132 / 132
2章
傀儡化
しおりを挟む
(はぁ……やっと終わったか……)
ノイアステル家の晩餐会に臨時メイドとして参加していたアレスは、慣れない女性の体だということも相まってようやく終わりを迎えその顔に疲れを滲ませていた。
「アスカちゃん!これ私の名刺!いつでも屋敷に来てもいいからね!」
「もし気が変わったのならこのまま私と共に来ないか!?」
「悪いことは言わない。貴族の嫁なんて平民がそう簡単になれるものじゃないんだよ?」
「も、申し訳ございません。光栄ですが、今の私には今の立場で精一杯ですので」
晩餐会の会場を後にする貴族たちの見送りをしながら、流れるように自分の元に来るよう言葉をかけて来る貴族たちの誘いを断っていく。
ひとつ頭を下げるたび次の貴族が目の前にやってくる。
(こんだけ断ってんだからいい加減やめろや)
「アスカちゃん!私の第一婦人にしてあげよう!どうだい?悪い話じゃないだろ?」
(おっさんさっき帰ったんじゃないのかよ!?戻ってくるな!!)
「もったいなきお言葉です。ですが、今はまだ自由の身で居続けたいのです」
メイドに扮している自分が強い言葉その誘いを拒絶するわけにもいかず、アレスは最後まで丁寧に断り続けたのだった。
それは今までにアレスが経験したことのないような精神的疲労。
(なんでこんな男に言い寄られにゃならんのだ。ティナもきっと大変なんだろうな……いやあいつの立場ならここまで無礼なことはできんか)
「さてと、ようやく終わったって感じだがここからが本番……あれ?」
晩餐会に招待されていた貴族たちが去り、会場はノイアステル家の使用人たちが片付けを始める。
今回の臨時メイドの仕事に片付けが含まれていなかったことから自分を攫うつもりならこのタイミングだろうと考えていたアレスだったのだが、周囲を見渡したその時、あることに気が付いたのだ。
「すみません。ノクタールさんみませんでした?」
「え?ああ、一緒にメイドやってた子よね?そういえばさっきから姿が見えないけど……」
それは控室でアレスに1番話しかけてきていたノクタールという女性の姿が見えないことだったのだ。
晩餐会は終わったが、流石に速攻で帰ったとは考えにくい。
「あの、すみません。一緒に雇われていたノクタールさんがどこに行ったかご存じないですか?」
「ノクタール……ああ、彼女なら少し前に帰ったよ」
「なんでも体調が悪くなったと言ってね。貴族が集まる晩餐会で緊張したんだろう。心配する必要はないよ」
(いいや、違うな。こちらは嘘をついている。おそらく彼女も……)
「アスカさん。少しお時間よろしいでしょうか?」
「はい?」
「当主様がお呼びです。応接間へ案内しますのでこちらへいらしてください」
「わかりましたわ」
(警戒されてターゲットから外されたかと焦ったが……いよいよか)
アレスは付近にいた黒服の使用人たちに彼女がどこへ行ってしまったのか質問する。
使用人たちはノクタールが先に帰ったと答えたのだが、アレスの目は誤魔化すことはできない。
彼らが嘘をついていると見抜いたアレスは彼女もミシェルと同様に誘拐されたと確信する。
そしてそれとほぼ同時、別の黒服の男たちがアレスの背後から当主の元に案内すると声をかけてきたのだ。
「こちらです」
「ありがとうございます」
アレスはその男たちについて行き屋敷の中を進む。
先程の賑やかな晩餐会の会場とは打って変わって人の気配が少なく不気味な雰囲気が漂う廊下。
アレスは細心の注意を払いながら彼らの後をついて行き、やがて小さな客間へと案内された。
「この部屋ですか?」
「いえ、当主様がお待ちなのはこの先です」
「ッ!!」
(隠し扉……)
そこは一見すると何の変哲もないただの客間。
しかしアレスの後に部屋に入ってきた黒服の男がしっかりと部屋の扉の鍵を閉めたのち、もう1人の男が壁に掛けられた絵画の裏のスイッチを押し隠されていた通路を出現させたのだ。
