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五、阿仁鉱山の異人
六
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(この感情はなんじゃ!?)
大和が部屋を出ても尚、山神の気分は晴れず悶々としていた。
――自分以外の女に目を向ける大和が気に食わない。
最初はマタギ達が云う『山神の嫉妬』という単純な感情だった。
だが、毎日オコゼの干物をチラつかせる大和に苛立ったが、何故か少しだけ気持ちが和らいだ。醜い顔のオコゼを見て喜んだのではない。自分を喜ばせようと必死な大和を見て喜んだのだ。だけど、喜びという感情を彼に悟られたくない為、また怒る――その繰り返し。
咲希の身体に入る前は、山神の感情は全ての生き物に対し平等に、ただ喜び、ただ怒り、ただ哀しみ、ただ楽しむだけだった。なのに今は特定の大和に対して喜びと怒りが同時に存在している。彼を許したいのに許したくない。それは言葉では言い表せない感情だった。
(許したところで、小僧はきっと青い目の女に気を向けるのだろう? 咲希が一番好きだったのではないのか? 儂と生きるのではないのか?)
――憎い。哀しい。切ない。
大和を想うと胸がズクズクして気持ち悪い。
(これは人間にしかない感情なのか? この小娘の感情なのか? このままじゃ気が滅入ってしまうぞ。小僧、なんとかしてくれ……)
静寂な部屋に山神が一人。雨が小さな音をたてて、しとしとと泣くのが聞こえるだけだった。
◇ ◇ ◇
町から離れ、近くの山に入ると大和は指笛で民子を呼んだ。民子と離れる前に、指笛で来るように大和が躾けていたのだ。
何度か指笛を吹いていると、ひょこっと小さい熊が大和の前に姿を現した。その熊の胸元には三日月模様は無い。
「民子、久しぶりだな」
民子は興奮気味に大和に飛びついた。民子を拾ってから約三ヶ月。当時、二貫程の重さに比べて二、三倍くらい大きくなった身体を大和は難なく受け止める。
「民子、少し重くなったんでねが!? 飯さ困ってねえみてえだな」
たった数日間しか会っていないのに、大和はまるで我が子の成長を喜ぶ親のようだった。山神が居ないことに気づいた民子は「グゥ……」と小さく喉を鳴らした。
「山神様が居ねぐて、ごめんしてけれな。俺が怒らせてしまった」
大和は言っても分かるはず無いと知った上で、民子に話し続けた。
「山神様が笑ってくれねえ。このまま、山神様が塞ぎ込んでしまっだら、寂しいな……」
「山神様が俺どこ嫌になっても俺は山神様どこ守るし、俺は死ぬまで山神様と一緒に生きる。俺は、山神様の笑顔どこ見てえんだ。んだから、山神様が許してくれるまで俺、絶対に諦めねえど」
大和が初めて見た山神の顔は胸を刺すような冷たさで、笑った顔も咲希とは程遠いものだった。だが、一緒に過ごすようになって数ヶ月、徐々に山神の表情は柔らかくなり、笑った顔も咲希と重なる事が度々あった。何よりもコロコロと表情を変える彼女に目が離せない。
いつの間にか大和は彼女に振り回されながらも、癒され、絆されていった。
「俺はもう、山神様のモノだ」
大和の緋色の目と民子のつぶらな目が合った時、身体に纏わりつくような雨が上がり、民子の背後には薄い虹が架かっているのが見えた。
「虹なんて久しぶりだな」
一時の晴れ間に、大和は目を細めた。
大和が部屋を出ても尚、山神の気分は晴れず悶々としていた。
――自分以外の女に目を向ける大和が気に食わない。
最初はマタギ達が云う『山神の嫉妬』という単純な感情だった。
だが、毎日オコゼの干物をチラつかせる大和に苛立ったが、何故か少しだけ気持ちが和らいだ。醜い顔のオコゼを見て喜んだのではない。自分を喜ばせようと必死な大和を見て喜んだのだ。だけど、喜びという感情を彼に悟られたくない為、また怒る――その繰り返し。
咲希の身体に入る前は、山神の感情は全ての生き物に対し平等に、ただ喜び、ただ怒り、ただ哀しみ、ただ楽しむだけだった。なのに今は特定の大和に対して喜びと怒りが同時に存在している。彼を許したいのに許したくない。それは言葉では言い表せない感情だった。
(許したところで、小僧はきっと青い目の女に気を向けるのだろう? 咲希が一番好きだったのではないのか? 儂と生きるのではないのか?)
――憎い。哀しい。切ない。
大和を想うと胸がズクズクして気持ち悪い。
(これは人間にしかない感情なのか? この小娘の感情なのか? このままじゃ気が滅入ってしまうぞ。小僧、なんとかしてくれ……)
静寂な部屋に山神が一人。雨が小さな音をたてて、しとしとと泣くのが聞こえるだけだった。
◇ ◇ ◇
町から離れ、近くの山に入ると大和は指笛で民子を呼んだ。民子と離れる前に、指笛で来るように大和が躾けていたのだ。
何度か指笛を吹いていると、ひょこっと小さい熊が大和の前に姿を現した。その熊の胸元には三日月模様は無い。
「民子、久しぶりだな」
民子は興奮気味に大和に飛びついた。民子を拾ってから約三ヶ月。当時、二貫程の重さに比べて二、三倍くらい大きくなった身体を大和は難なく受け止める。
「民子、少し重くなったんでねが!? 飯さ困ってねえみてえだな」
たった数日間しか会っていないのに、大和はまるで我が子の成長を喜ぶ親のようだった。山神が居ないことに気づいた民子は「グゥ……」と小さく喉を鳴らした。
「山神様が居ねぐて、ごめんしてけれな。俺が怒らせてしまった」
大和は言っても分かるはず無いと知った上で、民子に話し続けた。
「山神様が笑ってくれねえ。このまま、山神様が塞ぎ込んでしまっだら、寂しいな……」
「山神様が俺どこ嫌になっても俺は山神様どこ守るし、俺は死ぬまで山神様と一緒に生きる。俺は、山神様の笑顔どこ見てえんだ。んだから、山神様が許してくれるまで俺、絶対に諦めねえど」
大和が初めて見た山神の顔は胸を刺すような冷たさで、笑った顔も咲希とは程遠いものだった。だが、一緒に過ごすようになって数ヶ月、徐々に山神の表情は柔らかくなり、笑った顔も咲希と重なる事が度々あった。何よりもコロコロと表情を変える彼女に目が離せない。
いつの間にか大和は彼女に振り回されながらも、癒され、絆されていった。
「俺はもう、山神様のモノだ」
大和の緋色の目と民子のつぶらな目が合った時、身体に纏わりつくような雨が上がり、民子の背後には薄い虹が架かっているのが見えた。
「虹なんて久しぶりだな」
一時の晴れ間に、大和は目を細めた。
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