緋色ノ叉鬼

越子

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五、阿仁鉱山の異人

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(この感情はなんじゃ!?)

 大和が部屋を出ても尚、山神の気分は晴れず悶々としていた。

 ――自分以外の女に目を向ける大和が気に食わない。

 最初はマタギ達が云う『山神の嫉妬』という単純な感情だった。

 だが、毎日オコゼの干物をチラつかせる大和に苛立ったが、何故か少しだけ気持ちが和らいだ。醜い顔のオコゼを見て喜んだのではない。自分を喜ばせようと必死な大和を見て喜んだのだ。だけど、喜びという感情を彼に悟られたくない為、また怒る――その繰り返し。

 咲希の身体に入る前は、山神の感情は全ての生き物に対し平等に、ただ喜び、ただ怒り、ただ哀しみ、ただ楽しむだけだった。なのに今は特定の大和モノに対して喜びと怒りが同時に存在している。彼を許したいのに許したくない。それは言葉では言い表せない感情だった。

(許したところで、小僧はきっと青い目の女に気を向けるのだろう? 咲希わしが一番好きだったのではないのか? 儂と生きるのではないのか?)

 ――憎い。哀しい。切ない。

 大和を想うと胸がズクズクして気持ち悪い。

(これは人間にしかない感情なのか? この小娘の感情なのか? このままじゃ気が滅入ってしまうぞ。小僧、なんとかしてくれ……)

 静寂な部屋に山神が一人。雨が小さな音をたてて、しとしとと泣くのが聞こえるだけだった。



   ◇ ◇ ◇



 町から離れ、近くの山に入ると大和は指笛で民子を呼んだ。民子と離れる前に、指笛で来るように大和が躾けていたのだ。

 何度か指笛を吹いていると、ひょこっと小さい熊が大和の前に姿を現した。その熊の胸元には三日月模様は無い。

「民子、久しぶりだな」

 民子は興奮気味に大和に飛びついた。民子を拾ってから約三ヶ月。当時、二貫程の重さに比べて二、三倍くらい大きくなった身体を大和は難なく受け止める。

「民子、少し重くなったんでねが!? 飯さ困ってねえみてえだな」

 たった数日間しか会っていないのに、大和はまるで我が子の成長を喜ぶ親のようだった。山神が居ないことに気づいた民子は「グゥ……」と小さく喉を鳴らした。

「山神様が居ねぐて、ごめんしてけれな。俺が怒らせてしまった」

 大和は言っても分かるはず無いと知った上で、民子に話し続けた。

「山神様が笑ってくれねえ。このまま、山神様が塞ぎ込んでしまっだら、寂しいとじぇねえな……」

「山神様が俺どこ嫌にうだでくなっても俺は山神様どこ守るし、俺は死ぬまで山神様と一緒に生きる。俺は、山神様の笑顔どこ見てえんだ。んだから、山神様が許してくれるまで俺、絶対に諦めねえど」

 大和が初めて見た山神の顔は胸を刺すような冷たさで、笑った顔も咲希とは程遠いものだった。だが、一緒に過ごすようになって数ヶ月、徐々に山神の表情は柔らかくなり、笑った顔も咲希と重なる事が度々あった。何よりもコロコロと表情を変える彼女に目が離せない。

 いつの間にか大和は彼女に振り回されながらも、癒され、絆されていった。

「俺はもう、山神様のモノだ」

 大和の緋色の目と民子のつぶらな目が合った時、身体に纏わりつくような雨が上がり、民子の背後には薄い虹が架かっているのが見えた。

「虹なんて久しぶりだな」

 一時の晴れ間に、大和は目を細めた。
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