サイバースペース

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9話 はぐれプレイヤー

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はぐれプレイヤーの少女は私たちを黒いモヤで包み込む。
私たちは目を開けると畑とは全く違う場所にいる。周りは空が闇でまるで世界が崩壊しているかのごとくな場所にいる。
「え?ここはどこ?」
「はぐれプレイヤーにとっては闘いやすい空間ってことだな。」
オータムはこの状況ながらも、冷静にしている。
サマーは
「大体、はぐれプレイヤーって、何なのよ!」
と言い出す。
「はぐれプレイヤー、おうち帰るのいやな人。」
ウィンの言葉をオータムが直訳する。
「はぐれプレイヤーとは、何かの事情で現実へのログアウト(帰還)を拒むようになるプレイヤーのことだ。」
「はぐれプレイヤーは元々、現実世界の人だったってことですか。」
オータムが私の質問に頷くと、さらに続けて話す。
「長くサイバースペースをプレイし続けると、次第に現実世界へ帰らないという執着心が大きくなる。そうなったプレイヤーはこの世界でははぐれプレイヤーになり、現実では眠りについたようになる。」
「私やスプリーもそうなっちゃうの?」
オータムは首を横に振る。
「いや、サイバースペースにはプレイ時間は特に決められていない。たとえ長時間プレイでも全部がそうなるとは限らん。むしろ過剰な現実逃避でなる症状だ。」
オータムはそう言うと、視線をはぐれプレイヤーに戻した。
「とにかく、構えろ!」
とオータムは戦闘の用意をする。
「ちょっと、相手は子供よ。傷つけるつもり?」
「何を話してる。まずは話を聞いてもらえる程度まで、弱らせる方が優先だ。でないとさすがにあの子を救う事は不可能だ。」
私は唖然と納得したのか、すかさず武器を出す。
「わ、わかったわよ。やればいいでしょ!」
と、サマーも武器を出した。

