緋色ノ叉鬼

越子

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二十一、本州のヒグマ

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「大和、本当に鬼神草は使わぬのか? 辰巳をあのままにしても、本当に良いのか?」

 達樹と右京が対面していた時、同じように部屋では山神と大和が向き合っていた。決して責めているわけではないが、山神は大和の手をがっちりと掴んで彼を直視した。

 大和も目を逸らすことなく、不安気な山神を見る。よっぽど辰巳の事が心配なのだろう。彼女の瞳は潤んでいた。

「すまねス。どうしても、許せねえんだ……辰巳さんにはわりども、胸糞わりぐて俺は使えね」

 そう言って割れ物を扱うように、大和は慎重に山神の手を握り返す。彼の優しさは彼女も嫌というほど知っていた。だからこそ、彼女は不安だったのだ。

(鬼神草は辰巳だけではない。大和、お前の命も救えるかもしれぬのじゃぞ!?)

 万が一、鬼神草無しで鬼熊を倒したとしても、鬼熊と共に大和も死んでしまう。だが、鬼神草があれば大和の命が助かるかもしれない、と山神は考えていたのだ。

(お前は誰かが死ぬくらいなら、喜んで自分の命を差し出すんじゃろうな……)

「……ふん。……愚か者め……」

 今の大和に掛ける、精一杯の言葉だった。

「二人の世界になっているどこわりいども、俺のこと忘れてねが?」

 手を握り合いながら二人が横を見ると、胡座をかいた佐介が冷めた目で見ていた。

「やっと俺どこ見たな。大和、おの気持ちはわがった! へば俺さ任せどけ!」

 胸をドンッと叩いた佐介は、そのままスッと立ち上がると部屋を出ていった。

「……なんじゃ? あいつは!?」

 山神がキョトンと佐介が出て行った部屋の戸を見つめていると、入れ替わるように右京が部屋に入ってきた。

「右京。今まで、どさ行ってらったんだ?」

 大和が山神の手を握りしめたまま右京に言ったものだから、右京は「佐介が出て行くわけだ。お邪魔だった?」と誂うように笑った。

 ――数分後、佐介も何食わぬ顔で戻る。彼曰く、「厠さ行ってだ」とのことだ。

 部屋に四人が揃ったところで、右京は達樹から聞いた話を皆に伝えた。

「――ついにあの鬼熊が、秋田さ現れだって事だな……」

 佐介は拳を強く握りしめた。手の甲には太い血管が浮き出ている。

「お前ら、急いで秋田に戻るぞ!」

 もう、ここに居る理由はない。彼らは顔を見合わせて頷いた。



 ◇ ◇ ◇



 翌日、大和たちは秋田へ帰るため松平旅館を後にした。彼らを笑顔で見送った清兵衛を見て、美弥子が不思議そうな顔をした。

「大和さん達との別れなのに、不思議ね? 清兵衛さんの表情が何だか普段より明るいわ」

 美弥子に言われ、清兵衛はゆっくりと振り向いて答えた。

「そうでしょうか? だとすれば、私に共犯者が出来たからですかね……」

「……え!?」

 優しさに満ちているはずの彼から物騒な言葉を聞いた美弥子は、聞き間違いかと思い聞き返したが、清兵衛は何も答えず木箱を背負うと、彼女にお辞儀をした。

「私も家に帰ります。美弥子さん、旅館だけではなく、どうかお母さんも大切にしてくださいね」

「は、はい……。清兵衛さんも、どうぞお元気で……」

 彼の歩き去る姿を呆然と見ていた美弥子だったが

「お、女将さん……そろそろ客が来る頃じゃないのか?」

 旅館から聞こえる丈留の小さい声に、彼女は肌身離さず持ち歩いている手鏡を見て、自信に満ち溢れる表情に切り替えた。

「そうね! お客様を迎える準備をしましょう」

 美弥子の声が、閑静な松平旅館に響き渡った。
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