「どうぞこちらへ。何も恐れる必要はありません」
「ええ、では」
豪華な芸術品が飾られた煌びやかな部屋から一転、無骨な岩が覆われた暗い通路をさらに進む。
隙間風が不気味な音を奏でながら地獄の底へ誘うようにアレスの背中を押している。
男たちに挟まれるような形でその通路を進んで行ったアレスは、しばらくしてとんでもない光景を目撃することとなった。
「ッ!?これは……」
「ようこそアスカ君。素晴らしいだろう?」
そこで待っていたのはノイアステル家の当主であるマルセルと、護衛係のリーダーであるドングにその部下の10数人の男たち。
しかしそれらよりもアレスの目を引いたのは開けた空間にずらりと並べられたメイド服を着た女性のマネキンであった。
そのマネキンはまるで本物の人間のような精巧さで、無表情で並べられたその光景はまさにこの世の物とは思えないほどの物であった。
「これらは僕がコツコツと収集してきた最高のお人形たちだよ。君の感想を聞かせて欲しいね」
「ッ!!ノクタールさん!!」
「……僕の質問は無視かい。まあいい、だが気が付いたようだね。そうさ、この人形はさっきまで君が一緒に働いていた女性だよ。僕のスキルで完全で完璧なお人形に変えてあげたんだよ!!」
あまりに異様な光景に圧倒されていたアレスだったが、すぐにマルセルの傍にあった1体の人形の外見がある人物と同一なものであることに気が付く。
それは他でもない、先程晩餐会の会場から姿を消してしまったノクタールであった。
さらにアレスは周囲に並べられた人形の中から以前アリアから写真で見せてもらっていた彼女の姉の容姿と瓜二つの人形を発見する。
ついにアレスは失踪したアリアの姉の居場所を突き止め、その事件の真相にも同時に辿り着いたのだ。
「しかしそんな彼女でさえただの前座に過ぎない。嬉しいよ!!君のような史上最高の女性が僕のコレクションになってくれるなんてね!!その整った顔、美しい髪、撫でまわしたい肌!!すべてが僕のお人形になるのにふさわしいレヴェルだぁ!!だが……その前にもう1つ、君には聞きたいことがあるんだ」
それまでハイテンションで語っていたマルセルだったが、突如人が変わったかのように冷静さを取り戻すとアレスを脅すように低く冷たい声を放った。
それと同時、周囲を取り囲んでいた護衛たちが臨戦態勢へと入る。
「君さ……ただの平民の女じゃないだろ?何の目的でこの屋敷に入った?」
「不用心だったな。先ほどの狸オヤジの手を振り払った貴様の動きは明らかに素人のそれではなかった。あれさえなければ俺も気付かなかったよ。さあ、誰の差し金か吐いてもらおうか」
「……不用心なのは一体どっちだろうな」
「なんだと?」
「俺がどこぞのスパイだって分かった時点でこんなところに案内しないで帰せばよかったのに」
「それは僕も考えたんだが君のような美人をみすみす逃がすなんてことできなくてね。なに、問題はないさ。だからこうして万全な体制で君を迎え入れたんだから」
「まさか貴様、この状況で逃げられるとでも思ってるのか?」
1つしかない出入り口を塞がれ完全に包囲されてしまったアレス。
勝ちを確信したマルセルは再び気分を昂らせ下卑た笑みを浮かべる。
「逃げる?馬鹿言うな。お前ら全員返り討ちだよ」
「あはははは!いいぞ!強気な女は嫌いじゃない!!君なら最高のお人形になれそうだがすぐに人形にするのももったいない。君のその心が折れる寸前までたっぷり堪能させてもらうよ!」
「諦めるんだな。大人しく従えば痛い目に遭わずに済むぞ」
「だから、馬鹿はお前らだって言ってんだろ?」
「ゴハッ!?」
「なにッ!?」
「ッ!?」
そう高らかに言い放ったマルセルがハンドサインを送ると、アレスの背後にいた護衛の1人がアレスを拘束しようと前へ出る。
だが男が背後にやってきたその時、アレスは一切振り向くことなく男の顔面目掛け正確に裏拳を飛ばしたのだ。
