ちっこい悪役令息はピンク髪主人公に狙われてます

椎葉たき

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ピンク髪の天使

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 王宮の廊下を一人駆ける子供を止めるものはない。すれ違う大人たちも、僕らから溢れ出す強大な魔法に恐れをなして慌てて下がる。そんなんで王宮の警備は大丈夫なのか、何で思う余裕もなく、おかげで難なく外へ出られた。
 ガラス板で作られたドームが目指すそれだ。中は冬でも温かい常世の春。通路をアーチ状に囲い小さな花を群れて咲かせる白い蔓薔薇に、六歳の僕の背丈と同じくらいの高さの低い赤い薔薇、身長を遙か越えて頭上から降り注ぐように咲く大輪の黄色い薔薇……種類も大きさも色も取り取り、見事に咲き誇る様々な薔薇たち。ふわりと贅沢な花の香りに包まれる優雅な空間。

 王宮の技術を詰め込んだ、ローズガーデン。目と鼻と味覚、花びらがそのまま食べられる食用だったりと、五感で楽しめる温室だ。通常時なら珍しい品種の薔薇たちに見惚れ、楽しめた。だけど、今は景色どころではない。

 額に玉のような汗が出る。呼吸が浅い。全身が破裂しそうに痛い。
 戸惑い静止しようとする護衛騎士たちの間をすり抜け、大人たちが居る方へ向かう。

 大人たちの場へ一歩踏み入れた途端、年頃の令嬢たちの悲鳴が上がった。化け物でも現れたのかという甲高い声は、六歳の少年に向けたものとは到底思えないだが、僕に向けられての恐怖心だ。強力な魔力を垂れ流していたため、当てられて、繊細な者は大人でも気を失う。

 貴族たちの中で、一際目立つ大男が目についた。がっしりした体躯に、堀が深くも整った、精悍な顔立ち。短く切りそろえられた黒髪。三十半ばの堂々とした存在感溢れる彼こそ、ウィンブレード辺境伯、ブラッドフォード・ウィンブレードその人だ。

 歴戦の戦士ぜんとしたブラッドフォードでさえ僕を見て戸惑いを見せている。
 人が倒れるほど強い人魔力を垂れ流すのは、ちんまりとした幼いシリル。内側から魔力で傷付く体を治すので精一杯なこの体は、成長にエネルギーがあまり回らないのか、同じ年の子よりも華奢で小さな少年に、どうしていいのかわからない、といった顔だった。
 僕が魔物だったのなら、容赦なく切り捨てるのだろうけれど。

 歴戦の戦士の側に、ちょこんと天使が立っていた。
 白に近く淡いピンク髪がふわふわで、白い肌に、幼くまろい頬に紅がさす。蜂蜜色みたいな黄金の瞳。
 辺境伯とは似ても似つかない、まるで春の訪れを告げる妖精じみた、お人形のように愛らしく綺麗な男の子。
 七歳というと、日本でいうところの小学一年生か二年生。大きなランドセルを背負っている頃だと思うと、余計可愛く見える。小説では、子供の頃の話は数行しかなかったから、挿絵もなく、小さな頃の姿は描かれていなかった。
 実際、目の前に居ると本当に天使みたい。さすが主人公、ものすごい可愛い。
 誓って、ショタコンではない。いや、僕も現在は六歳ショタなのだけれど……そうじゃなくて。メルビンは万人がひと目見た途端、反射的に可愛いと口走ってしまいそうな子だ。

 見ていたら、パチリと目が合った。
 主人公の能力を当てにし、助けを求めて短絡的にここまで来てしまったけれど。彼が能力に目覚めたのがいつなのか、小説には書かれていなかった。
 メルビンはまだ七歳。まだ能力に目覚めて居なかったら……。

 近づくのを躊躇い、後退りした。シナリオ通り、池のある庭園に向かえばよかった。この先、恐怖の対象として独りぼっちになったとしても、少なくともここで誰も傷つけることはない。

 後悔しても、もう遅い。優雅なローズガーデンに、物々しい足音が響き、警戒した宮廷魔法騎士の面々に取り囲まれる。彼らは対魔法使い専門の部隊、僕の周りに透明な結界魔法が何重にも重ねられ、閉じ込められた。
 結果的に、これでよかったのかもしれない。宮廷付きの魔法騎士は魔法使いの中でもエリートだ、熟練の大人たちが寄ってたかって張った結界魔法、未熟な子供の魔力が防げないはずがない。貴族たちの集うお茶会に乱入して、大人たちに魔力暴走をしかけてきる僕の存在に気づいて貰えて、対処してくれた。

