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8. 私は退場した中の人。もう一度、自分の人生をやり直す。
そこは、眩し過ぎる光の世界だった。
私たちは、まるで上昇気流に乗ったように空に舞い上がる。
気づけば、抱きしめていたルイスの身体はもう消えてしまった。
愛しいあなたは、どこにも居ない。
彼を思い出すと寂しくて、恋しくて、涙が溢れた。
私の身体も光の中で溶けて、消えて行く……。
きっと、私もルイスの居る天国に行けるのだと安堵した。
◇◇◇
「ジュリア!起きろ!早く目を覚ませっ!!」
「───っ!!」
懐かしい父の声で目が覚めた。
気がつくと、薄暗くて湿った地下牢に倒れている。
ここは、光の世界でも、天国でも無かった。
私はまた、あの時の地獄に堕とされた。
「……お、お父様?」
「ああ、ジュリア!良かった、やっと目が覚めた!
もう二日も起きなくて……死んでしまったかと思ったよ……」
「……ここは、王宮の地下牢ですか?
今、日付はいつ?
私たちの裁判は、いつですか?!」
「……ジュリア、まともな裁判なんかして貰えない。
我々の断罪式は、明日だよ」
悲しみの声が胸を締めつける。
起き上がると、父は向かい側の牢に居た。
見覚えのあるこの場所に、息が詰まりそうだった。
断罪式の前日、悪夢の日に戻って来た。
私はもう一度、自分の物語をやり直せている。
でも、神さまは何て酷い方なのだろう。
よりによって、この日に私を戻すなんて……。
こんな時、転生したジュリアさん達ならどうするの?
きっと彼女達なら、これから始まる悪夢に立ち向かえるはずだ。
でも、無能で無力な私には、結局、何も出来ないのだろう。
「汚いところねぇ~。
あの女はどこよ?
早く始めましょう」
マーガレットの声が地下牢に響く。
彼女は手下を五人従え、私を探している。
忘れる事の出来ないトラウマが鮮明に蘇り、身体が震えた。
「あは、ここに居たわ。
今から、汚い売女を本物にしてあげるわよ」
「お嬢様、この女が王子の恋人ですか?」
「ふん、そうよ。
早く襲いなさい。
男達を惑わすアバズレ令嬢になれば、王子もやっと諦めがつくわ」
ルイスにずっと隠していた秘密。
父の叫びを聞きながら、私は目の前の男達に犯された。
そして、断罪式でマーガレットはこの男達を呼び、
ルイスの前で私をアバズレと罵ったのだ。
でも彼女は、繰り返しの世界で何度も報いを受けていた。
時が過ぎると、私は彼女を赦した。
しかし、もう一度悪夢が繰り返されるなら、
私はまた憎しみで心を黒く染めてしまう。
忘れていた貴女への殺意も蘇る。
怯えた私を見て、マーガレットは満足そうだった。
その場を立ち去ると、男達は牢に入って来た。
「凄い美人だな、王子の女をヤレるのかよ」
「俺が先だ!」
「いいから早く、服を脱がせろよ」
男達の汚い手が次々と伸びる。
あの時は、抵抗したら殴られた。
恐怖に怯えながら、服を全て脱がされたのを覚えている。
ジュリア。
私は彼女達をずっと見てきた。
もう一度思い出して。
彼女達なら、どうやってこの危機を回避するの?
「ああ、ルイス……助けて……」
消え入る声で彼の名を呼ぶ。
私は、全てを諦めてしまった。
服を引き裂かれながら、愛しい彼を思い出す。
また彼を悲しませるなら、今すぐに死にたい。
「あはは。この女、抵抗しないぞ?」
「つまんねーから、少しは声出せよ?」
羽交締めにされて、抵抗も出来ない。
汚い男達の欲望に、ただ目を伏せ、耐えるしかない。
「ジュリア!!!」
固く目を閉じていると、ルイスの声が聞こえた。
幻聴かもしれない。
私は絶対に目を開けなかった。
すると、男達の叫び声と争う音が聞こえる。
「コイツらは俺が殺す!
牢から出せ、捕えろ!!」
怖くて、まだ目が開けられない。
切り裂かれた服で肌を隠し、震えながら小さく蹲った。
ルイスは断罪の前日に、
ジュリアに何が起こったのか、初めて知ったのだ。
もし、助け出すのが遅かったら?
考えただけで、怒りが込み上げて、狂い出しそうだ。
しかし、足元で小さく蹲り、震える彼女を見て我に返る。
「ジュリア!俺だ。
もう大丈夫だから!
目を開けろ、俺を見ろ!」
「……うう。本当に、ルイスなの?」
恐る恐る目を開けると、最愛の人が目の前に居た。
「俺たちは戻って来れた!
もう大丈夫だ。
この日のために、俺はずっと準備していたんだ。
ローゼングレン公爵は捕まえた」
「陛下、全員拘束しました。
この者達は、どうなさいますか?」
状況がまだ理解出来ないところに、
王室の兵士がルイスに報告する。
「え?ルイス……『陛下』って?」
「ああ、愚かな父は失脚させた。
俺が王だよ。
だから、お前はこの国の王妃なんだぞ」
「えええ?
私が眠っていた間に、事が進み過ぎじゃない?」
ルイスは優しく微笑みを浮かべる。
すると、心が少し落ち着いた。
彼は着ている上着を私に羽織らせる。
二人で牢を出た。
先に父と母は牢から出て、外に案内されていた。
「ジュリア、お前も先に行ってろ。
俺はまだやる事がある」
ルイスはそう言って、地下牢に残った。
私は騎士に守られながら、階段を登り地上を目指す。
外では、父と母が待っていた。
「ああ!ジュリア!