その一撃は完全に油断していた男の顔面を撃ち抜きその意識を刈り取る。
「綺麗な花に棘があるって聞いたことねえのか?と言っても俺は造花。お前らは完全に見誤ったんだよ」
「くッ!!そいつを捕らえろ!!殺さなければ何をしてもいい!!」
護衛の1人が地面に倒れたのを見てマルセルは焦りの色を浮かべる。
そしてすぐさまアレスを取り押さえようと護衛に一斉に指示を出す。
「この女……」
「ほいっと!」
「ぎゃあぁ!!」
「大人しくしやがれ!!」
「よっこいしょッ!!」
「ぐはッ!!」
周囲を取り囲んでいた護衛が一斉に襲い掛かってきたが、アレスは一切動じない。
真っ先に手を伸ばしてきた男の腕の関節を逆に曲げると、そのまま逆から迫ってきた男の鳩尾に鋭い蹴りを捻じ込む。
しなやかな脚が鞭のようにしなり、固められた拳が正確無比に護衛たちの急所を打ち砕く。
アレスは余裕の表情を浮かべながら舞うように護衛を返り討ちにし、気が付けば彼の足元には戦闘不能となった男たちが積み重なった。
「ド、ドング!!なんとかしろ!!」
「あまり調子に乗るなよ女ぁ!!」
「おっと!危ないね」
アレスの圧倒的な戦闘能力を見たマルセルは自身の傍に控えさせていたドングにアレスを制圧するよう指示を出す。
ドングはその丸太のような腕の筋肉を隆起させると、まるで空間をえぐり取るような拳を振るった。
「レディには優しくしろって教わらなかったか?」
「潰れろぉ!!」
「せいやぁ!!」
「ぐふッ!?……なんのこれしき……」
「おお!見た目通り丈夫だな。じゃあちょっと本気出すぞ?1週間以上おかゆしか食えなくなるが我慢しろよ!!」
「ッ!?」
「はぁぁああ!!!」
「ごぁああああ!!」
そんなドングの攻撃を懐に入って回避したアレスはそのままドングの腹に拳を叩き込む。
だがドングは血を吐きながらも執念で倒れない。
それを見たアレスは不敵な笑みを浮かべると、さらにドングの懐に潜り込み石床にひびが入るほどの震脚を見せた。
直後、アレスが放ったのは火薬が爆ぜたかと見間違うほど強烈な発勁。
衝撃が体を貫くほどの勢いで放ったその一撃は、アレスの倍はあろうドングの巨漢を吹き飛ばし後方の壁にめり込ませた。
「なッ……あ、そんな、馬鹿な……」
(この体……元の体より戦闘に向いてるような気がするな……)
大量の護衛だけでなく信頼を置いていたドングまでもが打ち負かされた光景にマルセルは開いた口が塞がらない。
ドングを吹き飛ばしたアレスは現在の自分の体が想定以上に動きやすいことに驚きながらも、人形に変えられたミシェル達を解放するためマルセルに詰め寄る。
「さあ、もう残りはお前だけだな。大人しく彼女たちを元に戻せ」
「あ、うぅ……うわぁあああ!!来るなぁ!!」
壁際に追い込まれたマルセルは自棄になり、右手を突き出しながらアレスに突進をした。
(あの気配……あの手で触れた相手を人形にできるのか。だが一瞬でとはいかねえだろうし、そもそもあんな鈍い動きに捕まるなんてことあるわけ……)
「……ッ!?」
そんなマルセルの行動を冷静に見極めたアレスは瞬き一つせず対処しようとする。
しかしその時、突如アレスの体に異変が起こったのだ。
それは体の内側……心臓の奥から見たこともない誰かの血液が沸き上がり自分の血を上書きしてしまうような感覚。
「……」
「ぎッ……ぎゃぁあああああ!!……ごふッ!!」
正気を失ったアレスは無意識のうちに自身に伸ばされたマルセルの右手首を掴むと、そのまま一瞬でマルセルの手首を粉砕。
さらに強引に彼の手を振り回しマルセルを壁に叩きつけた。
直後、アレスは流れるような動きで自身の髪をまとめていた鉄製の簪を抜き取る。
「ヒィ!?」
「……」
そしてそのまま何の躊躇もなくその簪をマルセルの首めがけて突き立てる。
それは明らかに彼の命を刈り取る一撃。
マルセルは反応すらできず、アレスが握りしめた簪が彼の首に喰らい付く……
「だぁあああああ!!」
ガキンッ!!
