ちっこい悪役令息はピンク髪主人公に狙われてます

椎葉たき

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辺境伯閣下にご挨拶

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 落ち着いて考えてみたら、ここで僕の死体が転がってたらメルビンが犯人って一発でわかるじゃん。メルビン、公爵邸の使用人に取り押さえられちゃう。彼は賢いから、そんな下手は打たないはず。この場で殺される心配はない……かな。たぶん。

「じゃあ、行きましょう」
 何処へ? え、何処かへ連れ込まれる?
 ビクビクしてたら、違った。
「結界魔法を学びたいとお願いしに行くのです。ランブロウ公は、結界魔法がお得意だと聞きました」
 ですよね、そうですよね。結界魔法の話をしてたんだもん。
 言葉巧みに人のいないところへ連れ出して、悪役令息を処分するんじゃないかって警戒してたら、僕のためだった。そもそも、殺すつもりなら僕を救う助言なんてしない。疑ってごめんなさい。
 ライトノベルの読み過ぎだよ、前世の僕!

 お父さま――レナルド・ランブロウは結界魔法に覚えがある。護衛も兼ねて兄王の側近として働いているんだ。
 魔王級の辺境伯閣下とは比べものにならないが、王侯貴族の中では魔力量が多い方。瞬時に盾くらいの結界魔法を繰り出し、身を守れる。
 若い頃、王宮の魔法士団から声が掛かったほど学生時代は魔法の成績がよかったらしい。

 魔法の得意なのは魔法士団、武芸なら騎士団、両方得意なエリートが魔法騎士団。父の武芸は王侯貴族の教養の範囲内。
 僕? このちっこい身で重い剣なんて持てないよ? 剣に振り回されて終わり。無理。なので、護身術を習ってる程度。短い手足でちょこちょこと。……体術で身を守れる気がしない。

 この離れを囲う結界魔法の仕組みは、王宮魔法士が手掛けた魔導具だ。人や物を出入りさせるときは一時的に解除する。魔導具に登録した人物が魔力で’を書いて解除、作動が可能。サインみたいだね。
 魔導具の結界魔法は定期的に魔力を注入している。入れる魔力は誰のものでもいいけど、僕の魔力は強すぎて破壊してしまう可能性があるから触ったことがない。
 公爵邸の景観を邪魔しない、緑豊かな庭に溶け込んだ芸術品に見せかけた馬の石像が、その魔導具だ。

 偉大なお父さまの結界魔法を、幼児の頃に壊してしまった。幼児本人がびっくり仰天してギャン泣き。からの、魔力が溢れて大騒ぎ。……綺麗だったのはなんとなく覚えてるよ。透明な結界魔法が砕けてキラキラ舞う様子を。

 離れに使われている魔導具は王立学園の防衛にも使われる強力な装置で、何人もの魔力を注ぎ込む。現王の家族――王族を抜けたといっても、王家であることには変わりない父の、公爵邸が子供の魔力で吹っ飛んだら、公爵個人が繰り出した結界魔法が破られたどころの騒ぎじゃない。

 お父さまとお話しするの、どれくらい振りになるんだろう。ちゃんと話せるかなぁ。
 本邸に足を踏み入れる機会もそうそうない。
 メルビンが手を繋いでいるから、魔力が溢れて周りを壊す事態は起きないし、なにより同じ年頃の子が寄り添ってくれるのは心強い。
 一人じゃないっていいなぁ。
 メルビンの言う通り、結界魔法を覚えるに早いことには越したことがない。従僕ゼブランに本邸へ取り次いで貰い、ドキドキしながら足を踏み入れた。

 案内された談話室、ランブロウ家とウィンブレード辺境伯が勢揃いしていた。二人の兄たちも居る。僕より六つ歳上の長男マチアスと、四つ歳上の次男セルジュ。マチアス兄さま、セルジュ兄さまと共に母の髪と同じライム色で、マチアス兄さまは父譲りの青い瞳、セルジュの瞳は僕と母と同じく銀色。
 グレーの髪色のお父さまは、いつも疲れた顔をしているけれど……今日は一段と疲れた顔をしていた。いたいけな七歳の子に向けて攻撃魔法を向ける魔王、もとい、辺境伯を見たあとだから、まあ、そうでしょう。お察し。

 十二歳と十歳のお二人は、まだ子供会に出られる年齢なのだけれど。国王様が、魔力が高い辺境伯閣下、もしくはその嫡子のメルビンと会わせたかったようで、僕はほぼ強制参加だった。上の兄たちも一応招待されていたのだけれど、いつ暴走するかわからない僕と一緒なのは危ないのではと心配した母の提案で、仮病を使って自宅待機。魔力暴走するかもという母の勘は当たった。

