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ピヨ
しおりを挟む翌朝。
部屋の片隅に置かれた小さな籠の中で、ひよこがピヨピヨ鳴いている。
昨日祖父から送られてきた「将来の食卓を支える立派な鶏候補」である。
「……なぁ、ユース。名前つけてやろうと思うんだ」
「そうですか」
ユースはいつも通り無表情で返事をする。俺は椅子に腰掛け、腕を組みながら言った。
「“トリ男”とかどうだ」
「却下です」
「即答!? いいじゃん、分かりやすいし」
「この子は雌かもしれません」
「あ、そっか……じゃあ“トリ子”」
「もっと却下です」
そこへ侍女のミーナが朝食のワゴンを押して入ってきた。
籠を見つけるなり、目を輝かせる。
「まぁ!かわいい!……名前は決まりましたか?」
「まだだ。俺がいい案を出してもユースが全部却下する」
「……“ピヨ美”とかどうでしょう」
「お前も方向性似てるな!?」
ユースはすかさずため息をついた。
「もっと品位のある名前をつけましょう」
「じゃあユースが決めてみろよ」
しばし考えたあと、ユースは静かに答えた。
「“セレスティア”」
「急に高貴!!」
俺は頭を抱えた。
「呼びにくいだろ! “セレスティア、おやつだぞ”とか絶対噛む!」
そんなやりとりを横で聞いていたミーナが、何やらメモを取っている。
「……ミーナ、お前それ何書いてんだ」
「いえ、“神官様と引きこもり貴族がひよこを挟んで仲良く口論する話”を……」
「またか!!」
ユースの声が低くなる。
「それは処分します」
「えぇぇ! 今回はほのぼの系ですよ!」
「却下です」
紙をひょいと奪われ、ミーナは肩を落とした。
「……で、結局名前はどうするんだ?」
「“ピヨ”でいいんじゃないですか」
「急にシンプルだな」
「呼びやすく、覚えやすい。それで十分です」
「……まぁ、いいか」
こうしてひよこの名前は、あまりにも普通に「ピヨ」に決まったのだった。
夜。
静まり返った寝室に、時計の針の音だけが小さく響く。
その中で、俺は薄く目を開けた。
(……やば。トイレ行きたい)
ユースが神殿に泊まり込みで不在の今夜、部屋には自分とひよこしかいない。
備え付けの小さなトイレスペースは、ベッドからわずか数歩先――
それでも、体力の落ちた俺には、ちょっとした大仕事だ。
「……ピヨ、ちょっとトイレ行く」
籠で丸まっていたひよこが、パチリと目を開ける。
ピヨ、と返事をして、当然のように後をついてくる。
ゆっくり布団をめくり、足を床に降ろす。
冷たさに足先がびくっと震える。
片手で壁を支えながら、慎重に歩く。
トコトコと横で小さな足音が並ぶのが、妙に心強い。
「ほら、もう着く」
「ピヨ」
やっとのことでドアを開けると、中はほんのり冷えていた。
急いで用を足し、手を洗って戻る。
途中、廊下の窓から差し込む月明かりが、ひよこの羽を銀色に縁取って見えた。
何だかそれだけで、少し安心したような気分になる。
ベッドに戻ると、ひよこは籠ではなく、アディルの枕元にちょこんと座った。
「……護衛のつもり?」
「ピヨ」
どうやら、ユースの代わりに見張る気らしい。
俺は苦笑しながら布団をかぶり直し、目を閉じた。
――こういう夜も、悪くない。
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