【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi

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第53話

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 スチュワートが亡くなったその年の瀬。
 喪中だからと聖誕祭のお祝いは無かったけれど、ウィンガムでの新年に掛けての年越しに、イアンはジャーヴィスから招かれていた。


 家族や極親しい人物だけを招いての身内の集まりに、高まる期待と不安。


 マーチ兄妹の母上キャサリン様には、取り敢えずは嫌われていないと思う。
 早くも当主の秘蔵っ子に収まったメラニーにも、懐いて貰えた。
 後3年。
 来年からは叙爵に向けて、動き出すと決めていた。



 ユリアナが特別な夜の夜更かしを許されたメラニーを寝かしつけに行き、絵本を読む約束をしていたとジャーヴィスがふたりを追いかけ。
 キャサリンもが自室に辞した後。


 そんな中で、初めてミルドレッドと、ふたりきりになった時だった。




「わたし……スチュワートの名誉を挽回した後は、ギャレット様のお世話になりたいと思っていました」


 ミルドレッドの突然の告白に、イアンの息が止まった。
 お世話に? お世話に!? お世話になりたい!


「あんなに胸が踊る経験は、初めてでした。
 それで思ったんです。
 ギャレット様が生業とされている調査のお仕事?
 わたしも勉強がしたいと」


 
 ……あー、調査の、それでね……
 すっかり萎んでしまった心を叱咤して、イアンは余裕を見せた。


「興味を持たれたのですね?」

「はい。ですが兄に叱られてしまいました。
 あの調査は、ギャレット様の普段のお仕事とは違うのですね」

「まあ……そうですが」


 イアンが所属するのは、実家が経営するギャレット商会の調査部門だ。
 そこでは新規取引先の調査や、経営悪化した取引相手の収支決算を裏から手に入れて、そこに粉飾がないか等のチェックも行っていた。
 また商品になりそうな物の情報を得ると、ライバル商会よりも早く繋がりを持つと言う時間の勝負なので、国外へ飛び出して行くこともある。
 早い話が裏方、である。



「悪漢小説に出てくる探偵のような、そんな風に思って……
 お笑いにならないでくださいませ。
 尾行とか、そういうのもしてみたい、なんて。
 すみません、何も存じ上げなくて馬鹿ですね」

「いえ、そんな、笑ったりしません。
 仕事の肩書きを口にすれば、そう受け取られる方も多いです」


 それは嘘ではない。
 特に、女性はそうだ。
「なんて楽しそうなお仕事なんでしょう」と言われる。



 貴女ほど尾行に向かないひとはいません、と。
 ジャーヴィスが戒めてくれたお陰で、不採用の理由を言わなくて済んだ。
 仕事のことであっても、好きな女性にお断りをするのは心苦しい。



 確かに今回の調査は、簡単だった。
 たった1日、たった2人に当たっただけで、終了した。


 だが、イアンはそれがミルドレッドが居たからこそだとも知っている。
 自分とジャーヴィスだけだったら、あの早さでは終了しなかっただろう。

 テリー・スミスがローラ・フェルドンの勤務先を教えてくれたのは、男性の哀しい性……綺麗な女性の役に立ちたい、だし。

 
 訪ねたのがジャーヴィスと、ふたりだけだったら。
 スミスと別れた後は北区を回り、ウィラードのその後を知っている人間を探し。
 ジャーヴィスのお貴族様パワーが仇となり、北区民の警戒心を呼び起こして。
 マッカートニーに辿り着くまで、どれ程時間がかかったろう。


 エリンにしても、話は聞けても、ただそれだけだ。
 あの誓約書が手に入ったのは、スチュワートの妻が居たからだ。
 エリンの性格では、ジャーヴィスにさえ預けたか……
 それは分からない。


 とにかく今回に関してだけは、ミルドレッドが果たした役割は大きかった。

 彼女の調査員としての適正は✕を付けるしかないが、今回は貴女のお陰で解決が早かったと伝えると、ミルドレッドは嬉しそうに頬を染めた。



「お仕事を探されているんですか?」

「はい。それで聞いていただけますか?」

「勿論です」


 ミルドレッドが何か仕事がしたくて、それで自分に相談をしてくれるのなら。
 あらゆることで、その手伝いをしたいとイアンは思っている。



「わたしマナースクールを卒業したんです。
 あれを個人的に出来ないかしら、と」

「個人的に?」

「えぇ、他の人とは一緒に学びたくないお嬢さんも、外に出したくない親御さんもいらっしゃると思うんです。
 王都ではどうかは分からないのですけれど、この辺りの女性向け家庭教師は、外国語だったり、刺繍だったり、それぞれ専門の教師が多くて。
 何人もの家庭教師は費用もかかりますでしょう?
 ですから、そこまで特化していないけれども、基本的な物を全て教える家庭教師が居てもいいのではないかと……
 どうお考えになりますか?
 需要はあるでしょうか?」

「ありますと、簡単にはお答え出来ません。
 それこそ調査した上で、お答えするべきことだと思います。
 一番肝心なのは、貴女の修得されているそれらが、どれ程のレベルに達しているか、ですね。
 失礼ですが、確認させていただくことになります。
 ですが、生活に困っているわけでもない貴女が、どうしてお仕事をなさろうと?」


 イアンは誤魔化したのではなく、本当に調べてから答えようと思っている。
 その結果、残念ながら需要はなく、また彼女が人に教える迄に達していないレベルなら、家庭教師の話はそこで止まる。

 だが、辛い現実をミルドレッドに突きつけようとも、彼女はまた別の仕事を探そうとするだろう。
 そのあきらめない熱意が、どこから来るのか知りたかった。



「このまま安穏と兄の世話になるのではなく。
 仕事をして、その対価を得る姿を、メルに見せたくて。
 ウィラード様が選択された生き方を、忘れたくないのです」

 
 社会に出ると同時に、実父からの援助を辞退したウィラード。
 ミルドレッドは彼の矜持を、娘のメラニーに伝えたいのだろう。



 ジャーヴィスには、メラニーがいくら可愛くても養女にはしないと言われている。
 隣領のアダムスの血筋だからだ。
 となると、いつかマーチの後継者が決まった時は、彼女を連れて独立すべきだとミルドレッドは考えた。



 イアンは簡単に、貴女は結婚しない兄ジャーヴィスの、妻の代わりに社交を担えばいいとは、言えなかった。



「今直ぐでは、ありません。
 まだ、わたし自身が学ばねばならないのです。
 まずはお料理を、ユリアナに習い始めました。
 最初は兄が好きな茹で玉子を習いました。
 最近は母が好きなアップルパイを。
 これがなかなか難しくて……」


 茹で玉子からのアップルパイは。
 どれだけ、いきなりレベルを上げたのか。
 料理初心者のミルドレッドを指導する、ユリアナの苦労が忍ばれた。


「順番にですけれど……ギャレット様のお好きな料理は何ですか?」



 それはいつか、俺の好物を作ってくれると言うことですか?


 逸る心を抑えて、イアンは好物を口にした。



 それを聞いて、しばらくミルドレッドは彼を見つめ。
 そして、微笑んだ。



「承知致しました。
 いつになるかは、まだ……自信がありませんので。
 今年もどうぞよろしくお願い致します」


 新年を祝う花火が、湖の方角で打ち上がっていた。


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