とろけるような、キスをして。

青花美来

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第二章

落ち着く声

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「……そうか。野々村さんが辞めてしまうのは会社としては大分痛手になってしまうが……。もう決めたことなら私が止めるわけにもいかないからな。上に通しておくよ」

「ありがとうございます」

「ただ引き継ぎもあるから、すぐにとはいかないと思うからその辺はちゃんと考えておいて」

「はい。わかりました。ありがとうございます。失礼します」


上司である総務部長に頭を下げると、私は自分のデスクに戻る。


───あれから、一週間が経過した。


東京での暮らしは相変わらずで、特別仲の良い同僚もいなければ友達もいない私はルーティンワークをこなして家に帰るだけの日々。

寂しくないと言えば嘘になるけれど、毎日のように先生や晴美姉ちゃんと頻繁に連絡を取っていたため、今までよりは孤独を感じることが少なかったように思う。

あの後、深山先生と晴美姉ちゃんはすぐに高校の教頭先生に話を聞いてくれた。

そして教頭先生は快く面接を引き受けてくれ、来月面接のためにもう一度地元に帰ることが決まった。

どうやら今のところまだ求人を出してはいないようで、上手くいけばそのまま採用になるらしい。

世間一般で言うところのコネと言うやつだ。

とんとん拍子に話が進んでいくことに若干の困惑はあれど、これも何かの縁かもしれない。そう思って私も面接に前向きな気持ち。

もう半分決まっているようなものならば、と今の仕事を辞める決心がついた。

先ほど、ようやく退職願を総務部長に提出してきたところだ。

先生に"退職願出した。緊張した"とメッセージを送って帰る準備をする。

会社を出たタイミングで、先生から"頑張ったな"と返事が来た。

家に帰ると、適当に晩ご飯を済ませてお風呂に入る。

上がってしばらくしたところで、スマートフォンが鳴っていることに気が付いた。

画面を見ると、"深山 修斗"の文字。

電話だったため、そのまま通話ボタンをタップして耳に当てる。


「もしもし?」

『あ、みゃーこ?』

「どうかした?」

『んー……特に用はないんだけど』


髪の毛をタオルで拭きながら首を傾げていると、


『みゃーこの声が聞きたくなったから』


そんな彼氏みたいなことを言われて、一気に体温が跳ね上がる。


『みゃーこの声聞くと、安心するっていうか……落ち着くんだよね』


私が戸惑っているのが電話越しでもわかるのだろう。先生はクスクスと笑っていた。


「か、からかわないでよ……」

『からかってない。俺はいつだって本気です』

「タチ悪……」

『ははっ』


ほら、やっぱり笑ってる。

私をからかうことの何がそんなに面白いのかはよくわからない。

私の声が落ち着く?

……それは、先生の方だよ。

先生の声は、電話越しでもとても優しい。


『今日な?四ノ宮先生がさ───』

「ふふっ、なにそれ楽しそう」

『だろ?でさー……───』


会話の内容はくだらないのに、元気が出るというか、心が穏やかになれるというか。

しかも、私が寂しくなりそうなタイミングを狙っているかのように電話が来るから不思議だ。


「先生、私明日会議だから早く寝なきゃ」

『あ、もうこんな時間?ごめんな、話しすぎた』

「ううん。電話嬉しかった。ありがとう。おやすみなさい」

『可愛いこと言うなあ。……おやすみみゃーこ』


先生の言う"おやすみ"を聞くと、その日の夜はいい夢を見ることができるって、最近気が付いた。

"おかえり"とか、"ただいま"とか、"おやすみ"とか。そういうことを言い合える相手がいるのって、いいなあって。

先生は話の流れでそう言ってるだけなのはわかっているけれど、いつのまにか先生からの"おやすみ"を聞くのが楽しみになってしまっていた。


数日後。無事に私の退職願が受理された。


「次の仕事は決まってるのかい?」

「まだ確定ではありませんが、知人に紹介してもらえることになっていて」

「そうか。じゃあ退職届書いておいて。人事部に聞けば用紙くれるはずだから。あ、後引き継ぎもよろしく頼んだよ」

「はい。ありがとうございます」


総務部長のデスクを離れ、自分のデスクに戻る。


「野々村さん、辞めちゃうの?」


私の二年先輩の橋本さんが小声で聞いてくる。


「はい。地元に帰ろうと思って」

「そっかあ。……寂しくなるなあ。辞める前にご飯行こうね!」

「はい。ぜひお願いします」


私が入社した時から可愛がってくれている橋本さんの優しさに、何も相談せずに決めたことへの申し訳なさを感じた。

課長に言われた通り人事部に出向き、退職にあたっての書類をいくつか受け取る。


「そっか。離職票も貰わないと……」


転職はやることが山積みだ。


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