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第34話
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マリー・ギルモアは、孤児院で一緒に育ったローラを頼って王都へとやって来た。
地元でトラブルを起こして、夜逃げ同然に地元ギルモアを捨てた。
ローラは彼女より1つ年下で、謂わば家来のような存在だった。
だが、15歳になりギルモア孤児院を出されたその日、彼女はそれまで誰にも見せなかった行動力で、ひとり王都へ旅立った。
当時恋人と同棲していたマリーは、どうせ直ぐにあの愚図は逃げ帰ってくるだろうと思っていたのに。
7年後、ローラはどうやったのか知らないが、有名な『エリン・マッカートニー』で仕事を見つけて……
その上、もうギルモアじゃなくなってて。
フェルドンとか言う奴と結婚して子供までいた。
その報告はマリーに送られたものじゃない。
孤児院のシスターマギー宛の手紙に書かれていたのだ。
マリーはその手紙を盗んで、ローラの住所を手に入れた。
小さな頃から世話をしてやったわたしには、何の断りもなく、幸せにしている様子が癇に触る。
わたしがこんな目に合っているのに!と。
マリー本人は、自分が被害者のように思っていたが、彼女が抱えたトラブルは、彼女が引き起こしたものだ。
マリーは、ギルモアの有力者の愛人となり……彼の妻から怒鳴りこまれて、囲われていた部屋を逃げ出して、孤児院に逃げ込んだのだ。
連絡もなく訪ねてきたマリーに、ローラは心底驚いた。
彼女が1年先に孤児院から出てから、今まで会うこともなかったのに。
彼女の居ないギルモア孤児院の生活は快適で、自分は彼女のことを、どれ程疎ましく思っていたか、離れて初めて気が付けた。
それなのに、また……
「仕事を探しているの、住む場所もね。
両方決まるまで、置いてよ」
小さいメラニーも居るし、うちは狭いし……と、どうにか追い返そうとしていたのに、そこに夫のウィラードが帰ってきた。
彼を見たマリーの目が光った気がした。
マリーの性根は変わっていないらしい。
彼女は人のものほど欲しくなるタイプだ。
ローラの苛立ちに気付かないウィラードは、妻の幼馴染みだと自己紹介するマリーに、丁寧に対応している。
それで、流されるように。
マリー・ギルモアは、ウィラードとローラの家に居候することになった。
信じられないくらいに、ローラの夫は素敵な男だ。
そんなウィラードがどうして、ローラのようなのろまを嫁にしたのか。
顔には出さずに、心の中で悪態をついていたら、ウィラードが目の前を横切って。
それで彼の左足が不自由なことに、気が付いた。
なぁーんだ、それでね。
他の女には相手にされなくて、ローラなんだ。
良い男だと思ったけど。
まぁ、他の男が見つからなきゃ、相手してやっても良いけどね。
自分さえその気になれば誰でも手に入ると、マリーが思っているのは、付き合いの長かったローラにはお見通しだった。
それで出来るだけ、マリーの行動を見張れるように、雇い主のエリン・マッカートニーに相談した。
「わかりました、その方見た目だけは良いのね?
