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二、撃てないマタギ
四
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金銭が必要になった経緯を佐介が話し始めた。
「親父が死んでから、俺が引き継いで生計どご立てようと思ったんだども、いざ銃どご構えると、身体が震えて撃てねがった。このままだば生活出来ねってことで、去年の六月に俺らが住んでる根子集落のはずれさいる、地主の成田権蔵のとごさ金銭どご借りようと、妹の佳代とお願いさ行ったっけ、そごの嫡男が佳代さ一目惚れしちまったんだ」
佐介の話では、その嫡男の名は庄吉と言い、彼の歳は二十七になるが、両親に甘やかされて何不自由なく育ったせいか、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる傲慢で我儘な性格だと、巷では有名らしい。そんな彼が、佐介の妹である佳代が欲しい、と求婚をしたとのこと。
「もちろん、俺は断った。したっけ庄吉の奴が強引に条件どご出してきやがったんだ」
それは「金銭は貸す。だが、一年後の六月までに金を返せない場合は否応なく佳代を俺の嫁にする」という条件だった。
「一方的でねが。庄吉とやらの両親は反対しねがったのけ?」
「言ったべ? 庄吉は両親さ甘やかされて育ったんだ。両親だば始終、微笑ましい様子で見でだっけ」
当時を思い出したのか、佐介は顔を顰めた。
「したっけ俺は、この機会どこ逃すわけにはいかね。大和、このとおりだ、頼む。手どこ貸してけれ」
佐介は大和に向かって土下座をした。
「わ、わがった。手を貸す。んだがら早ぐ頭どご上げてけれ!」
大和が困惑しながら佐介の肩に手をかけようとした時、
「やっぱ、お前はいい奴だ!」
突進する勢いで佐介は大和にがばりと抱きついた。
◇ ◇ ◇
夜更けの時、横になって遠慮なく寝ている左介を、山神はやや呆れ顔で見ている。
「山神様も休んでけれ。疲れたすべ」
火の番をしている大和が労るように言った。
「お前は寝ないのか?」
「火どご絶やしてはいげね……俺はマタギだス。一晩くらい寝ねぐても大丈夫だス。朝方になんぼか仮眠すっけな」
「同じマタギの奴はいびきをかいて寝ているがな……確かに一日歩き通しで身体が重い。人間の身体は少々不便だな」
山神の膝の上で眠る民子の背中を、彼女が優しく撫でている姿はまるで幼い母親のようだった。その姿に大和の気持ちもほぐされていた。
「しかし人間とは面倒なものだな。儂には『誇り』とやらが『呪い』に聞こえたぞ。お前、本当に奴の熊撃ちを手伝うのか?」
「そのつもりだス。佐介もその妹も困っでら。したっけ助けでやらねえと」
民子を撫でている山神の手が止まった。
「お前の大切な咲希は『此処』に居るのに、他の女の為にお前は動くのか?」
首を傾げて大和が山神に目を向けると、彼女は頬を膨らませて彼を睨んでいた。
「や、山神様? 俺、そんたつもりで……」
――トン、トン、トン、と、マタギ小屋に雨粒が弾く音が響き出すと、その音に合わせて風も強く鳴き始めた。
(山神様は怒っているんだべか? もしかして、これが嫉妬というものだべか?)
