23 / 43
第四章
二人の男
しおりを挟む……
急がなければ
もうじき月が眠り、太陽が目を覚まし
此の地が朝を迎えてしまう。
その前に、この腕の中で眠る我が姫を、公爵夫人へと戻してやらなければ──。
……
数刻後
暗闇の中、クロードがその腕に眠るレベッカを抱えて馬車から姿を現した。
馬車には二頭の馬が先頭に繋がれており、そして御者台では、付き人のレオが手綱を引いていた。
彼等が今いるのはバイエル伯の城ではなく、モンジェラ公爵領の敷地である。
「クロード様、また…後ほど」
「──そうですね」
大きくて目立つ馬車はいったんこの場を立ち去る。
残されたクロードは山道を歩いて抜け出ると、荘厳なシルエットの公爵邸へ近付いた。
城の門を超えて、庭に入る。
バラ園の間を通り抜けレベッカの寝室へつながるバルコニーを見上げる。
....ザッ
「…?」
「……」
その時、右手の植木が揺れて音を立てたかと思えば、そこから何者かが姿を現した。
「こんな時間まで散歩とは、ふざけてるな」
「──…おや、あなたでしたか」
クロードの前に現れた青年は、肩についた木の葉を手で払いながらそう言った。
「レベッカをどこに連れ出していた?」
「……、舞踏会です」
「……」
クロードの返事を聞いて青年は眉を潜めた。
そして彼の臙脂(エンジ)の瞳が、レベッカの乱れたドレスに向けられた瞬間、その表情がさらに険しくなったように見えた。
──クロードの前に現れたその男はアドルフ。レベッカの幼馴染みだったのだ。
「舞踏会だと?ハッ」
口の端では笑っているが、その瞳は笑っていない。
「貴族どもの遊びなんて俺にはわからないが……、なんだ? 舞踏会ってのはそんなに激しいダンスでもするのかよ」
「……」
「──…まぁ、どうでもいい」
彼は自分の頭に手をやり、溜め息をついて髪を掻きむしった。
「──…」
スッ──
そして顔をあげクロードを正面から睨み付けると、アドルフは腰にさげていた剣を抜き取り、クロードに剣先を突きつけた。
無言で向けられた剣先に、クロードもその口許から笑みを消した。
「…何のつもりですか?生憎、舞踏会に出たのは彼女自身の意思です。私が無理矢理 連れ出したわけではない」
「……ああ、そうだろうな」
アドルフは素直に頷いてみせた。
「レベッカはあんたに惚れてる」
「…っ」
「…本気で惚れてる」
彼はレベッカと長い時間をともにしてきた。だから、たとえ言葉に出さなくともわかってしまう。
「いつも意地はって強がってるが、わかりやすすぎるんだよ…そいつは」
アドルフは、眠るレベッカを顎で指し示した。
「あんたほどの男なら惚れちまうのも無理ないな?伯爵」
「…それは嬉しいことを言ってくれますが」
クロードには本題が見えなかった。
「──何故…剣を突きつけられているのか、その説明をしていただけるだろうか。こちらとしてもあまり愉快な気分ではいられないので」
「……」
「答えて下さいますか?」
クロードが聞き返した。
『 きっと伯爵も…レベッカ様に想いを寄せておられる筈です 』
『 違うわ!伯爵がわたしに関わるのは…っ
わたしが、彼の正体を知っているからなの…! 』
『 どういうことですか? 』
『 伯爵はただの貴族ではなくて── 』
──
レベッカとメイドの、この不可解な会話。
あの時レベッカはいったい何を伝えようとしたのか…。それが気になったアドルフは、城や街の人間たちに話を聞いて回ったのだ。
…そして彼は気付いたのだった。
「──…近ごろ、この辺りである怪盗の被害が立て続けに起こっているらしい」
「……ほぉ」
「怪盗の特徴は、ブロンドの長髪、白いマスケラに丈の長いマント……。そして、仮面越しでもわかる絶世の美男子……か」
アドルフは馬鹿にした調子で笑った。
「それ、あんただよな」
「…ご名答です」
対するクロードは悪びれる様子もない。だからアドルフは不機嫌だった。
「レベッカを巻き込んでどういうつもりだ?言えよ…何が目的だ」
「──…」
「…っ…言え!」
問いただすようにアドルフに詰め寄られ、目をそらしたクロード
──かと思えば
彼は一瞬で腰の剣帯に下がった剣を構え、アドルフの剣先を横に弾いた。
「なっ!?」
...ピタッ
形成が逆転し
今度はアドルフの鼻の先に、研磨のゆきとどいた細い剣先が向けられる──。
アドルフは舌打ちとともに一歩後退する。
クロードは、レベッカが落ちないようにその身体を支えながら、鋭い視線を目の前のアドルフに向けていた。
「……。まだまだ子供だ」
「くそ…っ」
「悔しいですか?」
「──!」
キンッ!
突然、クロードの剣先が素早く動く。
中途半端に構えていたアドルフは慌てて剣を振った。
ガキンッ!──カッ
カン───!
白刃の打ち合う音が四回、五回と、響いたのち、音がやむ。
──するとその場所には、勝者であるクロードのみが立っていた。
「はぁ…、はぁ…、ちっ」
尻餅をついて地面に倒れたアドルフは、頭上から見下ろすクロードを歯を食い縛り睨んでいる。
クロードが冷たい声色で言った。
「それでは姫を守れない」
「……ッッ」
「…自身の無力さを知るがよい青年よ。
私もかつて、無力さ故に大切な女(ヒト)を失った」
「なん…だと……!?」
悔しければ、私から奪い返すことです
そなたの大切な姫君を──
──
「………」
気を失っているレベッカ。
彼女はクロードの腕の中で…今のこの状況を知るよしもない。
しかし不思議なことに
《 大切な女を失った 》
彼のこの言葉だけが、眠るレベッカの耳にこびり付き、働かない思考の中で永遠と繰り返されていた──。
──
2
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる