ぴょこぴょこしてる」
「服装とも相まって……実に神秘的で、素敵なお姿です」

 キューちゃんが褒めてくれるけど、そんなふうに言われても素直に喜んでいいのか少しだけ迷う。
もちろん、今の私は誰もがうらやむ絶世の美少女だ。
でも、だからって人前で堂々と見せびらかせるほどの勇気はない。

「さて……準備もできたことですし、さっそく戦闘訓練を致しましょう」

 キューちゃんが両手に持っていた複数の御札をひらりと放る。
すると青い炎に包まれ、宙に浮いたまま、ふわふわと彼の周囲を漂い始めた。

「この炎は、触れた相手の傷を癒す効果があります。……ですが、当たると多少、熱いらしいので——気を付けてくださいね」

 キューちゃんはそう言うと、九本の尻尾の先に青い炎を乗せ、器用に動かしてこちらに投げて来た。

(……多少熱いということは、お風呂でちょっと熱めかも、くらいかな)

 そう思って、試しに当たってみると、思った以上に熱い。
けど耐えられないほどではないし、これくらいならなんとかなりそう。

(けど、私はキューちゃんみたいに、武器になるようなものとか持ってないし、これって——詰んでない? 最初からクライマックスってない?)

 天神と魔神が作った身体だから、何かしら特殊能力があるかもしれない。
背中から翼を出して、はい、おしまいではないはずだ。

「シャルネ様。相手に攻撃をする想像をしながら、魔族の翼が生えている方の手で触れてみてください」

 いきなりそんなことを言われても、今まで戦ったことがないからわからない。

(とりあえず、こう——ていっ! って感じではたいてみようかな)

 試しに、悪魔の翼が生えてる方の左手で炎に触れてみる。
すると一瞬にして、まるでそこに始めから存在していなかったかのように消えてしまった。

「……素晴らしいですね」

 存在そのものを喰らったかのような感覚に、思わず嘔吐感が込み上げる。
けど、気持ち悪いはずなのに、私の中は妙に満たされていて——。

「あ、あの——これ、わ、わたし!?」
「シャルネ様が先ほど行ったのは、暴食の腕によるエナジードレインです。相手を害すつもりで触れれば、生命力を一方的に奪い、ご自分のものにできます」
「え、えっと……」
「魔力による攻撃も同じです。術に込められた力を吸収すれば、シャルネ様の力にできます」

 じゃあ、天使の翼がある方で触れたら、どうなるんだろう。
そう思って炎に手を伸ばすけれど、まるで逃げるみたいにするりと離れていってしまい、触れることができない。

「あぁ、そちらの天族の翼が生えている方ですね。でしたら、試しに私に触れてみてください」
「ふ、触れてって……本当にいいの?」
「えぇ、構いません。それか殴っても構いませんよ? 戦闘訓練ですから、思うようにやってみてください」

 言われた通り、ぎゅっと拳を握ってキューちゃんを殴ってみる。
すると、今度は先ほどとは違って、私の中から大切な物が出ていく感覚に襲われた。

(……うえぇ、気持ち悪い)

 あまりの不快感に、視界が明滅する。
例えるなら、頭の中をミキサーでぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、内側から無理やり押し出されているような感じ。
とにかく、立っていられるような状況じゃない。

「今行ったのは、施しの腕です。シャルネ様の生命力を相手に分け与えることで、傷を癒すことができます。ただ……使い過ぎると命に関わるのでご注意ください」
「そんなの……どうやって、戦いに役立てればいいの?」
「使い方次第です。そうですね——私なら、暴食の腕で敵の生命力を奪い、それを施しの腕で味方に分け与えて癒す、という方法を取りますね」

 それってもしかしてだけど、私の能力って凄いのでは?
ちゃんと状況に合わせて使い分けることさえできれば、ゼンさんやカーティスさんが傷ついても、すぐに治してあげられる。

(まるで、攻撃と回復が両方できる勇者様みたい! つまり物語の主人公。つまり……私って凄い偉いっ!)

 でも勇者になんかになってしまったら、私が負けたらどこかの偉い王様から――

『おぉ、勇者シャルネよ。負けてしまうとは情けない』

 とか言われちゃうんだろうなぁ。
それはさすがに嫌かも。

「ですが、この施しの腕は、負傷していない人や物に使うと、過剰な回復を起こしてしまう——らしいので、気を付けてください」
「え?過剰なかいふ……く?」
「そちらの能力に関しては、私の専門外なので天神様伝手なのですが。生命力を分け与えられすぎると、内側から損傷してしまうらしくて……」

 それって怖いけど、凄い便利なんじゃないかな。
相手がぎりぎり死なないところまで生命力を分け与えて、暴食の腕で吸うを繰り返せば、どんな相手でも、こっちの言うことを聞かせられそう。

(これって……人としてはやっちゃいけないことな気がする。けど、神様たちと戦うなら、できた方がいいかも?)

 殺さなくても、私に逆らえなくしちゃえば……それって、平和的な解決だよね。

(あれ?もしかして私って、実は頭が良い? 照れるなぁ、前世の辛い経験も、ちゃんと生かせて偉いなぁ)

 子供の頃、死なないぎりぎりのラインで生かされてきたから、どれくらいで逆らわずに言うことを聞かせられるのかは、理解してるつもり——

(こういうのってさ、やった方は覚えていないかもしれないけど、やられた側はいつまでも、心と身体が覚えちゃってるんだよね)

 これが一般的にはおかしいことくらい、わかってる。
けど、これが私だから……しょうがない。

「……今日の戦闘訓練はここまでにしましょう。シャルネ様、翼をしまうイメージをしてください」
「え、う……うん」

 キューちゃんの指示に従って、身体の中にしまうイメージをしていく。
すると、背中に生えていた翼が空気に溶けるように消えてしまった。

(綺麗でかっこいい翼。ずっと……出していたかったな)

 けど、出したままだと周囲の視線を集めてしまう。
けど、それのどこがダメなの? 私の姿を見て、からかったり虐げたりしてくる人たちなんて、全員——暴食の腕で分からせてあげればいいのに。

「シャルネ様、あなたは——おや? どうやらいいタイミングで終わったようですね。ゼンが、カーティスを連れて来てくれましたよ」

 穏やかな笑みを浮かべたキューちゃんが指を差した方向に顔を向けると、鮮やかな紫色の髪をなびかせた男性が、ゼンさんと並んでこちらへ歩いてくるのが見えた。
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