上 下
54 / 55
第五章

秘めた想い(4)

しおりを挟む
「奈々美」

「どうしたの?」

「こんなこと、いきなり言っても困らせるだけだってこと、わかってるんだけど」

「ん?うん」

「どうしても言わなきゃ、後悔すると思って」


マグカップを置いた龍之介くんに倣うように、私もそっと置く。

龍之介くんに向き直るように顔を向けると、龍之介くんもこちらを見ていて目が合った。

そして、私の手をぎゅっと包み込むようにして、不意にそれを引っ張る。

必然的に抱きしめられた状態になった。


「……奈々美。俺、奈々美のことが好きだ」

「……え?」


耳元で聞こえた甘い声に聞き返すと、


「好きだ。どうしようもないくらいに、奈々美が大好きだ」


予想だにしなかった愛の告白に、言葉を失った。


「初めて会った時から可愛くて目を引いた。こんな綺麗な目をした人と、いつか仲良くなれたらいいなって漠然と思ってた。でもその内話せば話すほど、奈々美が一人でとんでもないもの抱えてるって知って。俺が助けてやりたいって思った。俺が守ってやりたいって思った」

「龍之介くん……」

「記憶が戻った日、一番に俺に助けを求めてくれたことが、嬉しかった。奈々美を救いたいって、助けたいって思ってたから。不謹慎かもしれないけど、すげぇ嬉しかった」


大きな背中に腕を回そうとすると、ピクリと反応してすぐにもっとキツく抱きしめられる。

逃げられるとでも思っているのだろうか。捕まえたとばかりに。離さないとばかりに力強い腕。


「だからこれからも一番近くで、奈々美の隣で。奈々美のこと、守らせてほしい。支えさせてほしい。何かあったら一番に駆けつけたいし、何もなくてもずっと一緒にいたい。……ダメ、かな」


初めて聞いた、その気持ち。

龍之介くんの想いが、痛いくらいに私の胸を締め付ける。

普段、そんなに自分の気持ちを言葉にする人じゃないはずなのに。頑張って言葉を選んで伝えてくれているのがわかって、それが嬉しくてたまらない。


「ダメじゃない。ダメなんかじゃない。絶対」


……ねぇ、龍之介くん。

私もね、嬉しかったんだよ?

助けてって言った時、一番に駆けつけてくれたこと。

何も聞かずに、私の気持ちを尊重して大切にしてくれたこと。

私がつらい時に、いつも隣にいてくれること。

龍之介くんの存在が、どれほど私の心の支えになっていたか。

龍之介くんの大きな手で頭を撫でてもらえれば自然と笑顔になる。

抱きしめてもらえば安心して胸がきゅんとなる。

その優しい笑顔を見ると、苦しいくらいに胸が高鳴る。

龍之介くんと一緒にいると、息がしやすいんだ。


「……龍之介くん。……私も、龍之介くんが好き」


今度こそ背中に手を回す。


「龍之介くんにたくさん励ましてもらって、たくさん助けてもらって。甘やかしてもらって、頼りにさせてもらって。一番苦しい時に龍之介くんが助けてくれて、そばにいてくれて。私本当に嬉しかった」

「……うん」

「私も、龍之介くんとずっと一緒にいたい。いさせてください。どうしようもないくらい、私も龍之介くんが好き。大好き」


頼りないかもしれないけど、私も龍之介くんを支えたい。

手を繋いで、笑い合って。

ずっと隣で、一緒に歩いていきたい。


「いいのか?俺と付き合ってくれる?」

「うん」

「付き合ったら、毎日こうやって抱きしめるけど。……嫌じゃない?」


耳元で囁くような声に、私からもギュッと抱きつく。


「うん。むしろたりない。もっとして?」

「っ……じゃあ、これは?」


そっと重なった唇。この間の私を落ち着かせるためのキスとは違う、甘くて優しいキス。

触れるだけですぐに離れた龍之介くんの首に手を回して、私からも下手くそなキスをする。


「……嫌じゃないし、もっとしてほしい」


自分からこんなことを言うなんて恥ずかしくてたまらないのに、龍之介くんとのキスはそれ以上に愛と幸せに溢れていた。

少し震えた唇が、龍之介くんも緊張しているんだとわかって、それもまた愛おしさが溢れる。

好き。大好き。

離れて、目が合って、どちらからともなく微笑んで、もう一度甘いキスをして。

……あぁ、幸せだ。


「……私、生きてて良かった」

「ん?」

「あの時、運良く助かって良かった。美優ちゃんと龍之介くんに出会えて良かった」


こんなに幸せでいいのだろうか。現実なのだろうか。まだ夢の中なんじゃないか。

嬉しさも、幸せも。慣れていないから戸惑ってしまう自分がいる。


「俺も。奈々美に出会えて良かった。奈々美が生きててくれて良かった」


でも、確かに繋がれた手を見れば、これが夢ではないことくらい、私でもわかる。

幸せを噛み締めるように、お互いの指を絡ませた。

しおりを挟む

処理中です...