略奪貴公子 ~公爵令嬢は 怪盗に身も心も奪われる~ 【R18】

弓月

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第四章

二人の男

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……



 急がなければ

 もうじき月が眠り、太陽が目を覚まし

 此の地が朝を迎えてしまう。



 その前に、この腕の中で眠る我が姫を、公爵夫人へと戻してやらなければ──。




……




 数刻後

 暗闇の中、クロードがその腕に眠るレベッカを抱えて馬車から姿を現した。

 馬車には二頭の馬が先頭に繋がれており、そして御者台では、付き人のレオが手綱を引いていた。

 彼等が今いるのはバイエル伯の城ではなく、モンジェラ公爵領の敷地である。

「クロード様、また…後ほど」

「──そうですね」

 大きくて目立つ馬車はいったんこの場を立ち去る。

 残されたクロードは山道を歩いて抜け出ると、荘厳なシルエットの公爵邸へ近付いた。

 城の門を超えて、庭に入る。

 バラ園の間を通り抜けレベッカの寝室へつながるバルコニーを見上げる。


....ザッ


「…?」

「……」

 その時、右手の植木が揺れて音を立てたかと思えば、そこから何者かが姿を現した。

「こんな時間まで散歩とは、ふざけてるな」

「──…おや、あなたでしたか」

 クロードの前に現れた青年は、肩についた木の葉を手で払いながらそう言った。

「レベッカをどこに連れ出していた?」

「……、舞踏会です」

「……」

 クロードの返事を聞いて青年は眉を潜めた。

 そして彼の臙脂(エンジ)の瞳が、レベッカの乱れたドレスに向けられた瞬間、その表情がさらに険しくなったように見えた。

 ──クロードの前に現れたその男はアドルフ。レベッカの幼馴染みだったのだ。



「舞踏会だと?ハッ」

 口の端では笑っているが、その瞳は笑っていない。

「貴族どもの遊びなんて俺にはわからないが……、なんだ? 舞踏会ってのはそんなに激しいダンスでもするのかよ」

「……」

「──…まぁ、どうでもいい」

 彼は自分の頭に手をやり、溜め息をついて髪を掻きむしった。

「──…」

スッ──

 そして顔をあげクロードを正面から睨み付けると、アドルフは腰にさげていた剣を抜き取り、クロードに剣先を突きつけた。

 無言で向けられた剣先に、クロードもその口許から笑みを消した。

「…何のつもりですか?生憎、舞踏会に出たのは彼女自身の意思です。私が無理矢理 連れ出したわけではない」

「……ああ、そうだろうな」

 アドルフは素直に頷いてみせた。

「レベッカはあんたに惚れてる」

「…っ」

「…本気で惚れてる」

 彼はレベッカと長い時間をともにしてきた。だから、たとえ言葉に出さなくともわかってしまう。

「いつも意地はって強がってるが、わかりやすすぎるんだよ…そいつは」

 アドルフは、眠るレベッカを顎で指し示した。

「あんたほどの男なら惚れちまうのも無理ないな?伯爵」

「…それは嬉しいことを言ってくれますが」

 クロードには本題が見えなかった。

「──何故…剣を突きつけられているのか、その説明をしていただけるだろうか。こちらとしてもあまり愉快な気分ではいられないので」

「……」

「答えて下さいますか?」

 クロードが聞き返した。





『 きっと伯爵も…レベッカ様に想いを寄せておられる筈です 』


『 違うわ!伯爵がわたしに関わるのは…っ
 わたしが、彼の正体を知っているからなの…! 』


『 どういうことですか? 』


『 伯爵はただの貴族ではなくて── 』



──



 レベッカとメイドの、この不可解な会話。

 あの時レベッカはいったい何を伝えようとしたのか…。それが気になったアドルフは、城や街の人間たちに話を聞いて回ったのだ。

 …そして彼は気付いたのだった。

「──…近ごろ、この辺りである怪盗の被害が立て続けに起こっているらしい」

「……ほぉ」

「怪盗の特徴は、ブロンドの長髪、白いマスケラに丈の長いマント……。そして、仮面越しでもわかる絶世の美男子……か」

 アドルフは馬鹿にした調子で笑った。

「それ、あんただよな」

「…ご名答です」

 対するクロードは悪びれる様子もない。だからアドルフは不機嫌だった。

「レベッカを巻き込んでどういうつもりだ?言えよ…何が目的だ」

「──…」

「…っ…言え!」

 問いただすようにアドルフに詰め寄られ、目をそらしたクロード

 ──かと思えば

 彼は一瞬で腰の剣帯に下がった剣を構え、アドルフの剣先を横に弾いた。

「なっ!?」


...ピタッ


 形成が逆転し

 今度はアドルフの鼻の先に、研磨のゆきとどいた細い剣先が向けられる──。

 アドルフは舌打ちとともに一歩後退する。

 クロードは、レベッカが落ちないようにその身体を支えながら、鋭い視線を目の前のアドルフに向けていた。

「……。まだまだ子供だ」

「くそ…っ」

「悔しいですか?」

「──!」

キンッ!

 突然、クロードの剣先が素早く動く。

 中途半端に構えていたアドルフは慌てて剣を振った。

ガキンッ!──カッ

カン───!

 白刃の打ち合う音が四回、五回と、響いたのち、音がやむ。

 ──するとその場所には、勝者であるクロードのみが立っていた。

「はぁ…、はぁ…、ちっ」

 尻餅をついて地面に倒れたアドルフは、頭上から見下ろすクロードを歯を食い縛り睨んでいる。



 クロードが冷たい声色で言った。



「それでは姫を守れない」


「……ッッ」


「…自身の無力さを知るがよい青年よ。

 私もかつて、無力さ故に大切な女(ヒト)を失った」


「なん…だと……!?」




 悔しければ、私から奪い返すことです

 そなたの大切な姫君を──







──




「………」


 気を失っているレベッカ。

 彼女はクロードの腕の中で…今のこの状況を知るよしもない。

 しかし不思議なことに

《 大切な女を失った 》

 彼のこの言葉だけが、眠るレベッカの耳にこびり付き、働かない思考の中で永遠と繰り返されていた──。







──






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