「ひぃいいいい!!あ、ああ……」
だがその簪の先端がマルセルの首を貫くまさにその直前。
アレスは雄叫びをあげると執念でその簪の軌道をわずかに左へ逸らしたのだ。
そのおかげで簪はマルセルの首を貫くことはなく彼の背後の壁に突き刺さる。
「はぁ……はぁ……おいこら、わかったら。早く彼女たちを解放しろ」
「そんなこと、そんなことできるわけ……」
「俺はお前を殺してスキルを解いてもいいんだぞ?これが最後の忠告だ。スキルを解け、さもなくば殺す」
「ッ!!は、はい!!」
アレスは魔物すら睨み殺せてしまいそうなほど鋭い眼光でマルセルに人形に変えた女性たちを元に戻すよう迫る。
一瞬アレスに反抗しようとしたマルセルだが、アレスが放つとてつもない殺気に当てられすぐその発言を撤回。
命惜しさにスキルで人形に変えた女性を全員元に戻すことにしたのだった。
(今、何が起きたんだ?俺は奴を……殺そうとした?)
マルセルが人形に変えた女性たちを元に戻そうとよろよろと動き出していたその時、アレスは先程自身の身に起きたことについて深く考えていた。
確かにマルセルは多くの罪のない女性を攫い、己の醜い欲を満たしていた外道である。
アレスは女性たちを助けるためにマルセルを殺すことすら厭わない、そう考えていた……しかし。
(俺の中に、いるのか?この体は一体……誰のモノなんだ?)
先程の状況は明らかにマルセルを殺さなくても女性たちを助けることができるものだったはず。
そんな状況で自分がマルセルを殺すわけがないと考えたアレスは、一瞬意識が飛んだような感覚からこの体に潜む何者かの存在について疑念を抱き始めていた。
ノイアステル家の晩餐会に臨時メイドとして参加していたアレスは、慣れない女性の体だということも相まってようやく終わりを迎えその顔に疲れを滲ませていた。
「アスカちゃん!これ私の名刺!いつでも屋敷に来てもいいからね!」
「もし気が変わったのならこのまま私と共に来ないか!?」
「悪いことは言わない。貴族の嫁なんて平民がそう簡単になれるものじゃないんだよ?」
「も、申し訳ございません。光栄ですが、今の私には今の立場で精一杯ですので」
晩餐会の会場を後にする貴族たちの見送りをしながら、流れるように自分の元に来るよう言葉をかけて来る貴族たちの誘いを断っていく。
ひとつ頭を下げるたび次の貴族が目の前にやってくる。
(こんだけ断ってんだからいい加減やめろや)
「アスカちゃん!私の第一婦人にしてあげよう!どうだい?悪い話じゃないだろ?」
(おっさんさっき帰ったんじゃないのかよ!?戻ってくるな!!)
「もったいなきお言葉です。ですが、今はまだ自由の身で居続けたいのです」
メイドに扮している自分が強い言葉その誘いを拒絶するわけにもいかず、アレスは最後まで丁寧に断り続けたのだった。
それは今までにアレスが経験したことのないような精神的疲労。
(なんでこんな男に言い寄られにゃならんのだ。ティナもきっと大変なんだろうな……いやあいつの立場ならここまで無礼なことはできんか)
「さてと、ようやく終わったって感じだがここからが本番……あれ?」
晩餐会に招待されていた貴族たちが去り、会場はノイアステル家の使用人たちが片付けを始める。
今回の臨時メイドの仕事に片付けが含まれていなかったことから自分を攫うつもりならこのタイミングだろうと考えていたアレスだったのだが、周囲を見渡したその時、あることに気が付いたのだ。
「すみません。ノクタールさんみませんでした?」
「え?ああ、一緒にメイドやってた子よね?そういえばさっきから姿が見えないけど……」
それは控室でアレスに1番話しかけてきていたノクタールという女性の姿が見えないことだったのだ。
晩餐会は終わったが、流石に速攻で帰ったとは考えにくい。
「あの、すみません。一緒に雇われていたノクタールさんがどこに行ったかご存じないですか?」
「ノクタール……ああ、彼女なら少し前に帰ったよ」