このまま悪天候になられてはまずいと思った大和は、懐からある物をチラつかせた。
「こ、これは……!」
山神の不機嫌そうな双眸が徐々に輝きだした――彼女の目の前にはオコゼの干物が床を泳ぐように動いている。
山神は醜いものを好むため、マタギたちはオコゼの干物を常備しており、獲物と遭遇できなかったり、悪天候が続いた時にオコゼの干物をチラつかせて彼女の機嫌をとっていた。
(山神様は、本当にオコゼ顔が好きなんだな……)
迷信だと思っていた大和が一驚している間に、外の音は静かになっていた。
大和はオコゼの干物を懐にしまうと、まだ見たかったのか少し残念そうに指をくわえている山神のあどけない様子に、思わず彼は笑って答えた。
「俺の大切な人だばちゃんと『此処』さ居るすけ」
先ほどまで膨らんでいた山神の頬が、今度は明るく染まった。
「こ、今回だけじゃぞ! 愚か者!」
山神は民子を抱き込むと、大和に背を向けるようにして寝る姿勢になった。
「……山神様、また明日……」
意識が遠退く山神の背後から、低く穏やかな声が聞こえた気がした。
「親父が死んでから、俺が引き継いで生計どご立てようと思ったんだども、いざ銃どご構えると、身体が震えて撃てねがった。このままだば生活出来ねってことで、去年の六月に俺らが住んでる根子集落のはずれさいる、地主の成田権蔵のとごさ金銭どご借りようと、妹の佳代とお願いさ行ったっけ、そごの嫡男が佳代さ一目惚れしちまったんだ」
佐介の話では、その嫡男の名は庄吉と言い、彼の歳は二十七になるが、両親に甘やかされて何不自由なく育ったせいか、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる傲慢で我儘な性格だと、巷では有名らしい。そんな彼が、佐介の妹である佳代が欲しい、と求婚をしたとのこと。
「もちろん、俺は断った。したっけ庄吉の奴が強引に条件どご出してきやがったんだ」
それは「金銭は貸す。だが、一年後の六月までに金を返せない場合は否応なく佳代を俺の嫁にする」という条件だった。
「一方的でねが。庄吉とやらの両親は反対しねがったのけ?」
「言ったべ? 庄吉は両親さ甘やかされて育ったんだ。両親だば始終、微笑ましい様子で見でだっけ」
当時を思い出したのか、佐介は顔を顰めた。
「したっけ俺は、この機会どこ逃すわけにはいかね。大和、このとおりだ、頼む。手どこ貸してけれ」
佐介は大和に向かって土下座をした。
「わ、わがった。手を貸す。んだがら早ぐ頭どご上げてけれ!」
大和が困惑しながら佐介の肩に手をかけようとした時、
「やっぱ、お前はいい奴だ!」
突進する勢いで佐介は大和にがばりと抱きついた。
◇ ◇ ◇
夜更けの時、横になって遠慮なく寝ている左介を、山神はやや呆れ顔で見ている。
「山神様も休んでけれ。疲れたすべ」
火の番をしている大和が労るように言った。
「お前は寝ないのか?」
「火どご絶やしてはいげね……俺はマタギだス。一晩くらい寝ねぐても大丈夫だス。朝方になんぼか仮眠すっけな」
「同じマタギの奴はいびきをかいて寝ているがな……確かに一日歩き通しで身体が重い。人間の身体は少々不便だな」
山神の膝の上で眠る民子の背中を、彼女が優しく撫でている姿はまるで幼い母親のようだった。その姿に大和の気持ちもほぐされていた。
「しかし人間とは面倒なものだな。儂には『誇り』とやらが『呪い』に聞こえたぞ。お前、本当に奴の熊撃ちを手伝うのか?」
「そのつもりだス。佐介もその妹も困っでら。したっけ助けでやらねえと」
民子を撫でている山神の手が止まった。
「お前の大切な咲希は『此処』に居るのに、他の女の為にお前は動くのか?」
首を傾げて大和が山神に目を向けると、彼女は頬を膨らませて彼を睨んでいた。
「や、山神様? 俺、そんたつもりで……」
――トン、トン、トン、と、マタギ小屋に雨粒が弾く音が響き出すと、その音に合わせて風も強く鳴き始めた。
(山神様は怒っているんだべか? もしかして、これが嫉妬というものだべか?)
このまま悪天候になられてはまずいと思った大和は、懐からある物をチラつかせた。
「こ、これは……!」
山神の不機嫌そうな双眸が徐々に輝きだした――彼女の目の前にはオコゼの干物が床を泳ぐように動いている。
山神は醜いものを好むため、マタギたちはオコゼの干物を常備しており、獲物と遭遇できなかったり、悪天候が続いた時にオコゼの干物をチラつかせて彼女の機嫌をとっていた。
(山神様は、本当にオコゼ顔が好きなんだな……)
迷信だと思っていた大和が一驚している間に、外の音は静かになっていた。
大和はオコゼの干物を懐にしまうと、まだ見たかったのか少し残念そうに指をくわえている山神のあどけない様子に、思わず彼は笑って答えた。
「俺の大切な人だばちゃんと『此処』さ居るすけ」
先ほどまで膨らんでいた山神の頬が、今度は明るく染まった。
「こ、今回だけじゃぞ! 愚か者!」
山神は民子を抱き込むと、大和に背を向けるようにして寝る姿勢になった。
「……山神様、また明日……」
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