「うっ……くっ……」
 痛みが激しくなってきた。血が沸騰し、体内で暴れまわる。嘔吐感が込み上げ、涙が溢れる。苦しくて息もままならない。
 お茶会に参加していた両親を求め、ぼやける視界で姿を探した。転生前の記憶が蘇ったからといっても、生まれ変わったのだから、精神年齢もシリルとして生きた程度の幼いもの。まだまだ両親の庇護と愛情を欲しがる子供、甘え、すがりたい思いはある。できれば、抱きしめて欲しい。それが叶わなくとも、心配して欲しい、優しく声を掛けて欲しい。そうすれば、この苦痛も両親の為に耐えられる。

 辺境伯よりも後ろ、集団の中に二人を見つけた。こちらを伺う顔に浮かぶのは、我が子を案じる親のものとは思えない、忌まわしいものを見る険しい表情だった。なぜここに居る、とでも言いたげな、非難の色さえ隠さない。
 まだ六歳なんだ、苦しくなったら真っ先に親を頼って来てもいいじゃないか。

「うっ、ひっぐ……」
 涙が嗚咽とともに出る。
 この強大な魔力の一番近くで何年も生活し、魔力暴走の脅威を身をもって理解しているのは両親とランブロウの屋敷で働く使用人たち。普通なら魔力暴走しかけている人間に近づかない。
 上流階級が集まる茶会に、今にも爆発しそうな爆弾を抱えて飛び込んだ常識知らずの身内に、非難する気持ちが湧くのも理解してる。
 わかっているんだ、わかってる。

 だけれど。
 子供本人としては、両親だけは味方で居てほしかった。
 そんな風に見られるのは理屈ではわかっていても、実際に突き放されるのは、幼い胸に絶望感を抱かせる。

 お父さまとお母さまに見捨てられた。この世に独りぼっち。誰にも愛されない。いらない子。

「ひっぐ、ひっ、ひっく……」
 誰も触れられない結界の中、地獄のような苦痛に耐える。いっそのこと、死ねたらいいのに、この魔力暴走は暴走を起こす度、体の魔力耐性を上げ、魔力に慣れていく。強い魔力を持って生まれたものなら、大なり小なり誰もが通る道。強い魔力に耐えられるようになるための試練だとしても、僕の魔力は強過ぎて体から溢れて周りを巻き込む。

 強い魔力なんていらない。普通に生まれたかった。

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、引きつけを起こして泣きじゃくる。いっぱいいっぱいで頭も上手く回らない。
 誰でもいい、この地獄の苦しみから救って欲しい。誰か、助けて。

 効かない視界で、大人たちがいるであろうところへ向かい、藁にもすがる思いで小さな手を必死に伸ばす。
「た、す、けて……」

 大きな人影は根が生えた植物と同じく動かないのに、優しいピンク色だけが動きを見せた。
 そのピンクは外からも内からも、侵入、脱出を防ぐ何重の結界で出来た分厚く堅牢な壁も、何も存在しないかの如くすり抜ける。強大な魔力にも怯まず真っ直ぐに、ととと、と駆け寄ってくる。
 柔らかな体温に、ギュッと抱きしめられた。
「大丈夫、独りじゃないからね? 側に居ます」

 子供特有の、可愛らしい声だった。人の体温も気遣う優しい言葉も、荒んだ心にじんわり染みて包み込んでくれる。幼い僕にとって、一番欲しいものだ。
 物心ついた頃からずっと一人だった。乳母もお母さまも使用人たちも、この魔力を怖がって近くに寄ってない。抱きしめられた記憶はあったのだろうか。

「びぇぇぇぇ!!」
 遠巻きに大勢に囲まれていても憚らず、小さな腕に抱きしめられて大声でわんわん泣いた。
 そっと頭を撫でられる。体から力が抜け、同時に渦巻いていた凶悪な魔力が引いていく。

 泣いて、泣いて、声が枯れ、引きつけを起こすほど泣いて。体の水分という水分が涙と鼻水になって全部出ていく。思う存分泣いたら、今度は眠気に襲われた。
 心地よく温かい体温に、頭を撫で続ける優しい手付きに、くすぐったいような幸福感で心が満たされる。それは、眠りに誘うには十分で。幼いこの体は、睡魔に抗えない。
 コテンと意識が落ちた。
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