「なんでも体調が悪くなったと言ってね。貴族が集まる晩餐会で緊張したんだろう。心配する必要はないよ」
(いいや、違うな。こちらは嘘をついている。おそらく彼女も……)
「アスカさん。少しお時間よろしいでしょうか?」
「はい?」
「当主様がお呼びです。応接間へ案内しますのでこちらへいらしてください」
「わかりましたわ」
(警戒されてターゲットから外されたかと焦ったが……いよいよか)
アレスは付近にいた黒服の使用人たちに彼女がどこへ行ってしまったのか質問する。
使用人たちはノクタールが先に帰ったと答えたのだが、アレスの目は誤魔化すことはできない。
彼らが嘘をついていると見抜いたアレスは彼女もミシェルと同様に誘拐されたと確信する。
そしてそれとほぼ同時、別の黒服の男たちがアレスの背後から当主の元に案内すると声をかけてきたのだ。
「こちらです」
「ありがとうございます」
アレスはその男たちについて行き屋敷の中を進む。
先程の賑やかな晩餐会の会場とは打って変わって人の気配が少なく不気味な雰囲気が漂う廊下。
アレスは細心の注意を払いながら彼らの後をついて行き、やがて小さな客間へと案内された。
「この部屋ですか?」
「いえ、当主様がお待ちなのはこの先です」
「ッ!!」
(隠し扉……)
そこは一見すると何の変哲もないただの客間。
しかしアレスの後に部屋に入ってきた黒服の男がしっかりと部屋の扉の鍵を閉めたのち、もう1人の男が壁に掛けられた絵画の裏のスイッチを押し隠されていた通路を出現させたのだ。
「どうぞこちらへ。何も恐れる必要はありません」
「ええ、では」
豪華な芸術品が飾られた煌びやかな部屋から一転、無骨な岩が覆われた暗い通路をさらに進む。
隙間風が不気味な音を奏でながら地獄の底へ誘うようにアレスの背中を押している。
男たちに挟まれるような形でその通路を進んで行ったアレスは、しばらくしてとんでもない光景を目撃することとなった。
「ッ!?これは……」
「ようこそアスカ君。素晴らしいだろう?」
そこで待っていたのはノイアステル家の当主であるマルセルと、護衛係のリーダーであるドングにその部下の10数人の男たち。
しかしそれらよりもアレスの目を引いたのは開けた空間にずらりと並べられたメイド服を着た女性のマネキンであった。
そのマネキンはまるで本物の人間のような精巧さで、無表情で並べられたその光景はまさにこの世の物とは思えないほどの物であった。
「これらは僕がコツコツと収集してきた最高のお人形たちだよ。君の感想を聞かせて欲しいね」
「ッ!!ノクタールさん!!」
「……僕の質問は無視かい。まあいい、だが気が付いたようだね。そうさ、この人形はさっきまで君が一緒に働いていた女性だよ。僕のスキルで完全で完璧なお人形に変えてあげたんだよ!!」
あまりに異様な光景に圧倒されていたアレスだったが、すぐにマルセルの傍にあった1体の人形の外見がある人物と同一なものであることに気が付く。
それは他でもない、先程晩餐会の会場から姿を消してしまったノクタールであった。
さらにアレスは周囲に並べられた人形の中から以前アリアから写真で見せてもらっていた彼女の姉の容姿と瓜二つの人形を発見する。
ついにアレスは失踪したアリアの姉の居場所を突き止め、その事件の真相にも同時に辿り着いたのだ。
「しかしそんな彼女でさえただの前座に過ぎない。嬉しいよ!!君のような史上最高の女性が僕のコレクションになってくれるなんてね!!その整った顔、美しい髪、撫でまわしたい肌!!すべてが僕のお人形になるのにふさわしいレヴェルだぁ!!だが……その前にもう1つ、君には聞きたいことがあるんだ」
それまでハイテンションで語っていたマルセルだったが、突如人が変わったかのように冷静さを取り戻すとアレスを脅すように低く冷たい声を放った。
それと同時、周囲を取り囲んでいた護衛たちが臨戦態勢へと入る。
「君さ……ただの平民の女じゃないだろ?何の目的でこの屋敷に入った?」
