【完結】初恋の沼に沈んだ元婚約者が私に会う為に浮上してきました

Mimi

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理解するのが早くて助かる

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それは子供が出来ると消え、その子に移り、
次の世代に引き継がれる力…

「では、もうクリスティン様に力はなくなり、それは二度と
 戻らないと?」

「多分ね。」

「…次の監視対象はあの方のお子様ですか?」

私の問いに殿下は曖昧に微笑まれました。

エドガー様は立ち上がり、お茶のお代わりを取りに行って
しまわれましたが、
いつもの事なのに、私にはその行動は何か聞かれることを
拒否された様に見えました。

「クリスティン様とノーマン様は今はどちらにいらっしゃるの
 ですか?」

「君に婚約解消されたノーマンは伯爵から勘当されて平民になった。
 そして騎士団を解雇されて、
 クリスティンに縋ったが棄てられたよ。
 夏が終わり、あいつは使えない男になったから。」

知りませんでした。
誰も私にはその事を、ノーマン様の事を知らせなかったから。

「自業自得というやつだから、君が気にすることはない。
 と言っても君は気にしてしまうだろうから教えるけれど、
 ノーマンは今は王都から離れて、違う町でそれなりに
 がんばっているよ。」

「…クリスティン様はどうされているのですか?」

婚約者だったノーマン様に対して冷たいのかも知れませんが、
今は彼よりもクリスティン様の事が気になりました。

「公爵に妊娠がばれちゃっただろうしね…。
 父親の指示で、産まれるまでは何処かに隠してるんじゃ
 ないかな?
 無事に出産が終われば、子供は取り上げられて、
 あの女は最果ての修道院にでも入れられるだろう。
 さすがに修道院にまで監視をつけようとは思っていない。
 …選ばれし赤ん坊だ、大事にされるだろうね?」

殿下は。
この御方は。
クリスティン様が何処にいらっしゃるのかちゃんと判っている。
でも私には教えない。

「そうそう、クリスティンの別荘がある湖、透明度が高い事で
 帝国でも有名でね?
 それが何故か最近、水が濁って来ているらしい。
 まるで湖が沼になったみたいだって。」


…教えないのは知る必要がないから。
知る必要のない話は聞かない方がいい。

キャルの言葉を思い出しました。


「シャーロットは理解するのが早くて助かる、ってこと
 前に俺、言った?」


身体を冷やしてはいけないと殿下が仰って。
サンルームには暖房が入っていて暖かいのに。
私は少し震えていました。



「これからもお茶会を続けようと殿下は仰って
 いましたけれど…」

私が送っていただく馬車の中でそう言いかけると。

「今日は辛い話が多かったですね…。
 お付き合いしていただくのは、もう無理ですか?」

「いえ、殿下からは最初に私の情報を教えてくれと言われたのに、
 今は反対に教えていただくばかりで…申し訳なくて。」

「殿下は貴女と話すことで整理出来ると仰っていたでしょう?
 私も助かっています。」

エドガー様の深いグレーの瞳が正面から私を見つめていました。


 ◇◇◇

選ばれし赤ん坊…

その子は王家と皇家両方の血を受け継いで。
成長すると共に母親と同じように魅了をばらまいて。
当たり前だから周りの人達の気持ちは考えない。
知らない内に愛されて、知らない内に憎まれる。

私もあなたの母親を憎んだの。
あなたの母親は自分の事しか考えていなかったの。
自分の一言が平民の女の子を殺しちゃったこと。
彼女の小さな妹も一緒に死んだこと。
それを聞いても、あなたの母親は平気だったと思うよ。

かつて凛々しかった少年の母親はずっと泣いてたよ。
皆で救いの手を伸ばしたけど彼はその手を振り払って。
皆で注意したのに彼はその声に耳を塞いで。
立ち入り禁止の底無し沼に。
あなたの母親の所に行っちゃったの。
あなたの母親に溺れて、初恋の沼に沈んでしまったの。
それで彼は全部失くしたの。