我々は無罪だ。
もう何も心配する事は無いぞ」
「ジュリア、怪我は無い?
顔を見せて。
怖い思いをして可哀想に……。
……何もされていなくて、本当に良かったわ」
父と母に抱きしめられて、
やっと自分があのトラウマを回避出来たと実感した。
「お父様、お母様……
ジュリアは大丈夫です。
全ては、ルイス様のお陰です」
暫くして、ルイスも地下から戻って来た。
彼の髪や服は返り血で汚れていた。
父と母は少し怖がっていたようだが、
私は彼のもとに駆け寄る。
「ルイス!!」
血で汚れていても関係ない。
愛する彼を、強く抱きしめた。
「ジュリア……
アイツらの血で汚れるから離れろ」
「絶対に嫌!
もう、離れない……!
もう、何があっても絶対にあなたを諦めたりしないわ」
彼はどんな表情をしているのだろう。
きっと、いつもの優しい顔で、
私を優しく抱きしめ返している。
「ジュリアを怖がらせる奴は、俺がこの世界から消してやる。
お前は強いジュリア達にならなくて良い。
もう自分を恥じるな、そのままのお前でいろ。
そして、俺の側に居てくれ。
俺が愛した本当のジュリアじゃないと駄目なんだ」
「ううう……ルイス……」
人目を気にせず、子供のように泣き出した。
ルイスの言葉が、私を救ったのだ。
彼の言う通り、もう自分を卑下しない。
恥じる事なんて何もない。
堂々と、ありのままの自分で彼の側に居よう。
「ジュリア、そろそろ泣き止め。
悪いが、俺は女にプロポーズさせるような
不甲斐ない男じゃないんだ。
やり直しだ。俺と結婚してくれ、ジュリア。
ノーとは言わせないからな。
これからすぐに挙式だ」
「ふえええぇ?」
ジュリアは鼻水を垂らしながら、
王室のメイド達に連れて行かれた。
大急ぎでウエディングドレスに着替えさせ、
挙式の準備が進められる。
話の展開が急すぎて、
ついて行けないジュリアだった。
「陛下も、そろそろお着替えを……」
側近は、血に汚れた王に少し怯えた様子だった。
「ああ、準備しよう。
あと、ローゼングレン公爵の処分は俺がやる。
娘のマーガレットは絶対に殺すな。
鎖に繋ぎ、汚い娼館で死ぬまで働かせろ」
「……しょ、承知いたしました」
「ジュリア王妃には知られるなよ。
全て秘密裏に執行する」
側近は数日間で、
ルイスの頭の良さと残忍さを目の当たりにしていた。
絶対に敵に回してはならない人だと思い知ったのだ。
だが、冷酷で残忍ではあるが、
王妃に対しては惜しみない優しさを見せる。
陛下は、ちゃんと人の心がある方なのだと、
側近達は安堵した。
※
数時間前には汚い牢獄にいたのに、
今は純白のウエディングドレスを着ている。
綺麗に着飾った姿を鏡で見るが、
久しぶりの自分が、なんだか慣れない。
「ううう……
なんだろう、この気持ち。
小さくて、全てが小粒なアリーが恋しいよぅ……」
メイド達を眺めると、
長くモブメイドをしていた時の事を思い出す。
あのメイド服が懐かしい……。
「王妃さま、準備が全て整いました。
聖堂に参りましょう」
「あ、はい! 行きます」
豪華なドレスでの移動は大変だった。
メイド達の助けを借り、ようやく聖堂に着く。
扉を開けると、ルイスは既に居た。
私の姿を見て、駆け寄って来る。
「綺麗だよ、ジュリア。
俺の手を取って、早く神の前で誓おう」
「ちょっと、ルイス。
いろいろと作法がなってないわよ?」
「はっ。俺はもうこの国の王だぞ。
俺に口答えする奴なんて、お前以外にもう居ないさ」
二人は笑い合った。
手を繋ぎ、神父の前に立つ。
ジュリアの父と母、王室の関係者に見守られながら、
二人は誓いの言葉を交わす。
「ジュリア、
お前は良く分かって無さそうだから、
念のために言うぞ。今ここに居る俺たちは、
お話の登場人物じゃない。全て現実だ」
「え?」
「因みに、あの繰り返しは全て俺の物語だったんだよ。
当事者が言うんだから信じろ。
そして今、俺たちは本当の人生を歩んでいる」
「馬鹿な私にはよく分からないけど……
神様に感謝を捧げましょう」
神父は申し訳なさそうに、二人の会話に入った。
「あのぅ……
そろそろ、誓いのキスを……」
お互いに微笑み、誓いの口づけを交わす。
物語の終わりを告げる、あの光のシャワーは現れなかった。
私たちはもう、
お話のキャラクターでは無いのだと実感する。
「この先の未来は俺でも予測出来ない。
でも、お前だけを支える。
お前だけに尽くすよ」
「違うわ、ルイス。
神の前での誓いを、もう忘れたの?
愛をもって、互いに支えあうのよ」
彼の幸せそうな表情を見て、
私も幸せな気持ちが溢れた。
──愛妻家のルイス王のおかげで、
この国は豊かになり、
そして永い平和が続いた。
こんな最高の言葉で物語を締め括りたい。
そんな素晴らしい未来になるように、
私は、この人生で、彼を側で支えるの。
END
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