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五、阿仁鉱山の異人
三
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「参ったな、なんとせば良いべか?」
大和たちは鉱山の町へ着いたが、太一は気を失ったまま目覚めない。日が暮れ始めたので、太一を連れたまま、炭鉱の町で唯一営業していた小さい旅館に入ると
「あいー!? なして三浦さんどこの息子がこさいるんだ!?」
旅館の女将が太一を見て驚いた。
「三浦?」
「んだ。あんたが担いでる男のごとだ。一体なしたんだ?」
三浦とは太一の名字だったらしい。大和は自分が彼を気絶させてしまった、と女将に伝えると、彼女は目を丸くしケラケラと手を降って笑った。
「あんた、騙されるでね。この男、とっくに起ぎでらよ。タヌキ寝入りしてらんだ」
そう言って、女将が思いっきり太一の頭を叩いた。
「い、痛えぇ!!」
涙目になりながら太一は目を開けると「ヘヘッ」と誤魔化すように女将に笑った。
「んだったのが。へばもう下ろすど」
大和はさっと手を放すとズドン、と太一は尻もち着く形で地面に下りた。
「痛えぇぇ!! もっと優しく下ろしてけれよぉぉ。ワァは怪我人だでぇぇ」
太一は尻を擦りながら情けない声で鳴いた。今は折れた前歯よりも尻の方が痛いみたいだ。
「ざまあないな」
山神が仁王立ちして太一を見下ろしている。口は笑っているが、目は笑っていなかった。太一は山神の気まぐれな慈悲で町に連れて来られたが、彼のヘラヘラした態度が気に食わなかったみたいだ。
「太一、あんた、まぁた嘘こいで他人どこ怒らせたんだか?」
女将は目を眇めて言った。心配しているどころか、確実に呆れているようだ。
「自分のケツは自分で拭くんだよ。あんたが居れば商売の邪魔だ。嘘つきはちゃっちゃと出てってけれ」
山神の冷たい目と、女将の冷たい声に、太一は真顔になると「嘘つきじゃねえ」と呟き背中を丸めて宿を出ていった。
「あ……」
大和は呼び止めようとしたが、彼になんて声をかけるべきか分からず黙ってしまった。
「へばへば、お客さん、さっきのは色々とごめんしてけれな」
先程とは打って変わって、にこやかな表情に変わると宿の女将は両手をこすり合わせながら大和たちを歓迎した。ちなみに民子は此処には居ない。炭鉱の町にマタギ宿は無いので流石に熊を連れて行くのは気が引けた。大館の出来事を踏まえて大和は山神を説得し、民子は山で身を潜めて貰うことにした。
「女将さん、此処の町は余所者が住んでても普通なんだスな。太一は青森の人なんだべ?」
大和が珍しく思うのも無理はない。秋田は県外の人を嫌う人が多かった。それは戊辰戦争が影響している。三十七年前、秋田藩は奥羽越列藩同盟を結んでいたが、秋田藩がそれを裏切る形で新政府へ寝返った事により、他県から猛攻撃を受け、多くの人が死んでいた。戊辰戦争は新政府の勝利に終わったが、秋田の残酷な状況は喜べたものではなかった。それ以来、秋田は肩身が狭く、心を閉ざすように余所者を嫌った。大和と咲希が集落で酷い扱いをされていたのも、それが原因だった。実際、二人は何処から来たのか分からないのだが……。
「ああ。んだすね。阿仁鉱山は金、銀、銅が採れる大きな炭鉱場でね、全国各地から仕事を求めて人が集まってくるんだす。余所者は珍しいごとでねな。あ、珍しいといえば、この町さ『異人』も居るすべ」
『異人?』
珍しく、大和と山神の声が重なった。
「んだす。炭鉱技師だが何だが知らねども、ドミニクって人がドイツって国から移住してらんだ」
「異国から来たから異人ってことかの?」
「んだすな。それもあるどもオイ達とは全く違う面っこに驚いたわ。彫りの深い目鼻立ちに、青い眼でよ。同じ人間とは思えねがったわぁ。他に短期で派遣された異国の技師たちがこの旅館を使うんだども、今、そのドミニクって人の娘っ子がこの旅館さ手伝いに来てけでるんだす。器量が良ぐて優しい娘っ子だ。丁度お客さんと同じくらいの歳でねべか」
「青い目……もしかして俺も異国がら来た異人だったのけ!?」
ハッとした大和に、山神は思わず一笑した。
「小僧は、ある意味異人じゃな」
二人の会話に、宿の女将は意味が分からなかったが、愛想笑いをして聞いていた。ふと、彼女の視線が、大和の担いでいる銃に向くと、
「そういやぁ、お客さんはマタギだすか?」
「んだす。阿仁マタギだす」
大和が答えると、何かを思い出した女将の顔が俄に曇りだした。
「さっきの太一のこどだども、マタギと知れば必ずアイツは嘘つき始めるで。アイツの喋る事は信じちゃ駄目だでな」
それだけ伝えると、女将はまたにこやかな顔になり、大和たちを部屋へと案内した。
「ああ、そういやぁ。お二人さんは新婚だべか? 部屋は、一部屋で良いべか?」
大和と山神は思わず顔を合わせると、
「ち、違うス!! 俺たちは兄妹だす!」
