略奪貴公子 ~公爵令嬢は 怪盗に身も心も奪われる~ 【R18】

弓月

文字の大きさ
30 / 43
第六章 (レオ回想編)

滑稽な景色

しおりを挟む

 その後、先に外に出たレオが馬の用意をしているとしばらくして彼が現れた。

「いらっしゃいましたか」

「……」

 外出着に着替えたクロード。彼はレオという人間を見極めようと、静かにレオを伺っている。

 秋特有の肌寒さの中、彼らはすぐに出発した。




 行く先は、伯爵の屋敷からそれほど離れた場所ではない。

 馬を走らすクロードの目に直に入ってきたのは、腐りかけた木の柵と大きな畑──そしてボロボロに古びた、立ち並ぶ家屋。

 レオの合図に従い、クロードは怪訝(ケゲン)な表情で馬から降りた。

ザクッ、ザクッ

 畑には鍬(クワ)をふりおろす数人の男たちがいる。

 しかし彼等の足元には茶色の土が広がるだけで、小さな芽がちらほら出ている以外に野菜の姿は見当たらない。

 黙って畑に入るレオの後に続くものの、目の前の光景はクロードに不快な印象を与えた。

 なぜ不快に感じるのかは彼自身もよくわかってはいない。

「レオ様だ…」

「レオ様!」

 畑を横切る二人を見つけて、村の人間たちがしだいに集まりだした。みな口々にレオの名前を呼んでいる。

「レオさま~!」

 そんな中で、小さな女の子が、一段と声を張り上げてレオに駆け寄ってきた。

「お久しぶりです!」

「ローザ。お母様の体調はどうですか」

「レオさまのおかげで、ずいぶんよくなりました」

 少女は笑って、頭につけた大きな赤色のリボンをクルクルと指に巻き付ける。

「まだ…もう少し休んでなきゃいけないらしいんだけど…」

「そうですか」

 少女の言葉に軽くうなずき、レオはクロードの方に振り返る。

「お母様にはゆっくり休んでいただくといい。その代わりに、あちらの少年が働いて下さる」

「え?そうなの?……わぁ」

「…?」

 レオがそう言って、初めて女の子はクロードの存在に気がついた。

「あの人…スゴくきれい…!」

 ローザと呼ばれたその少女は目を輝かせる。

「ほんとに男の人?──女の子みたいっ」

「……!」

 次に彼女が放った言葉は、クロードの耳にも届いた。

「この私が女?それはまた面白い冗談を言ってくれますねお嬢さん、私が男に見えませんか?」

「わぁ…声もきれぇ」

「……」

「髪の毛もキラキラ素敵な色……わ、目はレオさまとおんなじグリーンなのね」

「……」

「宝石みたい!」

 こんな風に純粋な声でたたみかけられて、クロードは何も言い返せなくなっている。

「──クッ」

 二人のやりとりを見守っていたレオが静かに笑いを噛み殺す。

 それもクロードは見逃さなかった。

「レオ……」

「…失礼いたしました。なるほど、ローザにはクロード様が女性に見えてしまうようで」

「それは侮辱と受け取っていいのか?」

「まさかそんな…」

 クロードは明らかに機嫌を害していた。

 それになんとなく気がついた少女が、申し訳なさそうな声で謝る。

「ごめんなさいっ、だって本当にきれいな方だったから」

「気にすることはありませんローザ。では早速、クロード様にも男らしく汗をかいていただきましょうか。そうすれば、女性と見間違われることもなくなるかと」

 レオの意図することをよみ、クロードは口を閉ざした。


  そして…

 口の端で不敵に笑みを浮かべた。


「…ふっ、どうやら新しい付き人は…主人に向かって生意気な言動が目立ちますね」

「……」

「己の分際をわきまえろ」

 あたりの空気が凍る。

 レオはじっと、目の前の美少年を見つめ返した。

「……」

「くだらない場所に連れてこられたものだ」

「……」

「──…畑仕事は使用人の仕事です」

「…承知いたしました」

 少し怯えた様子のローザにちらりと目を向けた後、クロードは畑から離れていく。

「わたし失礼なこと言っちゃったんだね…」

「気にする必要はない。君は仕事に戻りなさい」

「はい!」

 レオがぽんと背中を押して、そしてローザは仕事に戻っていった。




 村人たちが外で作業をしている間、レオは彼等の家を、一軒、一軒をゆっくり訪ねていた。

「レオ様、もう夜になります。いつまでもこんなボロ屋にいてはあなたの身体に──ゴホッゴホッ!……っ…悪いですから」

「お母さん…っ、ダメだよ布団から出ちゃ」

「ローザの言う通りです」

 それぞれの家を訪ね回っていたレオは最後にローザの家に来ていた。

