【完結】初恋の沼に沈んだ元婚約者が私に会う為に浮上してきました

Mimi

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昨今の言葉で『脳内お花畑』という

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3年前、私は17歳でした。

カステード王国王立学園の2学年目を終えて、今から夏が始まろうとしていました。

当時の婚約者のノーマン様は前年に学園の騎士科を卒園して、王立騎士団のお仕事に就かれていました。

翌年に私が卒園したら、私達は結婚すると決まっていましたので、この年の夏が家族や友人と過ごす独身最後の夏のはずでした。
何事も無ければ、来年の今頃には私はノーマン様の花嫁になっています。

彼には我が伯爵家に婿入りをしていただくことになっていましたので、結婚しても住む邸は変わりません。

お父様からは新婚夫婦の寝室は好きに改装していいと、お許しをいただいていました。
色は彼の好きなブルーで統一したいと、私は考えていました。
特注の婚礼家具は今月末には注文しないと間に合いません。

それらの結婚に向けて必要な事柄を忘れないように、私は覚書ノートを作っていました。
ノートのカバーを緑色にしたのは、ノーマン様の瞳の色だからです。
披露宴の招待客を一覧表にしてお父様と席を決めては、やり直しを繰り返しました。
結婚にまつわる決まりごとや人から教えられた情報なども記入して、確認しながら読み返し……

今や私の趣味は覚書ノートの作成と見直しでした。
何かあればノートに書き込む私を、周囲の人達が少し呆れたように見ているのも知っていました。


「ノーマン様に夢中なのは結構だけど、程々にね?」

時折、従姉のスカーレットが私に注意をしてきました。


「貴女が何もかも彼に合わせる必要なんかないのよ?」

「でも、それが幸せなの。
 ノーマン様がおいでって呼んでくれたら、私はいつでもどこでも会いに行くわ」

「貴女のような女性を、昨今の流行り言葉で『脳内お花畑』というのよ」

自分というものを全く持たず、彼に合わせるのが幸せだと言う私を、スカーレットは案じていたのです。

彼女もブライトン家の三兄弟とは幼馴染みでしたが、同い年のノーマン様に対しては少し厳しめに見ている様でした。


「ノーマン様って普通の人よ。
 シャルには特別に見えてるのかも知れないけれど」


本当は……
口に出して言う程、私はノーマン様に盲目的だったわけではありませんでした。

この恋を続ける為に。
私は見ないように、考えないようにしている事がありました。


『脳内お花畑な女』

そう見られていてもいい。

(それでノーマン様と結婚出来るなら)


 ◇◇◇


その日はお約束をしていなかったのに、先触れも無くノーマン様は朝早く邸を訪ねて来られました。

お顔を拝見するのは本当に久しぶりのことでした。
学年末試験が終わるまでと、勉強に追われる私を気遣ってくださって、会うのを控えていたのです。


「おはようございます、ノーマン様。
 今日はお仕事お休みですの?」

「おはよう、シャーロット。
 とりあえず隣に座って」

挨拶もそこそこに、ノーマン様はご自分の座っていらしたソファの隣を掌で軽くたたきました。


例年のこの時期、夏のスケジュールは大抵埋まっているのですが、今年は何故かまだ、ノーマン様からのお誘いはありませんでした。

私は彼のお隣に腰かけました。

(今年は何か特別なお誘いがあるのかもしれないわね)


一緒に連れだってバカンス用のショッピングに行くのも今頃のことです。
今朝のノーマン様は私服なので、これから買い物に出掛けようと、お迎えに来てくださったのかと、私は思い込んでしまいました。

(これがステーシー様が教えてくださった『サプライズ』なのかも?)

ステーシー様はクラスメートの子爵家のご令嬢です。

ふわふわとそんなことを考えていた私はノーマン様が仰られた事を、すぐには理解出来ませんでした。


「いきなりで申し訳ないけれど。
 今年の夏は君と会えないと思う」
 
(えーと、今会えないと仰った?)

