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第二章『蛇苺』
第二話『プロポーズは突然に』
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僕に充てがわれた病室は、個室という事もあり、シャワー室が常備されていた。僕が傷口のある患部を刺激しない様にシャワーを浴びて身体を綺麗にし、バスタオルで身体を拭いていると、病院の向かいにある調剤薬局が併設されているドラッグストアで様々な物品を購入した克樹が、息を切らせて帰ってきた。
一体どんな物を購入したかは分からないけれど、膨らんだビニール袋の中に、明らかに異質な雰囲気を放つ紙袋が確認出来て。ボディバックに入れずに、ナースステーションの前をその格好で通って来たのかと、頭を抱えそうになった。
「ごめんね、遅くなって。身体洗うの、いつもみたいに手伝いたかったのに。いざ買いに行ったら、あれもこれも、必要な気がして、悩んじゃって……」
「大丈夫だよ、気にしないで。前よりも動けるし」
「傷に滲みなかった?……見せて」
相変わらず、僕の事になると心配性だな、とくすりと笑ってから、肩から掛けていたバスタオルを、尻の方まで、するりと下げた。股間部は隠しているのに、そんな僕の身体を確認した克樹の喉は、ごくりと鳴って。本当に、僕の貧相な身体の何処がこの子の琴線に触れるのか、見当も付かないな、と顔を赤らめながら、心の中で首を傾げた。
「ガーゼ剥がれかけてる。ちゃんと直せる様に、色々買ってきたから。薬も看護師さんに無理言って、ナースステーションで貰ってきた。退院したら、俺が手当てする様になるからって」
「お前は、もう……無茶言って。困っていたでしょう、看護師さん達」
「うん。でも、俺が瑠衣君のフィアンセだって話したら、甲斐甲斐しく教えてくれたよ。あと、体調に問題が無ければ、夕食の時間まで部屋にいかないからって、気遣ってくれた。みんな、良い人だね。瑠衣君が運ばれたのがこの病院で本当に良かった」
フィアンセって、それは……後からナースステーション内で、騒ぎになっただろうな。あと少ししたら僕はこの病院から退院するけれど、後々の語り草になりそうだ。
それにしても、いつ僕がお前の、ふ、フィアンセになったんだ。突っ込みどころが多過ぎて頭が痛い。だけど、気遣いは気遣いとして有難いので、それ以上は何も言わずに、そうだね、とだけ短く返した。今は話を流して、有耶無耶にしておきたいという気持ちは、過分にあった。
「薬塗るから、背中こっちに向けて」
言われた通りに、シャワー室の仕切りカーテンの前で、克樹に向けて背中を向ける。医療行為には入るかもしれないけれど、この場合は、退院後の練習も兼ねているからと、特例措置を取られたという話だった。看護師さん達は、女性が圧倒的多数を占めているし、僕の担当医も女性医師だ。だから何となく、僕達の状況を踏まえて今後の意見を風通しよく話し合い、この処置や処遇に対してゴーサインが出しやすかった印象は、無きにしも非ずだなと思ってしまった。偏見は、多いにあるけれど、今後の事を考えると、退院後の怪我の処置の練習が今から出来るのは、単純に有難いと思った。
「……やっぱり、傷跡、少し残るかもしれないって。だから、治っても、偶に引き連れた痛みがある時もあるかもしれないから、酷い時は、また来て下さいって、先生が。だから、何か違和感があったら、すぐに言ってね」
看護師さんが使うゴム手袋と同じ物を使い、てきぱきと処置していく克樹の手際に、初めてなのに慣れているなという印象を抱く。きっと、これまで看護師さんの処置する姿を、側に座ってじっくり観察してきたんだろう。そしていつか、自分がやる時の為にと、イメージトレーニングを重ねてきたに違いない。
この子は、退院後の僕のサポートを、どこまでの責任感と使命感で志していたのか。有難い反面、申し訳なくて。こんなにも、僕の事を想ってくれているこの子を突き放そうとしていた自分を、深く反省した。
「ごめんなさい……あの時、俺は貴方の側にいたのに、守れなかった。駅前で偶然に出会った貴方に、どんな声を掛けたらいいか、そもそも、声を掛けていいのか、悩んで悩んで、立ち尽くして。そしたら、貴方は、背後から突然現れた、そいつに……もっと、早く貴方に声を掛けていたら、こんな事には、ならなかったのに」
突然始まった懺悔に、僕は、思わず後ろを振り返った。すると、そこには、苦渋を滲ませた克樹の顔があって。こんな悩みや後悔を内に秘めたまま、退院が決まるその日まで、僕の側にいてくれたのかと、胸が痛んだ。
もっと早く、この子の心の中にあった蟠りに気が付いてあげられたら、こんなにも苦しめる結果にはならなかったのに。
「犯人を取り押さえた時、俺、そいつの持っていたナイフを奪って、そいつを殺すつもりでいたんだ。だけど、隣にいた刈谷さんが、『そいつを今どうにかするよりも、お前の大切な奴の命を助ける方を優先しろ』って、俺の目を覚ましてくれて。だから、俺が冷静さを取り戻して、今こうして貴方の側にいられるのは、刈谷さんや、俺を心配して駆け付けてくれた、周りのみんなのおかげなんだ」
そうだったのか。僕を刺した先生の元に駆け出さん勢いだったこの子が、冷静になって、僕の治療を見守る気持ちになれたのは、周りにいた人達が、この子を一人にしなかったからだったんだ。もしも、その人達がいなかったら、この子は今、僕の目の前にはいなかったかもしれない。だとしたら、僕は、その人達に対して、返し切れないくらいの恩がある。いつか頭を下げに行きたいと常々思ってきたけれど、退院したら、その足でその人達に会いに行こうと、心に決めた。
「その人達に、僕も会いたいな。克樹を一人にしないで、ずっと支えて励ましてくれたんだもの。僕にとっても、恩人だから。何処に行けば会えるかな?」
「あ、その事何だけど……俺がお世話になっていたカフェで、快気祝いをしないかって、真宮寺さんと高橋さんが言ってくれてて」
「そうなの?……でも、それだとお店の負担にならないかな」
「賑やかなのが大好きな人達だから、全く。ただ……」
それまで、敢えて明るい口調で話を続けていた克樹が、突然言い淀むので、どうしたんだろう、と思いながら首を傾げていると、克樹は、頬を赤く染めながら、視線を天井や床にゆらゆらと漂わせた。
「あの、俺……今まで誰にも瑠衣君の事で相談とかしてこなかったから、その反動で、随分と、瑠衣君の事やこれまであった話とかを、みんなに赤裸々に相談してしまって。みんな、俺達の事情を知っているから、色々な意味で、瑠衣君に興味があるというか。一方的に色々と知っている状態だから、きっと、想像以上に馴れ馴れしくしてくると思う、な」
『あ、みんな、年齢は瑠衣君よりも上なので、多分、最初からタメ口だと思うよ』と最後に付け加えた克樹は、照れた様な笑みを浮かべながら、いそいそと僕の背中の処置を終わらせて、買ってきた救急箱に、ガーゼやテープや医薬品を仕舞い込み、僕の使っているベッド横にあるサイドテーブルにそれを置きに行く形で、話を強制終了させた。
一体、何処まで僕の話をその人達にしたのか。まさか、僕が一時期、無意識とは言えストーカー化していた時の話もしたんじゃ。でも、それは事実だから仕方ないし、されても全く気にはならないのだけど……そんな僕に夜な夜なしてきた事とか、まさか、話したりしてないよね?流石に、ね……
だから、それは考え過ぎだ、と頭を切り替えて、新しく用意した病院着に、着替えを終わらせていった。
怪我の手当が終わったので、する事と言えば着替えを終わらせて、この一旦閉じられた仕切り用のシャワー室のカーテンを開け、克樹の待つベッドに向かう事だけだ。だけ、とは言え、ベッドサイドにいる相手は、これから僕を抱く気持ちを整えている幼馴染である。だから、このカーテンを開ければ、さっきまであった和やかな空気は一変し、色の付いた、どこまでも淫靡な時間が始まってしまうのだ。
それが分かっている僕は、ドキドキと高鳴る胸を、服の上からギュッと押さえ付け、深い深呼吸を、何度となく繰り返していった。だけど、一向に胸が定まらない。さっきは、あれだけの勢いで、あの子を誘えたのに。いま、僕の中には、余裕のかけらすら残っていない。シャワーと一緒に流れ落ちてしまったのか。どうせなら、羞恥心も綺麗さっぱり洗い流してくれたら良かったのに。
「瑠衣君、大丈夫?着替えが大変なら、手伝おうか?」
何やら、ベッドの枕元でガサゴソと作業していた克樹が、カーテンの前まで歩み寄り、布越しに話しかけて来た。だから、僕は慌ててその子に、大丈夫、着替えなら終わってるから、と正直に言葉にして……大後悔した。
「え、ならどうして、出てこないの?」
当たり前の疑問を持つ克樹に、ですよね、と泣きたいくらいに同意する。僕だって、そう思う。だけど、どうしても踏ん切りがつかないんだ。だって、僕は、身体はそうでなくても、心は全くの未経験者そのものだし。キス一つだって、呼吸の仕方だけでもパニックに陥ってしまう。そんな、小心者のダメダメな人間なんだ。