私もあなたの母親を憎んだの。
だから教えてあげる。
あなたの父親はまだ産まれてもいなかったあなたを厭んだの。
自分の血筋の継承権を放棄するくらいに。
あなたの母親を見たくないと自分の美しい目を潰すくらいに。

あなたが母親から受け継いだ力に気付く時が来るかも知れない。
あなたの母親は自分でも知らない内に人をいっぱい傷つけたけど。
あなたはその力を善き方向に使って欲しい。

あなたにいつか愛する人が出来て、あなたの力が消えても。
その力はずっと受け継がれていくの。

可哀想なあなた。 

可哀想な…
 

 ◇◇◇


それからもお茶会は度々開かれて、3人で色々なお話をしました。

真実の愛や魅了について語られることはなくなり
クリスティン様やノーマン様のお名前が
もう私達の口に登ることはありません。

意外だったのはエドガー様が甘いものをお好きだったことで、
帝都の美味しい菓子店を教えてくださいました。
隣でそれを聞いていらっしゃった皇太子殿下が
『教えるより連れていけばいいのに』と仰るので、
エドガー様はお茶を取りに部屋を出て行かれました。


殿下がただひとりと、お心に決めた方のお名前を教えてくださった
のは新年を迎えた頃です。
殿下は成年皇族となられ、長く伸ばされていた見事な黒髪を
短くされていました。

その御方はカステード王国の第1王女メイベル殿下でした。
内々でお話はまとまっておりましたが
アーロン王子殿下の喪が明ける前に皇弟殿下が大怪我をされて、
両国にご不幸が続いたので、正式発表の良い時期を探っている
のだと言うことでした。 


私は思いきって尋ねさせていただきました。
 
「皇太子妃決定の伝統があると…」

「あんな前時代的なもの、陛下に言って廃止を頼んだよ。
 女性を品評会みたいに並べて比べるなんて、時代錯誤も
 いいとこだ。
 でも王子の品評会ならいいな、優勝する自信がある。」


帝国学院を卒業したら、直ぐに王国へ帰るのかと殿下に聞かれました。
この帝国を、帝国の方達を。
私は愛しはじめていて、まだ別れたくありませんでした。

「仕事を探してるなら、俺には強力な伝手がある。
 君の父上の説得も任せてくれていいよ。」

まさか、仰られた強力な伝手というのが皇妃陛下だとは。
殿下がお父様に、皇家の御使者を出されたことも。
その時の私には知るよしもありませんでした。


 ◇◇◇


その日、私はキャルと図書室で卒業試験の下調べをしていて、
寮に戻るのがいつもより遅くなっていました。

冬の終わりの夕暮れが早くも訪れていました。

侯爵家の馬車はなく、馬に乗って来られたらしいエドガー様が
寮から少し離れた所に立っておられました。

彼が羽織ったマントにも、履き込まれたブーツにも、馬の背に
乗せられた鞍にも土埃がついていて、どこか遠くから戻られて、
そのまま会いに来てくれたのだと驚き、嬉しく思いました。

「グッドウィンに行って来ました。」

「公爵閣下はお元気にされていましたか?」

「…勝手で申し訳ありませんが、貴女の話をさせていただきました。」

「…」

私の話をされたと言うことは…
クリスティン様の名前も出る筈…

「私には幸せになって欲しいと閣下は仰ってくださって。」

エドガー様と公爵閣下は学院にいらした頃
互いに『スタン』『エド』と呼び合う親友だったのだと
殿下に教えていただいていました。

「次に閣下に会う時には、貴女にご一緒して欲しい。」

「…」

「貴女となら俺は…
 前を向いて歩けます。」

「私も閣下や公妃様にお会いしたいです…。
 どうぞよろしくお願い致します。」  

私がそう言うと、エドガー様は目の前に跪かれて。
私を見上げ、微笑まれました。



 *****


次話から3話 現在のノーマン視点です



  




 










    
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