緋色ノ叉鬼

越子

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二十一、本州のヒグマ

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「まあ! 本当に私の顔が元通りになったわ! 綺麗な私に戻ったのね」

 松平旅館の若女将である美弥子が、鏡に映る傷一つ無い白い肌を様々な角度から眺めては自身の容姿にうっとりとしている。

 大和たちは立山の神と別れると、そのまま松平旅館に戻り滞在することにした。

 清兵衛が摘んだ鬼神薬を乾燥させて薬を作る為だ。

 梅雨が明け、真夏の炎天下が続いたせいか通常は薬の完成に一週間を要するが、今回はたったの三日間で薬を作ることが出来た。

 そうして早速、顔に深い傷を負い、傷心した美弥子に清兵衛が薬を飲ませたところだった。

「美弥子さん、良かったですね」

 穏やかな口調で清兵衛が言ったが、それに反して表情は若干辛そうに見える。

「清兵衛さん、本当にありがとう! この薬を母にも飲ませたいわ。お願い!」

 美弥子は興奮気味に清兵衛の手を取って懇願した。だが、清兵衛は首を縦に振らなかった。

「……え? 清兵衛さん、どうして……!?」

「美枝さんは心労で身体が弱っているだけです。治らない病気ではありません。薬ではなく、自分の力で立ち直ってもらいたいのです。それに、本当は――」

 ――本当は美弥子さん、貴方にもこの薬を使いたくなかった。

「え? 清兵衛さん、今何て言ったの?」

 美弥子は清兵衛の顔を見ると、彼の表情に自分でも分からないが妙な罪悪感を感じてしまった。彼女は黙って俯くと彼の手をそっと放した。

「……おい、……あの……女将、昼飯の用意が出来た……」

 美弥子の背後から陰気な顔をした男が、ぼそぼそと話しかけてきた。

「あ……もうそんな時間なのね。あ、ありがとう。……小田さん」

 美弥子は少し怯えた様子で、よそよそしく彼にお礼を言うと、足早に部屋を出た。

「丈留さん。此処にはもう慣れましたか?」

 部屋に残された清兵衛が丈留に向かって言うと、丈留は僅かに片眉を吊り上げた。

「これが慣れたように見えるか!?」

「はは……ですよねー。まあまあ焦らずゆっくりといきましょう。たっちゃんも貴方に会いに此処へ来てくれることですし」

「……ああ……そうしてみる……」

 清兵衛が達樹の名前を出すと、丈留の表情が和らいだ。

 彼らが立山を下りている時、達樹は居場所が無くなった丈留の身を案じて松平旅館で働くことを勧めた。勿論、人間嫌いな丈留本人は「よりによって接客業なんて出来るものか!」と反対したが、達樹の「お前は人が嫌いなのではない。人を知らないだけだ。向き不向きなんてやってみなければ分からない。俺も休みの日には顔を出す」というような熱心な説得により、「お、お前が来てくれるなら……」と丈留は松平旅館で働く事を渋々ではあるが決心をした。

 初めて自分自身を見てくれる達樹に丈留は戸惑っていたが、不思議と嫌な気分ではなかった。

「俺は、お前を二度と見捨てない」

(二度と、ってなんだよ? 俺はお前なんて知らない)

 そう思いながらも達樹の真っ直ぐな言葉がこそばゆくて、丈留の口元が僅かに緩んでしまう。

 彼らが旅館に着くなり、若女将である美弥子は、旅館の従業員として紹介された丈留の顔を見て、怪訝な顔になったが人手が足りていない実情に拒否することはなかった。初対面の印象が悪かった為、ぎこちなく二人の仲は良好とは言い難いものだったが、

「母が元気になるまで私が一人で接客するので、小田さんは裏方をお願いします」

 陰気な丈留を人前には出せないと判断した美弥子の提案には、彼も「助かる」と快く賛同した。

 そんな二人の様子を達樹は満足そうに眺めて、「また来るよ」と旅館を後にしたのだった。
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