だから、こんなにも駄目な人間の僕に、いつかは克樹が愛想を尽かしてしまうんじゃないかと、不安で不安で、堪らない。それに、もしも今回の件が、克樹がこれまで経験してきた他の人との間のソレと比べて、ガッカリしてしまう様な内容になってしまったら。克樹に掛かっていた恋の魔法が解けて、僕からスッと離れていってしまうかもしれない。そんな事になったら、僕は、これから先の人生を、どうやって生きて行ったらいいのか、全く分からなくなってしまう。
依存なのかな、これは、あの、昔みたいな。病気は治ったのに、まだ、僕は、克樹に向けたこんな重たい気持ちを抱えて。だけど、一人で生きて行く、という決心をした僕にとっては、願ってもない結果でもあるから。今回だけを最後の思い出にして生きていくというのも、悪い話じゃないよな、とも思えた。
克樹は、これから先も、僕と一緒に生きて行く未来を望んでくれているけれど、僕は、まだその決心が付いていない。そもそも、その道は選択肢に無かったのだから。
だけど、これから先、身体と心の傷を癒やして、克樹と繋がった思い出を胸に、前が向けたなら。僕の人生は、そこまで悪い物には、ならない気がする。好きな人との一晩の記憶を、それからの人生の糧にして。
僕は、ひとりで。
「瑠衣君」
突然、カーテンの布が、両サイドから盛り上がり、僕の全身を、すっぽりと覆った。訳も分からず背後から抱き締められ、思わず身体を硬直させると。
「焦らしてるの」
カーテン越しに、お尻に硬い物が当たって。
「そんな事しなくても、大丈夫だよ。恥ずかしがらないで、そこから出てきて」
克樹は、いま、このカーテンの向こうに、殆ど全裸に近い姿で佇んでいるんだと知って。
「もう、待てない」
僕は。
「………なんで、僕なの」
自分の本心を、素直に打ち明けるしかなかった。
「他にも、美味しい物は……綺麗で、可愛くて、もっと、器用に生きられる人は、沢山いる、のに。どうして、僕なの」
泣きながら、自分の、どこまでも情け無い本当の気持ちを、ぼろぼろと足元に溢していく。僕よりも綺麗で、僕よりも器用で、僕よりも明るくて、僕よりも気さくな人間なんて。人としての価値が高い人が、世の中には、沢山いて。その中には、君の隣にいるに相応しい人がいて。誰もが認める、素敵な人が、みんな君の隣に立ちたくて、うずうずしているのに。
僕なんて、そんな人達に比べられる様な特徴もなければ、人としての価値そのものだって低い。なのに、どうして、僕に構うの。どうして、こんな僕を捕まえて、有頂天にさせる様な美辞や愛情ばかり並べるの。立場を弁えない人間には、いつかバチが当たるんだ。だって、克樹みたいな子にだって、僕みたいな人間に嵌ってしまったという珍事に巻き込まれたり、傷付いたりする出来事があったりするんだから。僕なんて人間が、個人的な幸せを願って克樹の隣にいたら、もっと酷い目に遭ってしまうかもしれない。そんな未来、僕は望んでいないんだ。
お願いだから、これ以上僕に、希望を持たせないで。
僕を抱き締めていた克樹の気配が、背後からスッと消える。ホッと息を吐き、僕はその場にゆっくりと崩れ落ちた。床に手を付き、後から後から流れ落ちる涙を手の甲で拭っていると、再び背後に人が立った気配がして、その後すぐにカーテンがシャッと音を立てて開かれた。え、と思い振り返ると、そこには、ボクサーパンツ一枚の姿になった克樹が立っていて。その手には、小さな小瓶が握られていた。
その小瓶は、先程見せて貰ってから、ベッドサイドに置いておいた、あの蛇苺で作ったジャムが入った小瓶で。何故いま、そんな物を持って現れたのか分からず、頭に疑問符が浮かんだ。
そして、完璧過ぎる、後光すら差して見える程の、抜群のシルエットには、言葉を失って、見入ってしまった。これがきっと、人の注目を浴びてきた人間が放つカリスマ性というもの何だろう。恥ずかしくて目を逸らしたくて堪らないのに、どうしても、視線が逸らせなかった。
克樹は、無言でジャムの小瓶の蓋を開け、中にある蛇苺のジャムを指で掬うと、それを口に含んで、ゆっくりと咀嚼してから飲み込んだ。そして、『そう、この味、懐かしいな』とくすりと穏やかに微笑んでから、ゆっくりと僕に近付いて、僕の目の前にしゃがみ込み、再びジャムを指で掬って、今度は僕の顔の前に、その指をずい、と差し出した。
「食べて。昔と同じ味がするから」
人の指から、直接物を食べるなんて、いくら幼馴染同士とは言え、やった事がないから戸惑ってしまったけれど。その、強くて、何故か絶対に逆らえない強制力を備えた声と眼差しに導かれ、ふらふらと、その指に舌先を伸ばしていった。