 お父さまも身長が低い方ではないけれど。ウィンブレード辺境伯、改めて見るとでっかいな。僕がちっちゃいのもあるけど、それを差し引いてもデカい。
 短く切り揃えられた深い焦げ茶色の髪、辺境には多いといわれている金色の瞳。猛禽類みたいだ。それも、風を掴んで悠然と天を舞う空の覇者、大鷲のよう。圧倒的捕食者の風格。

「かっこいい……」
「格好いいですよね」
 雄大な霊峰を見上げる心境で、ぽっかり口を開けて呟いたら、隣から同意の声。メルビンだ。
 控えていた母に睨まれ、慌てて挨拶をする。
「こんにちは、初めまして。シリル・ランブロウ、三男です。ようこそお越し下さいました」
 あ。初めましてじゃなかったな、間違えた、と思いながらもお辞儀をする僕の前に、ウィンブレード辺境伯が膝をついて目線を合わせてくる。
「シリル様、ブラッドフォード・ウィンブレードがお邪魔しております。我が息子のわがままで急な訪問をお受け下さり、感謝申し上げます」
 丁寧に挨拶をされると、やっぱり擽ったい。たった六歳だけど、王家の血筋。王子様と接するように挨拶するのが礼儀だとわかってはいる……。ううーん、慣れない。

「ウィンブレード辺境伯とは初対面ではない。シリルとは、王宮温室で開かれたお茶会で会っている。魔力暴走のあと、寝てしまって覚えていないだろうが」
 覚えています、お父さま。すみません。でも、ほら、こうして直接ご挨拶していないし、見かけただけなので……覚えていないってことにしておこう。

 ウィンブレード辺境伯家は滅多に社交界に顔を出さない。春、夏の社交界シーズンと、魔物が活発になる時期が重なるせいもある。辺境伯夫人が生きて入らした頃は、子供と一緒に王都へやって来て夫人が社交界に出ていた。辺境伯閣下が領地で魔物と交戦している頃、夫人もまた魑魅魍魎が跋扈する社交界という戦場に出ていた。
 魔物の群れが発生し、辺境伯は討伐で辺境の城から離れた。妻子が王都へ向かうべく馬車で出たときに、魔物に襲われ二人とも亡くなった。それから辺境伯家は中央の社交界とは無縁となった。王侯貴族の間では有名な話だ。

「いつも魔物を退治してくれてありがとうございます。閣下が辺境を守ってくれるおかげで、僕たち中央の人間は安全に暮らして行けます。心から感謝申し上げます」
 王都が魔物に襲われないのは、領内で殲滅してくれる辺境伯の力だ。
 大きな手が、そっと僕の頭に触れた。
「国に忠誠を誓うウィンブレード辺境伯家として当然のこと。シリル様方、子供たち、民の皆が安全に暮らせるよう、これからも力を尽くす所存」
 節くれ立ってゴツゴツしているのに、頭を撫でてくれる閣下の手は温かくて優しい。

 つんつんとメルビンに袖を引っ張られた。
「シリル様、公爵にお伝えすることがあるのでは」
「なんだね」
 お父さまが怪訝な顔をして見てくる。
「んと……」
 鋭い視線に、怖気づいて言葉に詰まる。助けを求めて隣をチラッと見れば、メルビンと目が合った。小声で「頑張って」と応援してくれる。
 うん、頑張る。
 スッと息を吸い、勇気を振り絞って口を開く。
「お父さま、僕に結界魔法を教えてください」
「魔法の成績はよくないと家庭教師には聞いている。お前には無理だ」
「そ、そうですけど……」
 メルビンが励ますように握る手に少し力が入る。大丈夫、一人じゃない。諦めない。

「今までは、魔法はよくないもの、人を傷つけるものだって思っていて魔法が嫌いでした。でも、結界魔法なら人を傷つけない。僕がま暴走を起こしたら、自分で結界を張って周りを傷つけないようにしたいんです。お願いします、お父さま」
 必死に懇願する。王宮に勤めているお父さまが忙しいのは知っている。けど、気を使っていたらいつまでも離れで一人ぼっち確定だ。

 ため息をつくお父さま。
 やっぱり無理なのかな。お父さまにも都合がある。突然頼まれても難しいよね。しょんぼり肩を落とす。

「わかった。どうにかしよう」
「えっ、いいの?」
 諦めかけていたら思いがけず了承され、聞き返してしまった。
「お前が本気で学ぶ気があるなら。私は忙しくて教えてやれないが、王宮から派遣してもらうつもりだ」
「結界魔法のお勉強、一所懸命頑張ります。メルビン、やった! ありがとう!」
「シリル様、よかったですね」

 自分のことのように喜んでくれるなメルビン。やっぱりいい子だなぁ。最初は、主人公も向こうの世界の記憶を持った転生者で悪役令息をいじめるかも、なんて思ってたけど、全然そんなことなかった。小説の中の主人公と同じく、優しい勇敢なメルビン。推しは推しだった。永遠の推し。
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