最初はラウンジの裏方をさせてみて、ちゃんと働けるなら表に出します。
だけど、貴女が彼女の顔も見たくないと言うなら、王都から追い出してみせましょう」
◇◇◇
その日は風が強く吹いていた。
店の外では、遠くから火事を知らせる鐘が鳴り響いて、風に乗って微かに人々の叫び声や怒号が聞こえてきた。
やがて、南区でも慌ただしい雰囲気が辺りを包んで。
不吉な予感に店内に居た客も帰り始めて、今日はもう閉店しましょうかと、エリンがマネージャーと話し始めた頃。
その知らせが飛び込んできた。
西区の一部で、連なる何棟かの住宅火災が発生した、と。
既に西区は封鎖されていて、他の区域への延焼を阻止する為に、境界の小さな建物の取り壊しが始まったと言う。
平民が住む北西地区は、何か事が起これば直ぐに、そのように扱われる。
エリンは直ぐ様、作業室へ飛び込んだ。
西区にはローラの家があり、自宅で仕事をしている彼女の夫は、足が不自由だ。
彼がうまく逃げられたのか、自宅は燃えていないか。
ここでは分からない。
娘のメラニーは、エリンの自宅部分で子守が面倒を見ていた。
言葉もなくローラが飛び出して行き、それを見送ったのが、彼女を見た最後になった。
隣家の老女を助けて、自分が逃げ遅れてしまった夫を探して、ローラは燃え盛る炎の中に飛び込んで行ったと、エリンは後から聞いた。
夫婦共に天涯孤独だったフェルドン夫妻が亡くなった後も、エリンはそのままメラニーを預かっていた。
夜会で親しくなったレイウッド伯爵本人から「兄嫁のローラをよろしくお願いします」と就職をお願いされたのだが、領地に居る彼にふたりの死を知らせる連絡を取るのは躊躇われた。
伯爵が王都へとやって来たら、お話しよう。
「何故もっと早くに知らせなかった」と責められても、それは黙って受けようと思っていた。
何故ならフェルドン夫妻は、出来るだけ弟には迷惑をかけたくないし、父も亡くなっているから絶対に弟以外のアダムス家の人間とは関わりたくないと、口にしていたからだ。
ところがそうこうしている内に、信じられないことに弟のレイウッド伯爵までが、兄と同時期に領地で亡くなったと聞いた。
これでもうアダムス家とは完全に縁が切れたメラニーを、エリンがこのまま手元で育てるか、それとも施設に預けるか決めかねていたところ……
マリー・ギルモアがローラの地元の孤児院のシスターから連絡が来たと言ってきた。
シスターはローラの忘れ形見を、引き取りたいと言ってきているらしい。
マリーが口にしたシスターマギーの名前は、母のようなひとだったと、ローラからも聞いていた。
「わたしも、もう地元へ帰ります。
メラニーのことは、ちゃんと送り届けます」
正直……そう言ってくれて、有り難かった。
メラニーのことを邪魔にしていたわけではないが、もて余していたのは事実だ。
エリンは独身主義者で、夫も子供も持つつもりはなかったし、子育てが上手く出来るとも思えない。
実際は子守に任せれば良いのだからと、楽天的に考えられないのがエリンの性格だった。
それで『メラニーが孤児院を出る15歳になったら、わたしがまた引き取ります』と書いたシスター宛の手紙を添えて。
マリーに、多めに旅費と孤児院への寄付金を渡した。
胸に燻る罪悪感を誤魔化すように。
地元でトラブルを起こして、夜逃げ同然に地元ギルモアを捨てた。
ローラは彼女より1つ年下で、謂わば家来のような存在だった。
だが、15歳になりギルモア孤児院を出されたその日、彼女はそれまで誰にも見せなかった行動力で、ひとり王都へ旅立った。
当時恋人と同棲していたマリーは、どうせ直ぐにあの愚図は逃げ帰ってくるだろうと思っていたのに。
7年後、ローラはどうやったのか知らないが、有名な『エリン・マッカートニー』で仕事を見つけて……
その上、もうギルモアじゃなくなってて。
フェルドンとか言う奴と結婚して子供までいた。
その報告はマリーに送られたものじゃない。
孤児院のシスターマギー宛の手紙に書かれていたのだ。
マリーはその手紙を盗んで、ローラの住所を手に入れた。
小さな頃から世話をしてやったわたしには、何の断りもなく、幸せにしている様子が癇に触る。
わたしがこんな目に合っているのに!と。
マリー本人は、自分が被害者のように思っていたが、彼女が抱えたトラブルは、彼女が引き起こしたものだ。
マリーは、ギルモアの有力者の愛人となり……彼の妻から怒鳴りこまれて、囲われていた部屋を逃げ出して、孤児院に逃げ込んだのだ。
連絡もなく訪ねてきたマリーに、ローラは心底驚いた。
彼女が1年先に孤児院から出てから、今まで会うこともなかったのに。
彼女の居ないギルモア孤児院の生活は快適で、自分は彼女のことを、どれ程疎ましく思っていたか、離れて初めて気が付けた。
それなのに、また……
「仕事を探しているの、住む場所もね。
両方決まるまで、置いてよ」
小さいメラニーも居るし、うちは狭いし……と、どうにか追い返そうとしていたのに、そこに夫のウィラードが帰ってきた。
彼を見たマリーの目が光った気がした。
マリーの性根は変わっていないらしい。
彼女は人のものほど欲しくなるタイプだ。
ローラの苛立ちに気付かないウィラードは、妻の幼馴染みだと自己紹介するマリーに、丁寧に対応している。
それで、流されるように。
マリー・ギルモアは、ウィラードとローラの家に居候することになった。
信じられないくらいに、ローラの夫は素敵な男だ。
そんなウィラードがどうして、ローラのようなのろまを嫁にしたのか。
顔には出さずに、心の中で悪態をついていたら、ウィラードが目の前を横切って。
それで彼の左足が不自由なことに、気が付いた。
なぁーんだ、それでね。
他の女には相手にされなくて、ローラなんだ。
良い男だと思ったけど。
まぁ、他の男が見つからなきゃ、相手してやっても良いけどね。
自分さえその気になれば誰でも手に入ると、マリーが思っているのは、付き合いの長かったローラにはお見通しだった。
それで出来るだけ、マリーの行動を見張れるように、雇い主のエリン・マッカートニーに相談した。
「わかりました、その方見た目だけは良いのね?