ぺろ、と人差し指についた紅いジャムを、震える舌で舐めとる。すると、最近食べたそれと全く同じ味がした。蛇苺そのものの味は薄いので、大量に入れた砂糖と、刻みレモンの酸味とをより感じる。しかし、これだけ他の調味料や材料に支えられているからか、そこまで味は悪くない。とは言え、やはり、これ以上に美味しい物はこの世界に沢山あるし、こんなに手を加えないと食べられない面倒な物よりも、もっと手軽に食べられる物は沢山ある。
「どう、美味しい?」
「……うん。懐かしい味。でも今は、これよりも美味しい物は、沢山あるから。あの子には、もっと美味しい物の作り方を教えてあげれば良かったかな」
「でも俺は、これが一番好きだよ。他にも美味しい物が沢山あるのは知ってる。だけど、俺は、好物も、好きな物も、好きな人も、ずっと変わらないんだ。貴方もそうなら、その気持ち分かるでしょう」
言いたい事が、分からない訳じゃない。納得する気持ちも、自分の中にある。だけど、それだけを理由にして、『はいそうですか、じゃあこれからも宜しくお願いします』とはなれないんだ。
僕が何も言えずに黙り込んでいると、克樹は、ジャムの小瓶に蓋をしてから、こん、と硬質な音を微かに立てて床の上にそれを置き、項垂れる僕の顔を、下から覗き込んで、僕の頭を、優しい手つきで、ゆっくりと撫でていった。
「離れていても、俺は、貴方を一度だって忘れたりしなかった。どんなに綺麗で可愛い人に巡り会っても、胸が弾んだり、ドキドキしたりしなかった。なのに、俺は、あの日、駅前で貴方を見掛けたその一瞬で、全身が痺れるくらいに懐かしさと歓喜に震えて、その場に立ち尽くしてしまったんだ。その所為で守れなかったんだから、情け無さ過ぎるし、苦いエピソードでもあるから、あまり話したくはないんだけど……それで、やっぱり、俺には貴方だけなんだって、貴方しか愛せない男なんだって思い知ったんだ」
この話は、二回目だけど。さっき聞いた時とは、受け止め方に大きな差がある。どうしてなのかは、分からない。だけど、想像でしかないけど、これはきっと。
「このジャムは、瑠衣君との思い出そのものなんだ。その思い出ごと食べるから、俺にはいつだって、これが一番美味しく感じる。それは、貴方も。貴方がいないと、俺の人生は、生きる意味を失ってしまう。砂糖もレモンも入っていない、ジャムみたいな、味も何もない人生になってしまう。だから」
これは、この話の流れは。
「どうか俺と、結婚して下さい」
全身に、ぐわん、と歓喜の渦が、巡って。喜んだりしたら、駄目だよ。こんな話、いまされても、僕は答えられないんだから、って思うのに。みるみる、さっきまでの悲しい涙じゃなく、温かい涙が、両目から溢れて。その涙の歴然とした差に気が付いた克樹は、涙をポロポロと溢す僕を優しく抱き締め、頬に、額に、そして唇にキスをして。触れるだけのキスなのに、全身が多幸感にじぃん、と包まれてしまった。
優しく、気持ちが込められたキスを終わらせると、克樹は、僕の左手を取り、指を絡ませてしっかりと手を繋いでから、薬指に唇を落として、僕の目を上目遣いで覗き込んだ。
「……貴方の大学時代の親友だった遠野さん、ブライダル関係に勤めてたよね。だから結婚式は、その人にお世話になってみない?貴方に誓いのキスをして、指輪を嵌める所、あの人に見せびらかして自慢したいんだ。でも、打ち合わせは、絶対に全部、俺と一緒の時だけにしようね。あの人と貴方を、二人きりにしたくないから」
また、勝手に話を進めて。僕の意思はどうなるの。まだ、こんなに、躊躇ってばかりいる僕を、ぶんぶん振り回して。頭が混乱して、それに乗じて頷いてしまいそうになるから、一生懸命に自分を律するしかない。
うー、と唸り声を上げて顔を真っ赤にしている僕を、くすくすと朗らかに笑ってから、近くに置いた小瓶を拾い上げて、丸まっている僕の身体を下から掬い上げて、ひょい、と横抱きに……つまり、お姫様だっこの状態で、僕を軽々と持ち上げた。
気を遣ったのか、傷のある場所には触っていないから痛みはないけど、これは、とても恥ずかしい。誰が見ていなくても、精神的に保たなくなる。顔を覆って羞恥心に耐えていると、上機嫌になった克樹は、すたすたとベッドまで歩み寄り、そのままゆっくりと僕をベッドの上に一旦仰向けに横にして、自分自身も、僕のベッドの上に乗り上げた。
「背中に負担が掛からない様に、服を脱いだらうつ伏せにするね。顔を見ながらしたいけど、今日だけは、ごめん。その代わり、怖くない様に手を繋いで、出来るだけ優しくするから」
「う、ん……あのね、克樹」
なぁに、と、尋ねる様な、愛しさを隠しきれない眼差しで僕を見つめる克樹に、これは、言わなくても良い話だし、言っても自分が恥ずかしい想いをするだけなんだから、言わない方がいいよな、とも考えたのだけど。一応、僕は僕なりに、自分の壊れやすい心を守る必要があるから、勇気を振り絞って、口を開いた。
