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七、禁忌の子
六
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――十八年くらい前のことだった。
当時、歳が二十だったキヨとハルは湯沢にある遊郭にいた。二人は同期ということもあり、気の知れた仲で色んな話をしては笑い合っていた。家が貧しかったキヨは親に売られる形で遊郭に入ったが、ハルは違うようだった。キヨが何度も経緯を聞こうとしたが、この事に関しては彼女は無言を貫いていた。
「んだども、アタシな、知ってしまっだんだ」
遊郭の中でも器量が良くて客に人気だったハルだったが、ある時期を境に一人の客にしか接待しなくなっていた。その客は『松田武雄』という名の、庶民にしては小綺麗で端正な顔立ちをしていた。無駄のない仕草と言葉少ない態度は遊び人にも、女好きにも見えず、この辺の客としては少し変わっていた。
武雄は他の遊女には無関心だったが、ハルとキヨにだけは笑顔で話しかけてくれた。
キヨは自分を特別扱いしてくれる武雄に興味を持ち、次第に好意を抱いてしまったのだが、武雄はいつも決まった曜日、決まった時間に店に来ると、決まってハルを指名していた。
そんなある日、面白くないと思ったキヨは、二人の部屋にこっそりと聞き耳を立てると、耳を疑うような会話が聞こえてきた。
――ハル、家さ戻って来い。親のことだば俺が何とかするっけ。
――そいだば出来ね。だってアタシ、悪い子だっけ……。
――お前のせいでね。俺もお前どこ、愛してらんだ。これからのごと、二人で考えるべし。
――兄さん……実はアタシ、腹の中に兄さんの子が……。
キヨの頭の中が真っ白になり、ここから先の会話は聞こえなくなった。
「おハルちゃんは実の兄を愛し、恐ろしいごとに兄の子を孕んだんだ」
「近親相姦……」
辰巳は重苦しい顔で、山神を見た。彼女も黙って辰巳を見つめていた。
(山神様、もしかして知ってらっだんだが!?)
二人の様子に目もくれず、キヨは当時の事を話し続ける。
「アタシ、このままだばいけねと思っで女将さ告げだんだ」
ハルたちの事を知った女将はすぐに武雄を出禁にし、子を堕ろそうとハルを監禁した。
だが数日後、監禁した部屋からハルの姿が消えていた――。
「きっとアタシが聞いた日に、二人で逃げようと企ててたんだな。赦されねごとだべ。おハルちゃんと武雄さんどこ、引き離しでがったなぁ。おハルちゃんは不幸な女だよ。死んだ方が幸せってやつだべな」
「儂はてっきり、おぬしはハルという女に好意的かと思ったのじゃが、違うのか?」
キヨは薄ら笑いを浮かべてから、目の色を変えてハルの面影を睨む――彼女が鬼のような形相になると共に、空気が一変した。
「おハルちゃんはアタシを裏切った!! アタシの好きだった武雄さんどこ奪った挙げ句に、近親相姦!? アハッ!? そういえば、おがしくねが!? なして、居ねぐなったおハルちゃんがまたアタシの目の前さ居るんだ!?」
「咲希、危ねえ!!」
キヨは懐に隠していた包丁を出すと、山神に向かって振りかざした。辰巳が彼女の前を阻んでそれを止め、彼女から包丁を奪う。
「キヨさん、そいだば逆恨みでねが!? この子に罪はねえ。ハルさんだって苦しんでたんでねが!?」
「辰巳さんまで、こんた女の味方すんのけ!? 辰巳さん、アタシどこ好きでねえのけ!?」
辰巳は驚いて言葉を失った――何がどうして、そうなる!?
