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序章
Prologue──硝子の音
しおりを挟むパリン──ッ
人影の消えた寂しげな月夜。
静まり返ったその場所に…硝子(ガラス)の割れる鋭い音が高く響く。
破られた硝子の音に、驚いた住人の悲鳴が重なった。
慌てて起きた召使いと数人の衛兵達が、音の元を探して騒がしく廊下を駆け回り、真夜中の侵入者を探し始める。
「こ、これは……!」
しかし彼等は、きらめく残骸が床一面に散らばったその現場に辿り着いた時に気づいただろう。
これは侵入したのではない
逃げ出した跡である──と。
そう、怪盗は既に逃げたのだ。
瞬時にそれをさとった彼等は、割れた窓辺に駆け寄り外を見た。
「奴が犯人か!」
すると衛兵達の視線が集まるその先に、ひとつの人影がいた。
それは嘲笑うかのように軽やかに、館から遠のいてゆく。
今さら追いつける距離ではない。その影の主は余裕の態度で、騒ぐ衛兵達へ、一度だけ振り返った。
男は仮面を付けていた。
仮面の下に見える唇が美しく弧を描く。
翻るマント。
大きくなびくブロンドの長髪。
泥棒らしからぬその優美な様相は、恐怖にも似た衝撃をもって衛兵や住人達を凍りつかせた。
「──…フッ」
そんな彼等の様子に満足気に微笑むと、男は顔をそむけ林の闇へと身を消した。
「……くそ……やられた」
「いったい何者だ!よくもこんな、派手なマネを…!」
「…待て、何か落ちてるぞ」
「──?」
逃がした相手の後ろ姿を見送りながらうなだれた者は、硝子の残骸の中に何かを見つけ拾い上げる。
「なんだ……これは」
──戦利品である宝石の代わりに、どうやら男は一枚の紙を現場に残したようだった。
《 Der Appetit kommt beim Essen
───欲とは底が見えぬものです… 》
──…
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