 ベッドで横になっている彼女の母親に、レオが自分で調合した薬を飲ませたところだ。

「すっかり暗くなったろう、母さんも外に出てみんなを手伝わないと…!」

「いいよー!お母さんは休んでて! お父さんが頑張ってくれるし、わたしだってちゃんと手伝うから」

 この親子のこのやりとり…

 聞くのはいったい何度目だろうか。

「…外の様子を見てきますね」

 彼はローザの家を出ていった。


ザクッ、ザクッ、ザクッ


 家を出たレオが畑に入り、その土を踏みしめながら横切った先にはクロードがいた。

 クロードは村の隅で、乗ってきた馬に寄りかかるようにしてひとり立っている。

 何を考えているのか想像もできない表情でじっと…遠くに見える林の影を見つめながら…。レオはそんな彼に声をかけた。

「てっきり帰られたと思っておりました」

「……」

 そんなところで何もせず、何時間も──

「退屈そうですね」

「…これが私の日課だ」

 まるで十四歳とは思えないその発言。クロードにとっては冗談でもなんでもなかった。

「その言葉…」

「──…」

「…彼等にも聞かせてあげたいものです」

「……?」

 その時、ふと、畑での様子に変化が起きたことにクロードは気がついた。

 夜になってあたりは暗闇に包まれつつある。

 けれど人々は仕事をやめて家に戻るどころか、逆に次々と畑に集まってきているのだ。

 そこには女性や子供もいる。

「何が……?始まる?」

 レオはクロードの横に立ち、畑の様子を同じように眺める。

「──今から起こることをあなたはどのように見るのでしょうか」

「……?」

「悲劇、もしくは喜劇…ですかね」



……




「きた!おいみんな、こっちだ!」

「こっちにも来てるぞー!!!」

 男の野太い声が夜の畑に響く。

 そして、みながその声に反応して一斉に動き出した。

カン!カン!カン!
カン、カン、カン!カン!カン!

 人々は手に手に農具や金具を持ち、それを打ち鳴らし始めたのだ。

 それを合図に林の奥から次々と獣が現れる。

 ──それは鹿の群れだった。十数匹の鹿が柵を飛び越えて畑の中に入ってきた。

カン!カン!

 人々は鹿の群れに向かって音を鳴らして威嚇する。

「食べるなこの野郎!」

「あっち行け!あっちへ行けー!」

 鹿たちは、やっと顔をだしたばかりの柔らかい野菜の新芽を狙っていた。

「やめろ食べるなっ!」

 その鹿たちを追い払おうと、人々は音を鳴らしながら鹿の方に走っていった。

 人が近づくと獣はいったん食べるのをやめて逃げていく。けれど、すぐに別の野菜を狙って場所を移すだけだった。



「──?」

 クロードはその一連の様子を目撃しながら、村の人々のやっていることに疑問を抱いた。

「…何ですかあれは」

 人間と獣の鬼ごっこ

「彼等は何をしているのです?」

「毎夜、あのように野菜を狙う獣を追い払っているのです」

「…だが」

 それにしては不自然。

 畑を荒らす鹿に対して、人々は音で威嚇するだけ。威嚇するだけで攻撃してこないのだから…わざわざ逃げる必要もない。

 悠々と新芽を啄む鹿──

「この畜生め…!」

 汗を流し、声をからし、…しかし人々の努力は空回りだ。

「何故、彼等は獣を攻撃しない?」

「あの獣たちが法で守られているからです」

「法…?」

「貴族でない者が、鹿に危害を加えることは禁止されているのですよ」

 クロードは知らなかった。

 ──鹿は、貴族の狩りの獲物。貴族以外の人間が鹿を殺してはいけないのだ。

 だから人々は、いくら鹿に畑を荒らされようと殺すことは許されない。音を打ち鳴らして威嚇するしか手段がない。

 それが人々を苦しめていることを。

「食べるなあーっ!」

 鹿を追い回す人々のなかにローザもいた。

 彼女は二つのスコップを手に持って、鹿の横で打ち鳴らす。

 鹿は鹿のほうで、鬱陶しそうにゆっくりと隣の芽に移っていった。


「──…」


 たしかにこれは喜劇か


「滑稽な風景だ…」


 駆け回るローザの姿を目で追いながら、クロードが呟く。


カン、カン、カン......


 畑に響く耳障りなその音が、彼の耳にこびりつく。








 そしてその夜……

 人と鹿の可笑しな戦場と化したその場所に、一発の銃弾の音がとどろいた。

 翌朝、畑の隅に横たわる獣の死骸が見つかり、村人がひとり、村を管轄(カンカツ)する貴族の館に連行された。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...