【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi

文字の大きさ
4 / 58

第3話

しおりを挟む
 リチャード・アダムス子爵はこんな時でも、夫の行方不明に顔を青ざめさせている妊婦のミルドレッドを気遣う振りさえ見せない。


 既に喪服を着ていた叔父は、色味を押さえているとは言え、普通のドレスを着ているミルドレッドを睨め付けた。



「まだそんな格好をしているのか。
 もうすぐ査察官のシールズも来るのに、早く喪服に着替えんか!」

 地方行政査察官は王都から西部地域に派遣された3人の中央官僚だ。
 彼等は領地行政には直接口を出さないが、常に領内や領主をチェックして、中央に報告を送っている。



 スチュワートの行方不明は、早くもこのレイウッド領とミルドレッドの実家のウィンガム領を担当する査察官のベネディクト・シールズにも届いているのだ。



「……お言葉を返すようですが。
 スチュワートはまだ見つかっておりません。
 現場に居たカールトン卿からも詳しい話は聞かされていないのです。
 スチュワートは戻るとわたくしに言いました。
 妻のわたくしが夫の言葉を信じなくて……」


 正直なところ、ミルドレッドは子爵を恐れていたが、ここははっきり妻の矜持を見せなくてはと思ったことに加えて、カールトンの名前を出したのは。
 天災による事故で致し方無いとは言え、主の側に居た彼が無事なことを、父親としてリチャードがどう言うのか知りたかったからだが。



「妻か!つまらん戯れ言は口にするな。
 これからはスチュワートの妻よりも、レイウッド伯爵家の当主夫人として、己の立場を考えた言動を心掛けろ。
 おい、お前!早くミルドレッドに伯爵夫人に相応しい格好をさせろ」



 リチャードは彼女の言葉を遮り、部屋の隅に控えていたハモンドに偉そうに命じた。
 カールトンの責任等、絶対に自分からは言い出さないつもりなのだろう。


 ケイトが、リチャードはミルドレッドの気持ちなど分かろうともしないと言ったことは本当だった。
 これから来ると言うシールズ査察官に、自分だけが早くも喪服を着ていると受け取られたくないのだ。


 リチャードは今はアダムス子爵だが、この家で育ってきた次男だ。
 当主のスチュワートが居ない今、彼の発言力は強くなっている。


 リチャードと自分に挟まれたハモンドが気の毒で。
 ミルドレッドが折れた。
 そんなミルドレッドに感謝の眼差しを向けたハモンドがケイトを呼んだ。



 ケイトと共に応接室を出ていくミルドレッドの耳にリチャードとハモンドの会話が聞こえていた。


「レナードはどうした?」

「……奥様のご指示でグレイズプレイスには人を出しましたので、もうすぐ帰られるかと」

「また、あの年増の平民女の所か!
 ……こうなったからには、早めに手を打たなくてはな」


 レナードは新聞社に勤めるスチュワートの異母弟だ。
 週に2日は、恋人のサリー・グレイの父が経営するホテル、グレイズプレイスに泊まっていた。
 そして昨夜はその日だったので、ミルドレッドはサリーと共に居る彼に連絡するように、ハモンドに頼んでいた。



     ◇◇◇



 最悪な気分のまま喪服に着替え、応接室に戻ると。

 異母弟のレナードは帰宅していたが、シールズ査察官はまだ到着していなかった。
 緊急時と言うことで、いつも身嗜みは完璧なレナードも取り敢えずといった風で、雨に濡れた髪もそのままに、ソファから立ち上がると。
 義姉のミルドレッドを抱き締めた。


「ミリー、大丈夫、大丈夫だから」

「……お帰りなさい、レナード様……
 わ、わたし……」

「もう大丈夫、俺が付いてる」


 異母弟だが、半分血が繋がっているレナードの声は、スチュワートの声とそっくりだ。
 その声で「大丈夫」と繰り返されて。

 まるでスチュワートから言われたかのように思えて、ミルドレッドは初めて泣いた。


 恋人の元から帰宅した義弟に対して言った「お帰りなさい」が、夫に言えたような気がした。




 
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。

豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。 なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの? どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの? なろう様でも公開中です。 ・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!

ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。 同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。 そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。 あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。 「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」 その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。 そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。 正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

処理中です...