(兄妹か……)
大和は慌てて否定すると、山神は目を眇めた。
「んだすか、んだすか。仲の良い兄妹だごと。へば、部屋は一部屋で良がすな」
大和たちは鉱山の町へ着いたが、太一は気を失ったまま目覚めない。日が暮れ始めたので、太一を連れたまま、炭鉱の町で唯一営業していた小さい旅館に入ると
「あいー!? なして三浦さんどこの息子がこさいるんだ!?」
旅館の女将が太一を見て驚いた。
「三浦?」
「んだ。あんたが担いでる男のごとだ。一体なしたんだ?」
三浦とは太一の名字だったらしい。大和は自分が彼を気絶させてしまった、と女将に伝えると、彼女は目を丸くしケラケラと手を降って笑った。
「あんた、騙されるでね。この男、とっくに起ぎでらよ。タヌキ寝入りしてらんだ」
そう言って、女将が思いっきり太一の頭を叩いた。
「い、痛えぇ!!」
涙目になりながら太一は目を開けると「ヘヘッ」と誤魔化すように女将に笑った。
「んだったのが。へばもう下ろすど」
大和はさっと手を放すとズドン、と太一は尻もち着く形で地面に下りた。
「痛えぇぇ!! もっと優しく下ろしてけれよぉぉ。ワァは怪我人だでぇぇ」
太一は尻を擦りながら情けない声で鳴いた。今は折れた前歯よりも尻の方が痛いみたいだ。
「ざまあないな」
山神が仁王立ちして太一を見下ろしている。口は笑っているが、目は笑っていなかった。太一は山神の気まぐれな慈悲で町に連れて来られたが、彼のヘラヘラした態度が気に食わなかったみたいだ。
「太一、あんた、まぁた嘘こいで他人どこ怒らせたんだか?」
女将は目を眇めて言った。心配しているどころか、確実に呆れているようだ。
「自分のケツは自分で拭くんだよ。あんたが居れば商売の邪魔だ。嘘つきはちゃっちゃと出てってけれ」
山神の冷たい目と、女将の冷たい声に、太一は真顔になると「嘘つきじゃねえ」と呟き背中を丸めて宿を出ていった。
「あ……」
大和は呼び止めようとしたが、彼になんて声をかけるべきか分からず黙ってしまった。
「へばへば、お客さん、さっきのは色々とごめんしてけれな」
先程とは打って変わって、にこやかな表情に変わると宿の女将は両手をこすり合わせながら大和たちを歓迎した。ちなみに民子は此処には居ない。炭鉱の町にマタギ宿は無いので流石に熊を連れて行くのは気が引けた。大館の出来事を踏まえて大和は山神を説得し、民子は山で身を潜めて貰うことにした。
「女将さん、此処の町は余所者が住んでても普通なんだスな。太一は青森の人なんだべ?」
大和が珍しく思うのも無理はない。秋田は県外の人を嫌う人が多かった。それは戊辰戦争が影響している。三十七年前、秋田藩は奥羽越列藩同盟を結んでいたが、秋田藩がそれを裏切る形で新政府へ寝返った事により、他県から猛攻撃を受け、多くの人が死んでいた。戊辰戦争は新政府の勝利に終わったが、秋田の残酷な状況は喜べたものではなかった。それ以来、秋田は肩身が狭く、心を閉ざすように余所者を嫌った。大和と咲希が集落で酷い扱いをされていたのも、それが原因だった。実際、二人は何処から来たのか分からないのだが……。
「ああ。んだすね。阿仁鉱山は金、銀、銅が採れる大きな炭鉱場でね、全国各地から仕事を求めて人が集まってくるんだす。余所者は珍しいごとでねな。あ、珍しいといえば、この町さ『異人』も居るすべ」
『異人?』
珍しく、大和と山神の声が重なった。
「んだす。炭鉱技師だが何だが知らねども、ドミニクって人がドイツって国から移住してらんだ」
「異国から来たから異人ってことかの?」
「んだすな。それもあるどもオイ達とは全く違う面っこに驚いたわ。彫りの深い目鼻立ちに、青い眼でよ。同じ人間とは思えねがったわぁ。他に短期で派遣された異国の技師たちがこの旅館を使うんだども、今、そのドミニクって人の娘っ子がこの旅館さ手伝いに来てけでるんだす。器量が良ぐて優しい娘っ子だ。丁度お客さんと同じくらいの歳でねべか」
「青い目……もしかして俺も異国がら来た異人だったのけ!?」
ハッとした大和に、山神は思わず一笑した。
「小僧は、ある意味異人じゃな」
二人の会話に、宿の女将は意味が分からなかったが、愛想笑いをして聞いていた。ふと、彼女の視線が、大和の担いでいる銃に向くと、
「そういやぁ、お客さんはマタギだすか?」
「んだす。阿仁マタギだす」
大和が答えると、何かを思い出した女将の顔が俄に曇りだした。
「さっきの太一のこどだども、マタギと知れば必ずアイツは嘘つき始めるで。アイツの喋る事は信じちゃ駄目だでな」
それだけ伝えると、女将はまたにこやかな顔になり、大和たちを部屋へと案内した。
「ああ、そういやぁ。お二人さんは新婚だべか? 部屋は、一部屋で良いべか?」
大和と山神は思わず顔を合わせると、
「ち、違うス!! 俺たちは兄妹だす!」
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