【プレイヤー】
スプリー
LV.10
戦士

サマー
LV.10
僧侶

オータム
LV.21
黒魔道士

ウィン
LV.20
アサシン

【敵モンスター】
叱られたくないはぐれ少女

今回は雑魚やボスモンスターのようにはうまくいきそうではなかった。はぐれプレイヤーは「来ないで…」を連呼するがままに、私たちが攻撃しようとすると、攻撃が全く効かない。
「ど、どうして?」
「おそらく、この子は何かを恐れてるだろう。」
その少女が何を怖がっているのかが理解できないが、理由が解れば勝つことは可能だ。
私はどうすれば解るようになるのかと、オータムに訊く。
「方法は無いわけではない。ただ…」
そこで、沈黙が3秒間続く。
「はぐれになった理由を知るためには、代償というものがある。」
「代償ですか?まさか、命で払うとか…」
オータムは首をまた横に振る。
「そんな危険過ぎるものではない。代償とは理由という内容を受け入れられるかどうかだ。」
「ただそれだけなの?」
サマーは怪訝な顔で見つめる。
「ああ、例え知ることはできても信じることができなかったり、受け入れられないまま、最後は教会いきだ。」
私は戸惑うもオータムの言葉を重く受け止める。
「私は大丈夫。この娘を助ける為なら嫌なことでも構いません。方法を教えて下さい。」
私は何かを決めるかのようにオータムに頼む。
オータムははぐれになる前の記憶を視ればいいだけの事。そのためには手をかざすだけでいいだけだ。
「嘘っぽい…」
と、サマーは半信半疑だが、私は何もわからないよりもマシである考えた。
試しに私がやってみるとする。手をかざすのは、ちょっとでも離れただけでもできるという。
私はその少女のいる方向へ手をかざす。そのまま目をつむる。
数秒間だけ闇が続くが、しばらくして映像のような光景が映し出された。
リビング。しかも私の家とは違うものだ。木でできたテーブルには花瓶らしきものが真ん中に置いてあった。その近くに立っていたのは、例の少女だ。少女は何やらおもちゃのボールで遊んでいた。それも壁にぶつけてボールを受け取る遊びだ。私も子供の頃は、やったことはよくあった。
しかし、動きがだんだん早くなり、ボールを投げるのが大きくなる。そうなるにつれ少女はだんだん楽しそうな顔をした。
その時だ。少女の投げたボールは誤って、自分の後ろの方向へ飛んでしまった。すると、ボールはテーブルの花瓶に直撃して、その拍子に花瓶は下に落ち、そして、ガラスの割れるような音をした。
少女はその音を聞いた途端、震え始めた。何かを怖れると、少女は泣きながらリビングを出た。
その映像が消え、闇に戻った。私は目を開けた。
「スプリー、大丈夫?何ともない?」
サマーの質問に私は頷く。
私は今見た出来事を話した。
「なるほど、多分、花瓶を割ってしまった事を自分の親に叱られるのが嫌だろう。」
オータムの直訳では、花瓶を割ってしまった後、たまたま見つけたサイバースペースへ逃げ込んだ可能性を示唆する。
「とにかく原因がわかっただけでも十分だ。」
オータムはファイアを唱え、少女に攻撃する。今度はちゃんと攻撃が効いた。はぐれになった原因を知れたからだ。
だが、少女は反撃も容赦なかった。壺を作り出しては、それを割り破片を私たちに向かいかまいたちのように吹き飛ばした。
私たちは軽い切り傷だが、顔や肌を出しているのなら腕や足も傷つけられる。
「また、血が出ました。」
私が言うと、それに続きウィンもいたいあまりに泣き出していた。
「はい、お子様はお静かに。」
とサマーはしぶしぶと私やウィンにヒールをかけた。
どうやら、はぐれになった原因による攻撃であると、オータムは語る。
「こいつの反撃もさすがには逃れることはできないな。」
「もう痛いのきらい。」
ウィンはまだメソメソするが、私は立ち上がった。そして、
「確かに痛いかもしれない…でも、私、いや私たちが助けないと…あの子にどんな理由があろうと現実へログアウトさせなくちゃ。」
サマーはそんな私を見て。
「スプリー、よく言ったわ!」
サマーは真顔で何かを言うかと思えば、突然、笑顔になった。
「そうそう。私だって、ここで遊んでもはぐれになってしまうぐらいなら、やってあげるよ。」
「ウィン、やる!」
オータムも立ち上がり、
「僕も同様だ。僕にははぐれを見捨てることなんて出来やしない。それにこれ以上…」
これ以上何?
オータムは気を取り直したのごとく、話をはぐらかす。
「と、とにかくだ。今ははぐれプレイヤーを救うことが先決だ。スプリー、サマー、巻き込んでしまって悪いとは思うが、何とか手伝ってくれ。」
私はオータムの『これ以上』が気になるが、とにかく、彼の言葉に私とサマーは頷く。
「ウィン、また痛い思いをするだろうが、もう少し辛抱してくれ。」
「あい!」
オータムはまず最初に私とウィンにパワーアップを唱える。サマーは少しでもHPの減少を抑えるためガードアップを私たち全員にかけた。
私とウィンは剣とナイフではぐれ少女を斬りつけた。
その反撃を受ける二人だが、泣き出しそうなウィンを見て私はそっと頭を撫でた。
「大丈夫だよ。」
ウィンは泣く寸前で、拭い笑った。
私ははぐれ少女に反撃『カウンター』を行なった。『カウンター』とは、敵からの攻撃をそのままやり返す。
サマーやオータムも負けてはいられなかった。
サマーは新たな呪文『ライトニング』で攻撃。ライトよりも少し強い光属性呪文。
オータムは『ブラックダーク』を唱える。この呪文はMPを必要としないが、その代わりHPを1/4消費する闇属性呪文。
サマーは不機嫌そうに回復呪文を彼にかける。
「あんた医学部のくせして、何HP減らしてんのよ。」
「悪かったな。僕は黒魔道士だ。HPぐらい死なない程度に減らせばどうってことない。」
はぐれ少女は破片を雨のように突き刺そうとする。でも、私は動じない。
「お願い、傷つけないで…」
私は破片の雨を突き抜け、そして、私の剣ははぐれ少女の急所を突いた。
すると、闇だったはずの空間が畑の姿に戻った。その同時に少女の眼は元の色に戻り、すっかりモヤも消えていった。
こうして正気に戻った少女は、まずは周りをキョロキョロした。
「あれ?私、どうしたの?」
「君、大丈夫かい?」
オータムが訊く。
「あなた家の花瓶を割ってしまって、親に怒られるのが怖かったんでしょ?」
私が言うと、少女は動揺した。でも、すぐにちゃんと答えた。
「前にもお皿を割って、お母さんに叱られて…だから…怖くて…うう…。」
少女は泣き崩れた。オータムは真剣にこう話す。
「まずは正直に謝ったらどうだ?」
「でも、お母さんが…」
少女は震えていた。私はウィンの時と同じように頭をそっと撫でる。
「お母さんに怒られるかもしれないけど、お母さんは向こうで心配してるかもしれません。」
少女は顔を上げ、私はさらに続けて話す。
「まずは早く帰ってお母さんを安心してあげて、そうしたらちゃんと謝るのよ。」
少女は納得したのか泣き顔を止め、笑顔でこう言った。
「ありがとう、私、お母さんにちゃんと謝る。」
そう言うと少女は光の粒となり消えてしまった。ログアウト(帰還)したのだ。

「…み、はるみ。」
少女は目を覚ました。少女の目の前には、母親がいた。
「あれ?お母さん?」
「はるみ!」
母親ははるみが目を覚ましたのを確信し、抱きながら泣いた。
「お母さん…心配したのよ…家から帰ってきたら…はるみがゲームをしたまま倒れてて…うう…」
はるみはあの言葉を思い出す。
『早く帰って、お母さんを安心してあげて、そうしたらちゃんと謝るのよ。』
「お母さん、ごめんなさい。私、花瓶を割って…だから…」
「いいのよ…あれ、捨てるつもりだから…でも、本当によかった。」
はるみの母親は娘が帰ってきたことを喜んでいた。

『はぐれプレイヤー』
それは、現実へのログアウト(帰還)を拒むもの。
現実への苦しみから逃れようとするプレイヤー。
今も彼らはどこかで現実からの逃避を続けている。

continued…
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