治癒術師の非日常―辺境の治癒術師と異世界から来た魔術師による成長物語―

物部妖狐

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第十章 魔導国学園騒動

57話 叡智の最期

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 母さんがマスカレイドの首を抱きかかえ呟くと、身体の力が抜けたのかそのまま床に倒れる。
その姿を見たぼく達は急いで駆け寄るけど、既に呼吸が不規則で浅く、いつこと切れてもおかしくない状況になっていた。

「……母さん」
「カルディア様!」

 本来ならここまで状態が急変する事何てありえない。
もしかして魔力を使い過ぎたせいで、魔力欠乏症になったのではないかと思ったけど……それでここまで衰弱する事は無い筈だ。
つまり今の状況は、ぼくが持っている知識の中では理解が出来なくて、治療を行おうにもどうすればいいのか分からなくて、無力感に苛まれる。

「……治療をしようとしても意味が無いわ」
「あ?それってどういうことだよ」

 先程とは違い、しっかりとした口調で話す母さんの姿は何て言うか、死期が迫っている人に起きる現象である中治り現象に近いような物を感じる。
死ぬ前に脳内から、特定の物質が出される事で元気になる症状の事だけど、あくまで一時的な事であって、症状が回復したりした訳では無い。

「最後の魔導砲に乗せたのは魔力だけじゃないのよ」
「乗せたわけじゃないってどういう……?」
「私の魔導砲とマスカレイドのカタストロフの威力は、本来なら互角なの……それを強引に覆す方法が一つだけあってね?魔力以外にも生命力を燃やしたのよ」
「カルディア様、どうしてそんな事を……私達に任せてくれた良かったのに」

 無理をするくらいなら、どうしてぼく達を頼ってくれなかったのだろうか。
そうすればこんなところで母さんが死ぬ必要何て無かったのに……、この人にはまだダートのお腹の中にいる子供をみせてあげられてないし、元気に産まれたくれた後に、ぼくが子供の時はどういう風に育てたのかとか、色々と親になる為に聞きたい事や知りたい事が沢山ある。
だから……無理だとは分かっているけど、でも……生きていて欲しかった。

「……あなた達に任せて、レイドを討伐させるのは私がいたから出来たでしょうね、でも……私の命は残り僅かなのよ、もって後半年早くて一ヵ月も持たないくらいだったわ」
「そんな、母さんの調子が悪いのは分かってたけど……、どうして今まで言ってくれなかったの?」
「……ダーちゃんには伝えてあるわよ?ただね、私なりに戦いながら考えながら思ったのよ」
「……思った?」
「えぇ、私が死ぬ時は誰と一緒にいたのかなって、そう思ったらね?レイドの事が浮かんだの……私とレイドは善人では無いし、どちらかというと本能のままに探求心を満たそうと、知識を求め私は【叡智】のその先を、彼は【黎明】が見せる新たな世界を実現する為に道を踏み外すような事をしたわ、……レイドに至ってはシャルネの影響を受けて壊れてしまった」

 母さん、いや……カルディアの眼の色が濁り暗くなって行く。
そして呼吸が不規則になるのを見ると、本当にもう終わりの時間が近づいて来たのだと理解する。
こういう時、感謝の言葉を伝えたり、今まで言えなかった事を伝えた方がいいって分かってるけど、気持ちでは分かっていても、言おうとすると何故か喉が渇いて張り付いてしまったかのように、声が出せなくなってしまう。
いや……ちゃんと理由は分かってる、言葉にしたら最期、本当に終わってしまうと終わっているから言葉に出来ないんだ。

「たぶん、私達がハーフエルフ……娘のフィリアを作る時から、影響を受けていたのでしょうね……そして異世界へと渡る方法を作ろうとした結果、ダーちゃんが異世界からこの世界に迷い込んでしまったり……本当に取り返しのつかない事をしてしまった……わ」
「母さん、これ以上は無理して言葉にしなくていいよ……」
「いや、父さん……言わせてやれ、 最期の言葉は俺達がちゃんと聞いてやらねぇとダメだ」
「ありがとうね、ダリアちゃん、けど、もう特に言う事は無いわ……けど、そうね」

 光を失った眼で、ぼく達のいるであろう方向を見ようとしているのだろうけど、全くもって違うところを向いている。
既に眼が見えなくなっているのだろう……、現に瞳孔も開き切っていて亡くなる直前のそれだ。

「私達は思うとおりに、やりたいように生きた……、それも長いとき、を……だからあたな達も……思うとおりに、後悔しない人生を生きる為に、今を精一杯生きなさい……、大丈夫、この人は私がちゃんと連れて行くから」

 その瞬間、カルディアの手元にひび割れた心器の鉄扇が表れると、マスカレイドの頭部に向かって魔力の光を向ける。
それに反応するかのように、マスカレイドの眼が動くと……

「フィリアへの伝言、伝えるのはレース……貴様に任せたぞ」
「あ、そうだった……わね、あの子には、幸せになりなさいって伝えておい……て……」

……カルディアの心器から溢れ出た光が、二人を包み込むと……まるで全身が土気色に染まっていく。
そして……手足が徐々に砂のように崩れていくと頭の中で『【黎明】保持者、マスカレイド・ハルサーの死亡を確認致しました、現時刻を持って特性の移植シークエンスを開始致します』という声が聞こえたかと思うと、激しい頭痛に襲われて意識を手放してしまうのだった。
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