「不用心だったな。先ほどの狸オヤジの手を振り払った貴様の動きは明らかに素人のそれではなかった。あれさえなければ俺も気付かなかったよ。さあ、誰の差し金か吐いてもらおうか」
「……不用心なのは一体どっちだろうな」
「なんだと?」
「俺がどこぞのスパイだって分かった時点でこんなところに案内しないで帰せばよかったのに」
「それは僕も考えたんだが君のような美人をみすみす逃がすなんてことできなくてね。なに、問題はないさ。だからこうして万全な体制で君を迎え入れたんだから」
「まさか貴様、この状況で逃げられるとでも思ってるのか?」
1つしかない出入り口を塞がれ完全に包囲されてしまったアレス。
勝ちを確信したマルセルは再び気分を昂らせ下卑た笑みを浮かべる。
「逃げる?馬鹿言うな。お前ら全員返り討ちだよ」
「あはははは!いいぞ!強気な女は嫌いじゃない!!君なら最高のお人形になれそうだがすぐに人形にするのももったいない。君のその心が折れる寸前までたっぷり堪能させてもらうよ!」
「諦めるんだな。大人しく従えば痛い目に遭わずに済むぞ」
「だから、馬鹿はお前らだって言ってんだろ?」
「ゴハッ!?」
「なにッ!?」
「ッ!?」
そう高らかに言い放ったマルセルがハンドサインを送ると、アレスの背後にいた護衛の1人がアレスを拘束しようと前へ出る。
だが男が背後にやってきたその時、アレスは一切振り向くことなく男の顔面目掛け正確に裏拳を飛ばしたのだ。
その一撃は完全に油断していた男の顔面を撃ち抜きその意識を刈り取る。
「綺麗な花に棘があるって聞いたことねえのか?と言っても俺は造花。お前らは完全に見誤ったんだよ」
「くッ!!そいつを捕らえろ!!殺さなければ何をしてもいい!!」
護衛の1人が地面に倒れたのを見てマルセルは焦りの色を浮かべる。
そしてすぐさまアレスを取り押さえようと護衛に一斉に指示を出す。
「この女……」
「ほいっと!」
「ぎゃあぁ!!」
「大人しくしやがれ!!」
「よっこいしょッ!!」
「ぐはッ!!」
周囲を取り囲んでいた護衛が一斉に襲い掛かってきたが、アレスは一切動じない。
真っ先に手を伸ばしてきた男の腕の関節を逆に曲げると、そのまま逆から迫ってきた男の鳩尾に鋭い蹴りを捻じ込む。
しなやかな脚が鞭のようにしなり、固められた拳が正確無比に護衛たちの急所を打ち砕く。
アレスは余裕の表情を浮かべながら舞うように護衛を返り討ちにし、気が付けば彼の足元には戦闘不能となった男たちが積み重なった。
「ド、ドング!!なんとかしろ!!」
「あまり調子に乗るなよ女ぁ!!」
「おっと!危ないね」
アレスの圧倒的な戦闘能力を見たマルセルは自身の傍に控えさせていたドングにアレスを制圧するよう指示を出す。
ドングはその丸太のような腕の筋肉を隆起させると、まるで空間をえぐり取るような拳を振るった。
「レディには優しくしろって教わらなかったか?」
「潰れろぉ!!」
「せいやぁ!!」
「ぐふッ!?……なんのこれしき……」
「おお!見た目通り丈夫だな。じゃあちょっと本気出すぞ?1週間以上おかゆしか食えなくなるが我慢しろよ!!」
「ッ!?」
「はぁぁああ!!!」
「ごぁああああ!!」
そんなドングの攻撃を懐に入って回避したアレスはそのままドングの腹に拳を叩き込む。
だがドングは血を吐きながらも執念で倒れない。
それを見たアレスは不敵な笑みを浮かべると、さらにドングの懐に潜り込み石床にひびが入るほどの震脚を見せた。
直後、アレスが放ったのは火薬が爆ぜたかと見間違うほど強烈な発勁。
衝撃が体を貫くほどの勢いで放ったその一撃は、アレスの倍はあろうドングの巨漢を吹き飛ばし後方の壁にめり込ませた。
「なッ……あ、そんな、馬鹿な……」
(この体……元の体より戦闘に向いてるような気がするな……)
大量の護衛だけでなく信頼を置いていたドングまでもが打ち負かされた光景にマルセルは開いた口が塞がらない。