「……食べても、がっかり、しないでね」
僕に充てがわれた病室は、個室という事もあり、シャワー室が常備されていた。僕が傷口のある患部を刺激しない様にシャワーを浴びて身体を綺麗にし、バスタオルで身体を拭いていると、病院の向かいにある調剤薬局が併設されているドラッグストアで様々な物品を購入した克樹が、息を切らせて帰ってきた。
一体どんな物を購入したかは分からないけれど、膨らんだビニール袋の中に、明らかに異質な雰囲気を放つ紙袋が確認出来て。ボディバックに入れずに、ナースステーションの前をその格好で通って来たのかと、頭を抱えそうになった。
「ごめんね、遅くなって。身体洗うの、いつもみたいに手伝いたかったのに。いざ買いに行ったら、あれもこれも、必要な気がして、悩んじゃって……」
「大丈夫だよ、気にしないで。前よりも動けるし」
「傷に滲みなかった?……見せて」
相変わらず、僕の事になると心配性だな、とくすりと笑ってから、肩から掛けていたバスタオルを、尻の方まで、するりと下げた。股間部は隠しているのに、そんな僕の身体を確認した克樹の喉は、ごくりと鳴って。本当に、僕の貧相な身体の何処がこの子の琴線に触れるのか、見当も付かないな、と顔を赤らめながら、心の中で首を傾げた。
「ガーゼ剥がれかけてる。ちゃんと直せる様に、色々買ってきたから。薬も看護師さんに無理言って、ナースステーションで貰ってきた。退院したら、俺が手当てする様になるからって」
「お前は、もう……無茶言って。困っていたでしょう、看護師さん達」
「うん。でも、俺が瑠衣君のフィアンセだって話したら、甲斐甲斐しく教えてくれたよ。あと、体調に問題が無ければ、夕食の時間まで部屋にいかないからって、気遣ってくれた。みんな、良い人だね。瑠衣君が運ばれたのがこの病院で本当に良かった」
フィアンセって、それは……後からナースステーション内で、騒ぎになっただろうな。あと少ししたら僕はこの病院から退院するけれど、後々の語り草になりそうだ。
それにしても、いつ僕がお前の、ふ、フィアンセになったんだ。突っ込みどころが多過ぎて頭が痛い。だけど、気遣いは気遣いとして有難いので、それ以上は何も言わずに、そうだね、とだけ短く返した。今は話を流して、有耶無耶にしておきたいという気持ちは、過分にあった。
「薬塗るから、背中こっちに向けて」
言われた通りに、シャワー室の仕切りカーテンの前で、克樹に向けて背中を向ける。医療行為には入るかもしれないけれど、この場合は、退院後の練習も兼ねているからと、特例措置を取られたという話だった。看護師さん達は、女性が圧倒的多数を占めているし、僕の担当医も女性医師だ。だから何となく、僕達の状況を踏まえて今後の意見を風通しよく話し合い、この処置や処遇に対してゴーサインが出しやすかった印象は、無きにしも非ずだなと思ってしまった。偏見は、多いにあるけれど、今後の事を考えると、退院後の怪我の処置の練習が今から出来るのは、単純に有難いと思った。
「……やっぱり、傷跡、少し残るかもしれないって。だから、治っても、偶に引き連れた痛みがある時もあるかもしれないから、酷い時は、また来て下さいって、先生が。だから、何か違和感があったら、すぐに言ってね」
看護師さんが使うゴム手袋と同じ物を使い、てきぱきと処置していく克樹の手際に、初めてなのに慣れているなという印象を抱く。きっと、これまで看護師さんの処置する姿を、側に座ってじっくり観察してきたんだろう。そしていつか、自分がやる時の為にと、イメージトレーニングを重ねてきたに違いない。
この子は、退院後の僕のサポートを、どこまでの責任感と使命感で志していたのか。有難い反面、申し訳なくて。こんなにも、僕の事を想ってくれているこの子を突き放そうとしていた自分を、深く反省した。
「ごめんなさい……あの時、俺は貴方の側にいたのに、守れなかった。駅前で偶然に出会った貴方に、どんな声を掛けたらいいか、そもそも、声を掛けていいのか、悩んで悩んで、立ち尽くして。そしたら、貴方は、背後から突然現れた、そいつに……もっと、早く貴方に声を掛けていたら、こんな事には、ならなかったのに」
突然始まった懺悔に、僕は、思わず後ろを振り返った。すると、そこには、苦渋を滲ませた克樹の顔があって。こんな悩みや後悔を内に秘めたまま、退院が決まるその日まで、僕の側にいてくれたのかと、胸が痛んだ。
もっと早く、この子の心の中にあった蟠りに気が付いてあげられたら、こんなにも苦しめる結果にはならなかったのに。
