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第六章 (レオ回想編)
滑稽な景色
しおりを挟むその後、先に外に出たレオが馬の用意をしているとしばらくして彼が現れた。
「いらっしゃいましたか」
「……」
外出着に着替えたクロード。彼はレオという人間を見極めようと、静かにレオを伺っている。
秋特有の肌寒さの中、彼らはすぐに出発した。
行く先は、伯爵の屋敷からそれほど離れた場所ではない。
馬を走らすクロードの目に直に入ってきたのは、腐りかけた木の柵と大きな畑──そしてボロボロに古びた、立ち並ぶ家屋。
レオの合図に従い、クロードは怪訝(ケゲン)な表情で馬から降りた。
ザクッ、ザクッ
畑には鍬(クワ)をふりおろす数人の男たちがいる。
しかし彼等の足元には茶色の土が広がるだけで、小さな芽がちらほら出ている以外に野菜の姿は見当たらない。
黙って畑に入るレオの後に続くものの、目の前の光景はクロードに不快な印象を与えた。
なぜ不快に感じるのかは彼自身もよくわかってはいない。
「レオ様だ…」
「レオ様!」
畑を横切る二人を見つけて、村の人間たちがしだいに集まりだした。みな口々にレオの名前を呼んでいる。
「レオさま~!」
そんな中で、小さな女の子が、一段と声を張り上げてレオに駆け寄ってきた。
「お久しぶりです!」
「ローザ。お母様の体調はどうですか」
「レオさまのおかげで、ずいぶんよくなりました」
少女は笑って、頭につけた大きな赤色のリボンをクルクルと指に巻き付ける。
「まだ…もう少し休んでなきゃいけないらしいんだけど…」
「そうですか」
少女の言葉に軽くうなずき、レオはクロードの方に振り返る。
「お母様にはゆっくり休んでいただくといい。その代わりに、あちらの少年が働いて下さる」
「え?そうなの?……わぁ」
「…?」
レオがそう言って、初めて女の子はクロードの存在に気がついた。
「あの人…スゴくきれい…!」
ローザと呼ばれたその少女は目を輝かせる。
「ほんとに男の人?──女の子みたいっ」
「……!」
次に彼女が放った言葉は、クロードの耳にも届いた。
「この私が女?それはまた面白い冗談を言ってくれますねお嬢さん、私が男に見えませんか?」
「わぁ…声もきれぇ」
「……」
「髪の毛もキラキラ素敵な色……わ、目はレオさまとおんなじグリーンなのね」
「……」
「宝石みたい!」
こんな風に純粋な声でたたみかけられて、クロードは何も言い返せなくなっている。
「──クッ」
二人のやりとりを見守っていたレオが静かに笑いを噛み殺す。
それもクロードは見逃さなかった。
「レオ……」
「…失礼いたしました。なるほど、ローザにはクロード様が女性に見えてしまうようで」
「それは侮辱と受け取っていいのか?」
「まさかそんな…」
クロードは明らかに機嫌を害していた。
それになんとなく気がついた少女が、申し訳なさそうな声で謝る。
「ごめんなさいっ、だって本当にきれいな方だったから」
「気にすることはありませんローザ。では早速、クロード様にも男らしく汗をかいていただきましょうか。そうすれば、女性と見間違われることもなくなるかと」
レオの意図することをよみ、クロードは口を閉ざした。
そして…
口の端で不敵に笑みを浮かべた。
「…ふっ、どうやら新しい付き人は…主人に向かって生意気な言動が目立ちますね」
「……」
「己の分際をわきまえろ」
あたりの空気が凍る。
レオはじっと、目の前の美少年を見つめ返した。
「……」
「くだらない場所に連れてこられたものだ」
「……」
「──…畑仕事は使用人の仕事です」
「…承知いたしました」
少し怯えた様子のローザにちらりと目を向けた後、クロードは畑から離れていく。
「わたし失礼なこと言っちゃったんだね…」
「気にする必要はない。君は仕事に戻りなさい」
「はい!」
レオがぽんと背中を押して、そしてローザは仕事に戻っていった。
村人たちが外で作業をしている間、レオは彼等の家を、一軒、一軒をゆっくり訪ねていた。
「レオ様、もう夜になります。いつまでもこんなボロ屋にいてはあなたの身体に──ゴホッゴホッ!……っ…悪いですから」
「お母さん…っ、ダメだよ布団から出ちゃ」
「ローザの言う通りです」
それぞれの家を訪ね回っていたレオは最後にローザの家に来ていた。