最初はラウンジの裏方をさせてみて、ちゃんと働けるなら表に出します。
だけど、貴女が彼女の顔も見たくないと言うなら、王都から追い出してみせましょう」
◇◇◇
その日は風が強く吹いていた。
店の外では、遠くから火事を知らせる鐘が鳴り響いて、風に乗って微かに人々の叫び声や怒号が聞こえてきた。
やがて、南区でも慌ただしい雰囲気が辺りを包んで。
不吉な予感に店内に居た客も帰り始めて、今日はもう閉店しましょうかと、エリンがマネージャーと話し始めた頃。
その知らせが飛び込んできた。
西区の一部で、連なる何棟かの住宅火災が発生した、と。
既に西区は封鎖されていて、他の区域への延焼を阻止する為に、境界の小さな建物の取り壊しが始まったと言う。
平民が住む北西地区は、何か事が起これば直ぐに、そのように扱われる。
エリンは直ぐ様、作業室へ飛び込んだ。
西区にはローラの家があり、自宅で仕事をしている彼女の夫は、足が不自由だ。
彼がうまく逃げられたのか、自宅は燃えていないか。
ここでは分からない。
娘のメラニーは、エリンの自宅部分で子守が面倒を見ていた。
言葉もなくローラが飛び出して行き、それを見送ったのが、彼女を見た最後になった。
隣家の老女を助けて、自分が逃げ遅れてしまった夫を探して、ローラは燃え盛る炎の中に飛び込んで行ったと、エリンは後から聞いた。
夫婦共に天涯孤独だったフェルドン夫妻が亡くなった後も、エリンはそのままメラニーを預かっていた。
夜会で親しくなったレイウッド伯爵本人から「兄嫁のローラをよろしくお願いします」と就職をお願いされたのだが、領地に居る彼にふたりの死を知らせる連絡を取るのは躊躇われた。
伯爵が王都へとやって来たら、お話しよう。
「何故もっと早くに知らせなかった」と責められても、それは黙って受けようと思っていた。
何故ならフェルドン夫妻は、出来るだけ弟には迷惑をかけたくないし、父も亡くなっているから絶対に弟以外のアダムス家の人間とは関わりたくないと、口にしていたからだ。
ところがそうこうしている内に、信じられないことに弟のレイウッド伯爵までが、兄と同時期に領地で亡くなったと聞いた。
これでもうアダムス家とは完全に縁が切れたメラニーを、エリンがこのまま手元で育てるか、それとも施設に預けるか決めかねていたところ……
マリー・ギルモアがローラの地元の孤児院のシスターから連絡が来たと言ってきた。
シスターはローラの忘れ形見を、引き取りたいと言ってきているらしい。
マリーが口にしたシスターマギーの名前は、母のようなひとだったと、ローラからも聞いていた。
「わたしも、もう地元へ帰ります。
メラニーのことは、ちゃんと送り届けます」
正直……そう言ってくれて、有り難かった。
メラニーのことを邪魔にしていたわけではないが、もて余していたのは事実だ。
エリンは独身主義者で、夫も子供も持つつもりはなかったし、子育てが上手く出来るとも思えない。
実際は子守に任せれば良いのだからと、楽天的に考えられないのがエリンの性格だった。
それで『メラニーが孤児院を出る15歳になったら、わたしがまた引き取ります』と書いたシスター宛の手紙を添えて。
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