「犯人を取り押さえた時、俺、そいつの持っていたナイフを奪って、そいつを殺すつもりでいたんだ。だけど、隣にいた刈谷さんが、『そいつを今どうにかするよりも、お前の大切な奴の命を助ける方を優先しろ』って、俺の目を覚ましてくれて。だから、俺が冷静さを取り戻して、今こうして貴方の側にいられるのは、刈谷さんや、俺を心配して駆け付けてくれた、周りのみんなのおかげなんだ」
そうだったのか。僕を刺した先生の元に駆け出さん勢いだったこの子が、冷静になって、僕の治療を見守る気持ちになれたのは、周りにいた人達が、この子を一人にしなかったからだったんだ。もしも、その人達がいなかったら、この子は今、僕の目の前にはいなかったかもしれない。だとしたら、僕は、その人達に対して、返し切れないくらいの恩がある。いつか頭を下げに行きたいと常々思ってきたけれど、退院したら、その足でその人達に会いに行こうと、心に決めた。
「その人達に、僕も会いたいな。克樹を一人にしないで、ずっと支えて励ましてくれたんだもの。僕にとっても、恩人だから。何処に行けば会えるかな?」
「あ、その事何だけど……俺がお世話になっていたカフェで、快気祝いをしないかって、真宮寺さんと高橋さんが言ってくれてて」
「そうなの?……でも、それだとお店の負担にならないかな」
「賑やかなのが大好きな人達だから、全く。ただ……」
それまで、敢えて明るい口調で話を続けていた克樹が、突然言い淀むので、どうしたんだろう、と思いながら首を傾げていると、克樹は、頬を赤く染めながら、視線を天井や床にゆらゆらと漂わせた。
「あの、俺……今まで誰にも瑠衣君の事で相談とかしてこなかったから、その反動で、随分と、瑠衣君の事やこれまであった話とかを、みんなに赤裸々に相談してしまって。みんな、俺達の事情を知っているから、色々な意味で、瑠衣君に興味があるというか。一方的に色々と知っている状態だから、きっと、想像以上に馴れ馴れしくしてくると思う、な」
『あ、みんな、年齢は瑠衣君よりも上なので、多分、最初からタメ口だと思うよ』と最後に付け加えた克樹は、照れた様な笑みを浮かべながら、いそいそと僕の背中の処置を終わらせて、買ってきた救急箱に、ガーゼやテープや医薬品を仕舞い込み、僕の使っているベッド横にあるサイドテーブルにそれを置きに行く形で、話を強制終了させた。
一体、何処まで僕の話をその人達にしたのか。まさか、僕が一時期、無意識とは言えストーカー化していた時の話もしたんじゃ。でも、それは事実だから仕方ないし、されても全く気にはならないのだけど……そんな僕に夜な夜なしてきた事とか、まさか、話したりしてないよね?流石に、ね……
だから、それは考え過ぎだ、と頭を切り替えて、新しく用意した病院着に、着替えを終わらせていった。
怪我の手当が終わったので、する事と言えば着替えを終わらせて、この一旦閉じられた仕切り用のシャワー室のカーテンを開け、克樹の待つベッドに向かう事だけだ。だけ、とは言え、ベッドサイドにいる相手は、これから僕を抱く気持ちを整えている幼馴染である。だから、このカーテンを開ければ、さっきまであった和やかな空気は一変し、色の付いた、どこまでも淫靡な時間が始まってしまうのだ。
それが分かっている僕は、ドキドキと高鳴る胸を、服の上からギュッと押さえ付け、深い深呼吸を、何度となく繰り返していった。だけど、一向に胸が定まらない。さっきは、あれだけの勢いで、あの子を誘えたのに。いま、僕の中には、余裕のかけらすら残っていない。シャワーと一緒に流れ落ちてしまったのか。どうせなら、羞恥心も綺麗さっぱり洗い流してくれたら良かったのに。
「瑠衣君、大丈夫?着替えが大変なら、手伝おうか?」
何やら、ベッドの枕元でガサゴソと作業していた克樹が、カーテンの前まで歩み寄り、布越しに話しかけて来た。だから、僕は慌ててその子に、大丈夫、着替えなら終わってるから、と正直に言葉にして……大後悔した。
「え、ならどうして、出てこないの?」
当たり前の疑問を持つ克樹に、ですよね、と泣きたいくらいに同意する。僕だって、そう思う。だけど、どうしても踏ん切りがつかないんだ。だって、僕は、身体はそうでなくても、心は全くの未経験者そのものだし。キス一つだって、呼吸の仕方だけでもパニックに陥ってしまう。そんな、小心者のダメダメな人間なんだ。
だから、こんなにも駄目な人間の僕に、いつかは克樹が愛想を尽かしてしまうんじゃないかと、不安で不安で、堪らない。それに、もしも今回の件が、克樹がこれまで経験してきた他の人との間のソレと比べて、ガッカリしてしまう様な内容になってしまったら。克樹に掛かっていた恋の魔法が解けて、僕からスッと離れていってしまうかもしれない。そんな事になったら、僕は、これから先の人生を、どうやって生きて行ったらいいのか、全く分からなくなってしまう。