ベッドで横になっている彼女の母親に、レオが自分で調合した薬を飲ませたところだ。
「すっかり暗くなったろう、母さんも外に出てみんなを手伝わないと…!」
「いいよー!お母さんは休んでて! お父さんが頑張ってくれるし、わたしだってちゃんと手伝うから」
この親子のこのやりとり…
聞くのはいったい何度目だろうか。
「…外の様子を見てきますね」
彼はローザの家を出ていった。
ザクッ、ザクッ、ザクッ
家を出たレオが畑に入り、その土を踏みしめながら横切った先にはクロードがいた。
クロードは村の隅で、乗ってきた馬に寄りかかるようにしてひとり立っている。
何を考えているのか想像もできない表情でじっと…遠くに見える林の影を見つめながら…。レオはそんな彼に声をかけた。
「てっきり帰られたと思っておりました」
「……」
そんなところで何もせず、何時間も──
「退屈そうですね」
「…これが私の日課だ」
まるで十四歳とは思えないその発言。クロードにとっては冗談でもなんでもなかった。
「その言葉…」
「──…」
「…彼等にも聞かせてあげたいものです」
「……?」
その時、ふと、畑での様子に変化が起きたことにクロードは気がついた。
夜になってあたりは暗闇に包まれつつある。
けれど人々は仕事をやめて家に戻るどころか、逆に次々と畑に集まってきているのだ。
そこには女性や子供もいる。
「何が……?始まる?」
レオはクロードの横に立ち、畑の様子を同じように眺める。
「──今から起こることをあなたはどのように見るのでしょうか」
「……?」
「悲劇、もしくは喜劇…ですかね」
……
「きた!おいみんな、こっちだ!」
「こっちにも来てるぞー!!!」
男の野太い声が夜の畑に響く。
そして、みながその声に反応して一斉に動き出した。
カン!カン!カン!
カン、カン、カン!カン!カン!
人々は手に手に農具や金具を持ち、それを打ち鳴らし始めたのだ。
それを合図に林の奥から次々と獣が現れる。
──それは鹿の群れだった。十数匹の鹿が柵を飛び越えて畑の中に入ってきた。
カン!カン!
人々は鹿の群れに向かって音を鳴らして威嚇する。
「食べるなこの野郎!」
「あっち行け!あっちへ行けー!」
鹿たちは、やっと顔をだしたばかりの柔らかい野菜の新芽を狙っていた。
「やめろ食べるなっ!」
その鹿たちを追い払おうと、人々は音を鳴らしながら鹿の方に走っていった。
人が近づくと獣はいったん食べるのをやめて逃げていく。けれど、すぐに別の野菜を狙って場所を移すだけだった。
「──?」
クロードはその一連の様子を目撃しながら、村の人々のやっていることに疑問を抱いた。
「…何ですかあれは」
人間と獣の鬼ごっこ
「彼等は何をしているのです?」
「毎夜、あのように野菜を狙う獣を追い払っているのです」
「…だが」
それにしては不自然。
畑を荒らす鹿に対して、人々は音で威嚇するだけ。威嚇するだけで攻撃してこないのだから…わざわざ逃げる必要もない。
悠々と新芽を啄む鹿──
「この畜生め…!」
汗を流し、声をからし、…しかし人々の努力は空回りだ。
「何故、彼等は獣を攻撃しない?」
「あの獣たちが法で守られているからです」
「法…?」
「貴族でない者が、鹿に危害を加えることは禁止されているのですよ」
クロードは知らなかった。
──鹿は、貴族の狩りの獲物。貴族以外の人間が鹿を殺してはいけないのだ。
だから人々は、いくら鹿に畑を荒らされようと殺すことは許されない。音を打ち鳴らして威嚇するしか手段がない。
それが人々を苦しめていることを。
「食べるなあーっ!」
鹿を追い回す人々のなかにローザもいた。
彼女は二つのスコップを手に持って、鹿の横で打ち鳴らす。
鹿は鹿のほうで、鬱陶しそうにゆっくりと隣の芽に移っていった。
「──…」
たしかにこれは喜劇か
「滑稽な風景だ…」
駆け回るローザの姿を目で追いながら、クロードが呟く。
カン、カン、カン......
畑に響く耳障りなその音が、彼の耳にこびりつく。
そしてその夜……
人と鹿の可笑しな戦場と化したその場所に、一発の銃弾の音がとどろいた。
翌朝、畑の隅に横たわる獣の死骸が見つかり、村人がひとり、村を管轄(カンカツ)する貴族の館に連行された。
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