「会えないとは……お仕事でしょうか?
 ご都合の良い日を、いついつと教えていただければ、私の予定を合わせますわ」

気分は下降線をたどりつつありましたが、表情に出してはいけないと、私は無理をした笑顔を彼に向けました。


予定を合わせるも何も。
私のスケジュール帳の夏の3か月間は、白紙の状態でしたが。
ノーマン様のご予定が判らなかったので、友人とも何一つ約束をしていなかったからです。


「そういうの、悪いけど無理なんだ。
 夏の間、ずっと違う場所へ行くから」

ますます仰っている意味が理解出来ませんでした。


「秘密の任務で、違う所に行かれるの?」

「はぁ?俺は第3だよ!
 第3に言えないような秘密の任務があるわけないだろ!
 特に俺なんか『たった2年の腰かけ』なんて、呼ばれてるのに!」


驚きました。
こんな風に私にきつい物言いをされるノーマン様は初めてでした。

吐き出すように言われたその言葉も、その内容も。
第3騎士隊の事をこのように話される彼の表情は歪んで見えました。



腰かけとは、私との結婚のせいで騎士隊内で軽ろんじられていると、いう事でしょうか。
ですが、どうして私がこの様な言葉を彼から投げつけられなくてはいけないのでしょうか……


 ◇◇◇


2年で騎士団をやめる、そう決められたのはノーマン様ご自身です。

それも本来ならば将来の為に、学園の領地経営科に進むようにと、私のお父様もノーマン様のご両親も望まれていたのです。

それなのにノーマン様は夢であった騎士科で学びたいと、急に言い出されたのです。
卒園後はすぐにお父様の元でガルテン領の経営を学ぶから、と。


両親達に訴えるより事前に、私はノーマン様に協力する事をお願いされました。

妻は夫の夢を支えること。
ノーマン様の夢を叶えて差し上げたくて、私は説得のサポートを致しました。


「私が領地経営科に進みますので、ノーマン様をどうか騎士科に」

かつては男性しか進めなかった領地経営科ですが、数年前からは我が家と同様の、後継男子の居られない家門のご令嬢が学ばれる様になっていました。

領地経営科の授業は大変厳しいと有名でしたので、私のような者が進学しても卒園まで続けられるのか、不安しかありませんでしたが。

『それでもノーマン様のお役に立ちたいのです』と、訴えますと。
皆様が折れてくださったのでした。


「仕方がないな。
 お前がそこまで言うなら、ノーマンは騎士科に入ればいい」

あきらめたようにお父様が仰いました。


「本当にそれでいいの?
 シャルちゃんは無理しているのではなくて?」

私の両手を握りしめて、ブライトンのおば様が案じてくださいました。


「経営科はアクセルとディランもいた。
 どんな事でも、2人を頼ってくれていい」

ブライトン伯爵家の嫡男アクセルお兄様と税金関係の文官として王宮で働く次男のディランお兄様は、優秀な成績で領地経営科をご卒園されていました。
そのお二人を頼ってくれていいと、おじ様も仰ってくださいました。

領地に住んでおられるアクセルお兄様はこの場には来られてはいませんが、ディランお兄様はノーマン様のお隣にお座りになっていました。


「必要な選択授業科目、単位の取り方、先生方の出題傾向のクセ、何でも聞いてくれたらいいよ」

「ありがとうございます、ディランお兄様」

「昨年までいたからね、試験対策は任せてくれていいよ。
 仕事の合間に教えに来られるし、是非ともシャルの力にならせて欲しい」

とても頼もしいディランお兄様でした。

(3年間、がんばって乗りきってみせるわ!)


私の学園入園までには1年以上ありました。
ディランお兄様はお言葉通り、定期的に邸へ通ってくださいました。


それでも確かに領地経営科は大変でした。
単に領民から税を納めてもらい、それを王家に。
当初の私が領主の仕事として認識していたのは、その程度だったのです。

領地には様々な問題があります。
領主はそれらを解決し、領民を守らなくてはならないのです。
災害に備え、環境を整え改善し、医療を充実させ、平等に教育を受けてもらわねばなりません。
課題は多岐に渡っています。

クラスの大半はやはり男性でしたが、ご令嬢も10人程在籍していて、私達女生徒は団結し切磋琢磨しながら、充実した学園生活を過ごしていたのでした。



ところが。
昨年、ノーマン様が卒園間近、珍しく学園で昼食を誘ってくださった時……お話をこう切り出されました。


「騎士団試験を受けたんだ。
 合格したので、入団してもいいよね?」
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