依存なのかな、これは、あの、昔みたいな。病気は治ったのに、まだ、僕は、克樹に向けたこんな重たい気持ちを抱えて。だけど、一人で生きて行く、という決心をした僕にとっては、願ってもない結果でもあるから。今回だけを最後の思い出にして生きていくというのも、悪い話じゃないよな、とも思えた。
克樹は、これから先も、僕と一緒に生きて行く未来を望んでくれているけれど、僕は、まだその決心が付いていない。そもそも、その道は選択肢に無かったのだから。
だけど、これから先、身体と心の傷を癒やして、克樹と繋がった思い出を胸に、前が向けたなら。僕の人生は、そこまで悪い物には、ならない気がする。好きな人との一晩の記憶を、それからの人生の糧にして。
僕は、ひとりで。
「瑠衣君」
突然、カーテンの布が、両サイドから盛り上がり、僕の全身を、すっぽりと覆った。訳も分からず背後から抱き締められ、思わず身体を硬直させると。
「焦らしてるの」
カーテン越しに、お尻に硬い物が当たって。
「そんな事しなくても、大丈夫だよ。恥ずかしがらないで、そこから出てきて」
克樹は、いま、このカーテンの向こうに、殆ど全裸に近い姿で佇んでいるんだと知って。
「もう、待てない」
僕は。
「………なんで、僕なの」
自分の本心を、素直に打ち明けるしかなかった。
「他にも、美味しい物は……綺麗で、可愛くて、もっと、器用に生きられる人は、沢山いる、のに。どうして、僕なの」
泣きながら、自分の、どこまでも情け無い本当の気持ちを、ぼろぼろと足元に溢していく。僕よりも綺麗で、僕よりも器用で、僕よりも明るくて、僕よりも気さくな人間なんて。人としての価値が高い人が、世の中には、沢山いて。その中には、君の隣にいるに相応しい人がいて。誰もが認める、素敵な人が、みんな君の隣に立ちたくて、うずうずしているのに。
僕なんて、そんな人達に比べられる様な特徴もなければ、人としての価値そのものだって低い。なのに、どうして、僕に構うの。どうして、こんな僕を捕まえて、有頂天にさせる様な美辞や愛情ばかり並べるの。立場を弁えない人間には、いつかバチが当たるんだ。だって、克樹みたいな子にだって、僕みたいな人間に嵌ってしまったという珍事に巻き込まれたり、傷付いたりする出来事があったりするんだから。僕なんて人間が、個人的な幸せを願って克樹の隣にいたら、もっと酷い目に遭ってしまうかもしれない。そんな未来、僕は望んでいないんだ。
お願いだから、これ以上僕に、希望を持たせないで。
僕を抱き締めていた克樹の気配が、背後からスッと消える。ホッと息を吐き、僕はその場にゆっくりと崩れ落ちた。床に手を付き、後から後から流れ落ちる涙を手の甲で拭っていると、再び背後に人が立った気配がして、その後すぐにカーテンがシャッと音を立てて開かれた。え、と思い振り返ると、そこには、ボクサーパンツ一枚の姿になった克樹が立っていて。その手には、小さな小瓶が握られていた。
その小瓶は、先程見せて貰ってから、ベッドサイドに置いておいた、あの蛇苺で作ったジャムが入った小瓶で。何故いま、そんな物を持って現れたのか分からず、頭に疑問符が浮かんだ。
そして、完璧過ぎる、後光すら差して見える程の、抜群のシルエットには、言葉を失って、見入ってしまった。これがきっと、人の注目を浴びてきた人間が放つカリスマ性というもの何だろう。恥ずかしくて目を逸らしたくて堪らないのに、どうしても、視線が逸らせなかった。
克樹は、無言でジャムの小瓶の蓋を開け、中にある蛇苺のジャムを指で掬うと、それを口に含んで、ゆっくりと咀嚼してから飲み込んだ。そして、『そう、この味、懐かしいな』とくすりと穏やかに微笑んでから、ゆっくりと僕に近付いて、僕の目の前にしゃがみ込み、再びジャムを指で掬って、今度は僕の顔の前に、その指をずい、と差し出した。
「食べて。昔と同じ味がするから」
人の指から、直接物を食べるなんて、いくら幼馴染同士とは言え、やった事がないから戸惑ってしまったけれど。その、強くて、何故か絶対に逆らえない強制力を備えた声と眼差しに導かれ、ふらふらと、その指に舌先を伸ばしていった。
ぺろ、と人差し指についた紅いジャムを、震える舌で舐めとる。すると、最近食べたそれと全く同じ味がした。蛇苺そのものの味は薄いので、大量に入れた砂糖と、刻みレモンの酸味とをより感じる。しかし、これだけ他の調味料や材料に支えられているからか、そこまで味は悪くない。とは言え、やはり、これ以上に美味しい物はこの世界に沢山あるし、こんなに手を加えないと食べられない面倒な物よりも、もっと手軽に食べられる物は沢山ある。