ドングを吹き飛ばしたアレスは現在の自分の体が想定以上に動きやすいことに驚きながらも、人形に変えられたミシェル達を解放するためマルセルに詰め寄る。
「さあ、もう残りはお前だけだな。大人しく彼女たちを元に戻せ」
「あ、うぅ……うわぁあああ!!来るなぁ!!」
壁際に追い込まれたマルセルは自棄になり、右手を突き出しながらアレスに突進をした。
(あの気配……あの手で触れた相手を人形にできるのか。だが一瞬でとはいかねえだろうし、そもそもあんな鈍い動きに捕まるなんてことあるわけ……)
「……ッ!?」
そんなマルセルの行動を冷静に見極めたアレスは瞬き一つせず対処しようとする。
しかしその時、突如アレスの体に異変が起こったのだ。
それは体の内側……心臓の奥から見たこともない誰かの血液が沸き上がり自分の血を上書きしてしまうような感覚。
「……」
「ぎッ……ぎゃぁあああああ!!……ごふッ!!」
正気を失ったアレスは無意識のうちに自身に伸ばされたマルセルの右手首を掴むと、そのまま一瞬でマルセルの手首を粉砕。
さらに強引に彼の手を振り回しマルセルを壁に叩きつけた。
直後、アレスは流れるような動きで自身の髪をまとめていた鉄製の簪を抜き取る。
「ヒィ!?」
「……」
そしてそのまま何の躊躇もなくその簪をマルセルの首めがけて突き立てる。
それは明らかに彼の命を刈り取る一撃。
マルセルは反応すらできず、アレスが握りしめた簪が彼の首に喰らい付く……
「だぁあああああ!!」
ガキンッ!!
「ひぃいいいい!!あ、ああ……」
だがその簪の先端がマルセルの首を貫くまさにその直前。
アレスは雄叫びをあげると執念でその簪の軌道をわずかに左へ逸らしたのだ。
そのおかげで簪はマルセルの首を貫くことはなく彼の背後の壁に突き刺さる。
「はぁ……はぁ……おいこら、わかったら。早く彼女たちを解放しろ」
「そんなこと、そんなことできるわけ……」
「俺はお前を殺してスキルを解いてもいいんだぞ?これが最後の忠告だ。スキルを解け、さもなくば殺す」
「ッ!!は、はい!!」
アレスは魔物すら睨み殺せてしまいそうなほど鋭い眼光でマルセルに人形に変えた女性たちを元に戻すよう迫る。
一瞬アレスに反抗しようとしたマルセルだが、アレスが放つとてつもない殺気に当てられすぐその発言を撤回。
命惜しさにスキルで人形に変えた女性を全員元に戻すことにしたのだった。
(今、何が起きたんだ?俺は奴を……殺そうとした?)
マルセルが人形に変えた女性たちを元に戻そうとよろよろと動き出していたその時、アレスは先程自身の身に起きたことについて深く考えていた。
確かにマルセルは多くの罪のない女性を攫い、己の醜い欲を満たしていた外道である。
アレスは女性たちを助けるためにマルセルを殺すことすら厭わない、そう考えていた……しかし。
(俺の中に、いるのか?この体は一体……誰のモノなんだ?)
先程の状況は明らかにマルセルを殺さなくても女性たちを助けることができるものだったはず。
そんな状況で自分がマルセルを殺すわけがないと考えたアレスは、一瞬意識が飛んだような感覚からこの体に潜む何者かの存在について疑念を抱き始めていた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
スキル『レベル1固定』は最強チートだけど、俺はステータスウィンドウで無双する
うーぱー
ファンタジー
アーサーはハズレスキル『レベル1固定』を授かったため、家を追放されてしまう。
そして、ショック死してしまう。
その体に転成した主人公は、とりあえず、目の前にいた弟を腹パンざまぁ。
屋敷を逃げ出すのであった――。
ハズレスキル扱いされるが『レベル1固定』は他人のレベルを1に落とせるから、ツヨツヨだった。
スキルを活かしてアーサーは大活躍する……はず。
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる