緋色ノ叉鬼

越子

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二十、優先順位

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 一瞬で風景が変わった。

 辺りは霧に包まれており、地面は硬い岩だった。何よりも血生臭い。大和たちは耐えられずに鼻を押さえた。

「人間たちに気付かれないよう、毎回場所を変えているんだ。そして、今回ここが鬼神草を生やしている場所だよ」

 そう言うと立山の神はある方向を示した。大和たちはその方向に目を向けると皆一斉に強張った。

 ――これは!?

 そこは地獄絵図を見ているかのように沢山の人々が岩の地面に横たわり、血塗れで死んでいた。

「もしかして、あれは鬼神草? ああ、なんてことを……」

 清兵衛は疑いながらも死人に近づくと、弱々しくしゃがみ込んで死体から生えている真っ赤な草に手を触れた。

「やはり、そういう事じゃったのか……」

 山神が苦々しく答えるだけで、皆は言葉を失っている。

「山神、そういう事だよ。私の熊に殺された人間は皆、鬼神草になるんだ。人間に善悪があるように、この草にも善悪がある。結局は人間次第だけどね」

 人の命を救う万能薬になるか、人の命を絶やす猛毒になるか、人間の使い方次第ってこと――。立山の神は、そう付け加えた。

「――十八年前、なぜ貴方は私と父にこの草を教えてくれたのですか? 貴方は神なのでしょう? 神は人を救うのでしょう?」

 清兵衛の言葉に、立山の神はわざとらしく驚いた顔を見せた。

「いつ、誰が、神が人を救うと言いました? 私はただ、君たちが善人であるから善い行いをしたまでですよ。結局、悪人に根こそぎ鬼神草を採られちゃいましけどね」

 そう。つまり、逆も然り。どうやら立山の神は善には善を、悪には悪を、という考えを持っているらしい。そして神の熊である白い熊も、そうだった。ほんの僅かでも自分に殺意を向ける人間に、殺意を持って襲っていたのだ。美枝が無事だったのは、山神の憶測どおり彼女に意識がなかったからだ。

「丈留、といいましたね。君は当初、自分以外の人間に嫌悪を抱いていたね。この光景を見せた時の君の反応は新鮮で面白かった」

 だから何だ? と言いたげに丈留は立山の神を睨みつけた。

「結局、殺したい人間の命を救ってしまったみたいだけど、今はどうだい? 今度こそ殺したいかい?」

 立山の神の言葉に「勿論だ」と答えたかったのに、口が言うことを聞かず、視線は自分を助けてくれた達樹に向いていた。達樹は、黙って丈留を見据えている。

「……もう、いい……もう、疲れた……」

 達樹から目を逸らし、丈留は小さく呟くと力無く俯いてしまった。それを見た達樹は僅かに目元を垂らした。

「そう……無気力な人間は面白くないな。だけど」

 今度はマタギの男三人に目を向けると、立山の神は口角を上げた。

「何か私に言いたそうだね。君たち」

「ああ。お、山の神様だども、俺はおどこ嫌いだ!」

 発したのは大和だった。佐介と右京は目を丸めて彼を見た。山の神に従順であるはずの大和は苦痛に耐えながら緋色の双眸で立山の神を真っ直ぐに睨みつけている。だが、彼の双眸の色に気付いた立山の神は目を見開いて喜んだ。

「君、もしかして神の子か!? あの鬼熊を撃つという、神の子か!? はは。ということは、鬼熊を倒す為に此処まで来たんだね!?」

「違う! 神の子でね! 俺はただのマタギだ!」

「ふふ。神の子がマタギとは、これまた一興」

「おぬし、いい加減にしろ。大和で遊んでいいのは儂だけじゃ」

 山神も山神で、睨みつけて立山の神に不快感を示していた。だけど、そんな彼女の態度を嬉しそうに見つめて彼は彼女に近寄ると、今度は彼女の頬を無遠慮に撫でた。

「ふふ。この姿、この表情、人間の貴方は愛らしいね」

「おぬし、儂で遊ぶな!!」

 突然、冷たい旋風が発生し、死体から生えている鬼神草が風に揺れて煩く暴れ出した。

「あーあ、嫌われちゃったかな。私は今、せっかく善意で動いているのにな……まあ、いいです」

 それはそうと、と言って立山の神は本題に入る。

「そして? 君たちはこの鬼神草をどうするの? 持って行くの? 行かないの? 私の事はともかく、鬼熊を倒す為に来たのでしょう?」

「こんた事だば、俺は鬼神草はいらね!」

「これはこれは……想定外ですね」

 大和は山神の手を引っ張り、自分を凝視する立山の神から、見えないように自分の背中に彼女を隠した。

「大和! 辰巳はどうするのじゃ!? ずっとあのままじゃぞ!?」

 今度は山神が大和の手を握り返して、自分の方に顔を向けさせた。

「だども、鬼神草が人の命で出来てるなんて知ったら、辰巳さん気どこ悪くするんでねが? ……少なくとも、俺は気分が悪い」

「そうじゃが……儂は辰巳を……」

 そう言うと、山神は俯いてしまった。佐介と右京も互いに目を逸らしている。

 ――助かるかもしれない命。だけど、誰かの犠牲で成り立っていたなんて……。ここまで来たのに、どうしたら良いんだ!?

「――私は! 鬼神草が欲しいです!」

 立山の神に向けて叫んだのは清兵衛だった。

「私は、今生きている人の命を救いたい!! 今、生きている人を優先したいんです!!」

 人の命で、人の命を繋ぐ。確かに残酷だが、そういう選択も悪くはない。清兵衛の迷いなき眼差しに立山の神は綺麗な顔で微笑んだ。

「君は変わりませんね。良いでしょう。好きなだけ持っていきなさい。まだ死体に生えたままの若草ですが、効果は充分にありますよ――」

「……ありがとうございます……」

 死体に手を合わせた後、唇を噛み締めて黙々と鬼神草を摘む清兵衛を、全員止めることなく黙って見守っていた。
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