「どう、美味しい?」
「……うん。懐かしい味。でも今は、これよりも美味しい物は、沢山あるから。あの子には、もっと美味しい物の作り方を教えてあげれば良かったかな」
「でも俺は、これが一番好きだよ。他にも美味しい物が沢山あるのは知ってる。だけど、俺は、好物も、好きな物も、好きな人も、ずっと変わらないんだ。貴方もそうなら、その気持ち分かるでしょう」
言いたい事が、分からない訳じゃない。納得する気持ちも、自分の中にある。だけど、それだけを理由にして、『はいそうですか、じゃあこれからも宜しくお願いします』とはなれないんだ。
僕が何も言えずに黙り込んでいると、克樹は、ジャムの小瓶に蓋をしてから、こん、と硬質な音を微かに立てて床の上にそれを置き、項垂れる僕の顔を、下から覗き込んで、僕の頭を、優しい手つきで、ゆっくりと撫でていった。
「離れていても、俺は、貴方を一度だって忘れたりしなかった。どんなに綺麗で可愛い人に巡り会っても、胸が弾んだり、ドキドキしたりしなかった。なのに、俺は、あの日、駅前で貴方を見掛けたその一瞬で、全身が痺れるくらいに懐かしさと歓喜に震えて、その場に立ち尽くしてしまったんだ。その所為で守れなかったんだから、情け無さ過ぎるし、苦いエピソードでもあるから、あまり話したくはないんだけど……それで、やっぱり、俺には貴方だけなんだって、貴方しか愛せない男なんだって思い知ったんだ」
この話は、二回目だけど。さっき聞いた時とは、受け止め方に大きな差がある。どうしてなのかは、分からない。だけど、想像でしかないけど、これはきっと。
「このジャムは、瑠衣君との思い出そのものなんだ。その思い出ごと食べるから、俺にはいつだって、これが一番美味しく感じる。それは、貴方も。貴方がいないと、俺の人生は、生きる意味を失ってしまう。砂糖もレモンも入っていない、ジャムみたいな、味も何もない人生になってしまう。だから」
これは、この話の流れは。
「どうか俺と、結婚して下さい」
全身に、ぐわん、と歓喜の渦が、巡って。喜んだりしたら、駄目だよ。こんな話、いまされても、僕は答えられないんだから、って思うのに。みるみる、さっきまでの悲しい涙じゃなく、温かい涙が、両目から溢れて。その涙の歴然とした差に気が付いた克樹は、涙をポロポロと溢す僕を優しく抱き締め、頬に、額に、そして唇にキスをして。触れるだけのキスなのに、全身が多幸感にじぃん、と包まれてしまった。
優しく、気持ちが込められたキスを終わらせると、克樹は、僕の左手を取り、指を絡ませてしっかりと手を繋いでから、薬指に唇を落として、僕の目を上目遣いで覗き込んだ。
「……貴方の大学時代の親友だった遠野さん、ブライダル関係に勤めてたよね。だから結婚式は、その人にお世話になってみない?貴方に誓いのキスをして、指輪を嵌める所、あの人に見せびらかして自慢したいんだ。でも、打ち合わせは、絶対に全部、俺と一緒の時だけにしようね。あの人と貴方を、二人きりにしたくないから」
また、勝手に話を進めて。僕の意思はどうなるの。まだ、こんなに、躊躇ってばかりいる僕を、ぶんぶん振り回して。頭が混乱して、それに乗じて頷いてしまいそうになるから、一生懸命に自分を律するしかない。
うー、と唸り声を上げて顔を真っ赤にしている僕を、くすくすと朗らかに笑ってから、近くに置いた小瓶を拾い上げて、丸まっている僕の身体を下から掬い上げて、ひょい、と横抱きに……つまり、お姫様だっこの状態で、僕を軽々と持ち上げた。
気を遣ったのか、傷のある場所には触っていないから痛みはないけど、これは、とても恥ずかしい。誰が見ていなくても、精神的に保たなくなる。顔を覆って羞恥心に耐えていると、上機嫌になった克樹は、すたすたとベッドまで歩み寄り、そのままゆっくりと僕をベッドの上に一旦仰向けに横にして、自分自身も、僕のベッドの上に乗り上げた。
「背中に負担が掛からない様に、服を脱いだらうつ伏せにするね。顔を見ながらしたいけど、今日だけは、ごめん。その代わり、怖くない様に手を繋いで、出来るだけ優しくするから」
「う、ん……あのね、克樹」
なぁに、と、尋ねる様な、愛しさを隠しきれない眼差しで僕を見つめる克樹に、これは、言わなくても良い話だし、言っても自分が恥ずかしい想いをするだけなんだから、言わない方がいいよな、とも考えたのだけど。一応、僕は僕なりに、自分の壊れやすい心を守る必要があるから、勇気を振り絞って、口を開いた。
「……食べても、がっかり、しないでね」
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