「だって、アタシさ熱い視線したっだねが!? 腰抜かしたアタシに優しくしてけだねが!? 労ってけだねが!?」
発狂するキヨの目は充血していた。どう返して良いか辰巳は狼狽していると
「はははは!! 勘違いも甚だしい!! 醜い、実に醜いのう! 儂は醜い女は好きじゃぞ」
――キヨに向けた視線は、親心からくる不安の視線だった。
――腰を抜かした人を黙って見過ごせるような男ではなかった。
――労ったのは、キヨに何か辛い過去があったと思ったからだ。
全て辰巳の優しさであり、キヨに好意があってそうしたわけでは無い。
キヨは昔から思い込みの激しいところがあったようだ。そして、自分の顔にコンプレックスを持っていたのか、「醜い」という言葉を聞くと赤ら顔になり目を吊り上げた。
「アンタにアタシの何がわがる!?」
「何も知らないね。儂はおぬしのことを見て言ったまでじゃ」
「キヨさん、まんず落ち着いてけれ! 山神様、そんたに煽らねでけれ!」
辰巳は殺気立ったキヨを宥めようとしたが、キヨは外に出ると鬼壁山に向かって甲高い声で叫んだ。
「あいクソ、ニギィィィィィ!! クソニギィィィィィ!!」
彼女の異常な挙動に驚いた辰巳は外に出ると、目を疑った。
「熊だ……」
叫んでいた彼女は忽然と姿を消し、代わりに重さ五十貫程の雌熊が姿を現していた。
熊は辰巳を見据えて威嚇していた。
当時、歳が二十だったキヨとハルは湯沢にある遊郭にいた。二人は同期ということもあり、気の知れた仲で色んな話をしては笑い合っていた。家が貧しかったキヨは親に売られる形で遊郭に入ったが、ハルは違うようだった。キヨが何度も経緯を聞こうとしたが、この事に関しては彼女は無言を貫いていた。
「んだども、アタシな、知ってしまっだんだ」
遊郭の中でも器量が良くて客に人気だったハルだったが、ある時期を境に一人の客にしか接待しなくなっていた。その客は『松田武雄』という名の、庶民にしては小綺麗で端正な顔立ちをしていた。無駄のない仕草と言葉少ない態度は遊び人にも、女好きにも見えず、この辺の客としては少し変わっていた。
武雄は他の遊女には無関心だったが、ハルとキヨにだけは笑顔で話しかけてくれた。
キヨは自分を特別扱いしてくれる武雄に興味を持ち、次第に好意を抱いてしまったのだが、武雄はいつも決まった曜日、決まった時間に店に来ると、決まってハルを指名していた。
そんなある日、面白くないと思ったキヨは、二人の部屋にこっそりと聞き耳を立てると、耳を疑うような会話が聞こえてきた。
――ハル、家さ戻って来い。親のことだば俺が何とかするっけ。
――そいだば出来ね。だってアタシ、悪い子だっけ……。
――お前のせいでね。俺もお前どこ、愛してらんだ。これからのごと、二人で考えるべし。
――兄さん……実はアタシ、腹の中に兄さんの子が……。
キヨの頭の中が真っ白になり、ここから先の会話は聞こえなくなった。
「おハルちゃんは実の兄を愛し、恐ろしいごとに兄の子を孕んだんだ」
「近親相姦……」
辰巳は重苦しい顔で、山神を見た。彼女も黙って辰巳を見つめていた。
(山神様、もしかして知ってらっだんだが!?)
二人の様子に目もくれず、キヨは当時の事を話し続ける。
「アタシ、このままだばいけねと思っで女将さ告げだんだ」
ハルたちの事を知った女将はすぐに武雄を出禁にし、子を堕ろそうとハルを監禁した。
だが数日後、監禁した部屋からハルの姿が消えていた――。
「きっとアタシが聞いた日に、二人で逃げようと企ててたんだな。赦されねごとだべ。おハルちゃんと武雄さんどこ、引き離しでがったなぁ。おハルちゃんは不幸な女だよ。死んだ方が幸せってやつだべな」
「儂はてっきり、おぬしはハルという女に好意的かと思ったのじゃが、違うのか?」
キヨは薄ら笑いを浮かべてから、目の色を変えてハルの面影を睨む――彼女が鬼のような形相になると共に、空気が一変した。
「おハルちゃんはアタシを裏切った!! アタシの好きだった武雄さんどこ奪った挙げ句に、近親相姦!? アハッ!? そういえば、おがしくねが!? なして、居ねぐなったおハルちゃんがまたアタシの目の前さ居るんだ!?」
「咲希、危ねえ!!」
キヨは懐に隠していた包丁を出すと、山神に向かって振りかざした。辰巳が彼女の前を阻んでそれを止め、彼女から包丁を奪う。
「キヨさん、そいだば逆恨みでねが!? この子に罪はねえ。ハルさんだって苦しんでたんでねが!?」
「辰巳さんまで、こんた女の味方すんのけ!? 辰巳さん、アタシどこ好きでねえのけ!?」
辰巳は驚いて言葉を失った――何がどうして、そうなる!?
「だって、アタシさ熱い視線したっだねが!? 腰抜かしたアタシに優しくしてけだねが!? 労ってけだねが!?」
発狂するキヨの目は充血していた。どう返して良いか辰巳は狼狽していると
「はははは!! 勘違いも甚だしい!! 醜い、実に醜いのう! 儂は醜い女は好きじゃぞ」
――キヨに向けた視線は、親心からくる不安の視線だった。
――腰を抜かした人を黙って見過ごせるような男ではなかった。
――労ったのは、キヨに何か辛い過去があったと思ったからだ。
全て辰巳の優しさであり、キヨに好意があってそうしたわけでは無い。
キヨは昔から思い込みの激しいところがあったようだ。そして、自分の顔にコンプレックスを持っていたのか、「醜い」という言葉を聞くと赤ら顔になり目を吊り上げた。
「アンタにアタシの何がわがる!?」
「何も知らないね。儂はおぬしのことを見て言ったまでじゃ」
「キヨさん、まんず落ち着いてけれ! 山神様、そんたに煽らねでけれ!」
辰巳は殺気立ったキヨを宥めようとしたが、キヨは外に出ると鬼壁山に向かって甲高い声で叫んだ。
「あいクソ、ニギィィィィィ!! クソニギィィィィィ!!」
彼女の異常な挙動に驚いた辰巳は外に出ると、目を疑った。
「熊だ……」
叫んでいた彼女は忽然と姿を消し、代わりに重さ五十貫程の雌熊が姿を現していた。
熊は辰巳を見据えて威嚇していた。
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