がむしゃら三兄弟  第二部・山路将監正国編

林 本丸

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第二章 柴田勝豊家老・山路将監

清須会議

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 天正てんしょう十年(一五八二)六月二十七日、運命の清須会議きよすかいぎが開かれた。
 出席者は、柴田勝家しばたかついえ羽柴秀吉はしばひでよし丹羽にわ長秀ながひで池田恒興いけだつねおきの四人。
 冒頭、勝家が吠えた。
「わしは、家督かとくははやく決めたが良いとは申したが、ここの席に左近将監さこんしょうげん滝川一益たきがわかずます)がおらぬのはせぬ。の者は、織田家の宿老おとなに違いないではないか」
 勝家のことばに、恒興は顔を赤らめた。自分が場違いなところにいると思った。
 いっぽうで、その勝家の怒声どせいに、筑前守ちくぜんのかみ秀吉の冷静な声が、場を鋭く割いた。
「あいや、修理しゅりさま。滝川どのは、東国とうごく(関東)で随分なしくじりをなされたに聞き及んでおりまする。さればその後始末が先。なればこの場には来られますまい? よしんば、来たにしても、そのげんに重みがございますか? ならば、一日もはやく織田家の家督をはっきりさせたほうがよろしかろうと、この筑前、おもいまする」
 声には発しなかったが、恒興は、秀吉の言葉に同意する旨、何度も小きざみに点頭てんとうした。
 その恒興の滑稽こっけいな態度に、勝家は苦笑した。
 これも秀吉方の長秀が、勝家をなだめた。
「修理どの。理屈はどうあれ、この場に来られなかったのは左近将監の手落ちともいえる。無いものねだりは、見苦しかろうよ」
「ふん」
 怒りはおさまらなかったが、勝家は、その場に座った。
「ともかく、ことは急がれます。まず、織田家の家督から話し合いたいが」
 間髪かんぱつをいれず恒興があいだにはいった。秀吉から目配せされて、「口を開け」といわれているようだと察したのである。
「うむ、そうじゃな」
 秀吉が恒興に、(良くやった)という満足げな表情を与えつつ、
「織田家の家督と、天下様てんかさまの家督と、分けて考えるべきかの?」
 長秀は、筑前(秀吉)は、随分突っこんだところから話しはじめるな、とおもった。
 そう思いつつも流れにのせられて、長秀がいうには、
三介さんすけさま(二男信雄のぶかつ)と三七さんしちさま(三男信孝のぶたか)のどちらかを織田家の家督とするには無理があるだろうか?」
 秀吉が答える。
「お二方とも、お仲が悪い。話し合ってまとまるまいよ」
左様さようですな」
 恒興が相槌あいづちを打つ。そして、あらかじめ秀吉に言い含められていたことを話した。
「織田家の家督ならば、三法師さんぽうしさまがおりましょう」
 三法師――。
 亡き織田信忠のぶただの長男で、三歳である。家督の筋目すじめは悪くない。
「おお、三法師さま。それがよろしかろう!」
 大仰おおぎょうに秀吉が同意する。そして恒興に、満足の視線を与えた。
 恒興は、鼻高々はなたかだかで胸をそらせた。
 勝家も、織田家に限っての家督ならば、三法師でも良かろうとはおもった。
「織田家の家督は三法師さまでもよかろう。われらで盛り立てていけばよろしい。されど、天下の家督は誰が継ぐのか」
 勝家の疑問はその場の皆の共有するところである。
「天下も我らが話し合って盛り立てていけば良いのでは」
 長秀は、秀吉の脚本どおりに動く役者であった。
 秀吉は天下の家督は家老かろうたちの合意形成によって運営していくことをこの場で求めた。そののちに、自分がそれをまるごと簒奪さんだつする腹であったのだ。
 ために「それがよろしかろう」と秀吉がいうと、なんとなくその場はそんな感じでいいか、という雰囲気になった。
 それは勝家も秀吉と同じ腹づもりであったから、それで良いという雰囲気形成は、すぐなされた。
 また、正直をいえば、長秀も恒興もそのことを深く突っこむことがためらわれた。仮に宿老おとなの誰かが天下人の家督に就くかたちにすると、とうぜん、勝家と秀吉は対立するであろうし、まとまる着地点が見当たらなくなるであろう。
 それで、なんとなく天下の家督も名目上は三法師が引き継ぎ、宿老の合議ごうぎで天下をまわしていく、という話に落ち着いたのであった。

 つぎに欠国けっこくの話になった。
 宿老らの話し合いで、初めに、信孝に美濃国みののくにを進上し、信雄には尾張国おわりのくにの清須城を本拠とすることで、四人の合意を見た。
 その後には、四人の宿老と三法師の傅役もりやくとなった堀秀政ほりひでまさに土地が与えられた。

 織田信雄 尾張全域獲得。
 織田信孝 美濃全域獲得。
 柴田勝家 近江おうみ北三郡獲得。
 羽柴秀吉 山城やましろ全域、丹波たんば全域(養子秀勝ひでかつ領)、河内かわちの一部獲得。
              近江北三郡削除(柴田勝家へ譲渡)。
 丹羽長秀 近江高島たかしま志賀しが郡獲得。
 池田恒興 摂津せっつ大坂おおさか尼崎あまがさき兵庫ひょうご獲得。
 堀 秀政 近江中郡獲得。

 秀吉は、大げさに、長浜ながはまを勝家に進上することを喧伝けんでんしたが、なにを隠そう、一番の土地持ちになったのは秀吉自身であった。かれはそれを隠蔽いんぺいするために、ある提案を勝家にもちかけた。
 信長妹のおいち御寮人ごりょうにんを勝家にめあわせる、というものである。
 勝家も、それにはまんざらでもなく、お市が諒承りょうしょうしてくれるなら、といっていたが、信長亡きいまのお市にとって、宿老たちの提案を拒めるものではない。
 恒興は、「修理しゅりどの、果報果報かほうかほう」といって茶化ちゃかしたが、勝家はそれに対して、顔を赤らめて恥ずかしがった。
 秀吉は、仏頂面ぶっちょうづらで、その様子をみていたが、内心は、(為済しすましたり)と、ほくそ笑んでいた。
 今回の欠国配分をよくよくみれば、秀吉は、京都のある山城国とその周辺国を押さえ、狭義きょうぎの上での天下様となった。この地域は人口も多く、人を集めるに事欠かないことも大きい。
多聞院日記たもんいんにっき』を書いた奈良の多聞院たもんいん英俊えいしゅんは、その著述ちょじゅつの中で、

「大旨ハシハ(羽柴)カママノ様也(おおむねは羽柴秀吉の思いのままとなった)」

 と感想を述べた。
 そう、秀吉自身が、一番、この清須会議に満足していた。
 勝家は、長浜を含む北近江の三郡を手に入れ、お市を正室せいしつに迎えるという条件を受け入れた。
 秀吉と勝家、どちらが、この会議の勝利者か?
 答えは自明じめいであろう。

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