【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi

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第32話

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 今日は11月にしては暖かく天気が良かったので、応接室の窓は少し開けられていた。
 そこから校庭で遊ぶ子供達の歓声が聞こえる。


「少額と言っても、生前のフェルドンの財産から見て、でしょう。
 ウィラードはそのままフェルドンの家に住み、他の使用人達は解雇になりましたが、年老いた夫婦のみを雇い続けていました」


 15歳の少年が2人だけでも使用人を雇えていたのなら、この頃にスチュワートの援助は始まっていたのかもしれないと、ミルドレッドは思った。


「あの、彼は……ウィラード・フェルドンはどんな人物でしたか?
 スミスさんが彼と最後に会ったのはいつですか?」


 昼休みしか時間を取れないと言われていたからか、イアンは柔らかい口調であったが、スミスに話を進めるように促した。
 いちいち感傷に浸っていたら、話が終わらないからだ。


「いい奴でした。
 明らかに生まれが違うと言うか、見た目も良くて、頭も良かった。
 だから、義理の息子だったけど、フェルドンは期待していたと思いますよ。
 あいつの代になったら、店はもっと大きくなると周囲には言ってたらしいです。
 ……唯一残念なのは、彼は足が悪かったんです」

「足が?悪かった?」

「生まれながらと、本人は言ってました。
 歩けないとかじゃないですよ、左足が早く動かせなくて、引き摺っていました」


 ミルドレッドが隣のジャーヴィスを伺うと、彼が小さく頷いた。
 これが理由だ。

 ウィラードは生まれながらに、足が悪かった。
 それは成長過程の這い這いや掴まり立ちの頃に発覚したのだ。
 それで彼は後継者から外された。


 生まれながらと言うことは、出産の時にトラブルがあったのかもしれない。
 双子の出産は母体にも新生児にも、通常より負担がかかる。
 事前から双子であると、医師も産婆も気付いていなかったのなら。
 その混乱の中では、無事に先に生まれた赤子の足のこと等、誰も気にしていなかった可能性は高い。


「ウィラードに最後に会ったのは、3年前です。
 彼はもう北区から引っ越していたんですが、私の父の葬儀に来てくれたんです。
 住所を聞くのを失念してしまったんですが、結婚して、子供がもうすぐ生まれると言ってました」


 生まれる前だから、それが娘でメラニーなのかは確認出来なかった。
 午後の授業前の予鈴が鳴った。

 
「一度ゆっくり会おうと約束していたんですけど。
 ウィラードに会うことがあれば、連絡を待ってると伝えていただけますか?」


 こちらこそ、彼からの連絡が欲しいんだとは、イアンは言わなかった。
 その代わりに。


「すみません、最後にもうひとつだけ。
 彼は妻について何か言っていましたか?」

「えー、何だっけかな……ローリー?
 違うな……あぁ、ローラだったかな。
 控え目ないい子だって話してました」


 控え目ないい子?
 ……ミルドレッドが知るローラ・フェルドンは、控え目ないい子には思えなかった。
 スチュワートの死を伝えられても、彼へのお悔やみ等も口にしないのに、妻に援助の継続を求めてきた。

 ウィラードの前では、自分を偽っていたのだろうか。
 それとも、ミルドレッド自身がレナードに注意したように、我が子の為なら形振り構わないと図々しい女を装ったのか。



 時間ぎりぎりまでありがとうございましたと、3人でスミスに御礼を言うと、彼は恐縮していた。
 それから最後に、ウィラードから聞いたローラの勤務先を教えてくれた。

 3年も前の話だし、子供が生まれたのなら辞めているかもしれませんよ、の言葉と共に。
 多分、ミルドレッドが同行していたから、この情報を教えてくれたのだろう。




 イアンは辻馬車で北校まで来ていたので、その勤務先への移動は、マーチ家の馬車に3人で乗り込んだ。



「ローラの勤務先が、『エリン・マッカートニー』とは、驚きましたね」

「ウィラードからしても、ちょっとした自慢だったから、スミスに教えたんだな」

「……アダムス夫人は、彼女の店に行ったことはありますか?」



『エリン・マッカートニー』は、現在王都で1、2を争うドレス専門店だ。
 ジャーヴィスと会話をしていたイアンが話を振ってきたので、思いに耽っていたミルドレッドは焦って返事をした。


「わたくしは行ったことはないのですが、夫から王都のお土産として、マッカートニーの長手袋を……」


 スチュワートが去年マッカートニーの手袋をプレゼントしてくれた日を、ミルドレッドは思い出していた。

 彼はやはりウィラードを通じて、ローラとも親しくしていて、彼女が働いていたお店の……




「次は一緒に行って、君のドレスを注文しよう。
 好きなデザインを考えていて」


 王都へ一緒に行こうと、言ってくれた時の。
 喜んだ自分が、彼の頬にキスした時の。
 スチュワートの笑顔がうまく思い出せない。



 最後まで言葉にならなかったミルドレッドに、イアンは話題を変えた。


「スミスに会えて、収穫はありましたね。
 これで彼への援助は、ご主人が行っていたのではないことが判明しました」

「え……どうしてですか?」

「当時15歳のご主人には、ウィラードの生活を支えられる資金はないでしょう?」

「……その通りです、よくよく考えてみたら、学生だった彼にはそんな自由になるお金はない……
 でも、スチュワートじゃないとしたら?」

「バーナード・アダムスしか居ない。
 当時のレイウッド伯爵、双子の父親だよ。
 彼は母を失った息子を引き取ることは出来なかったが、援助をした。
 それを届けていたのがスチュワートだったんだ」

 答えた兄に、イアンが続ける。



「実の父は、母子を見捨てていたんじゃないんですよ、多分。
 メラニーは、平民だが裕福なフェルドンと再婚した。
 フェルドンは、ウィラードを連れて嫁に来ることを拒否しなかった。
 ウィラードは、義理の父から冷遇されなかった。
 ふたりは、きっと実家のコーネルに居るよりも大切にされていて幸せだった。
 高等学院に入学したご主人に、兄に会うように居場所を教えたのは父親だったんです」


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