悪役令嬢に転生したけど、知らぬ間にバッドエンド回避してました

神村結美

文字の大きさ
13 / 14

13

しおりを挟む
 キャサリンとの約束通り、今日は見学のために一緒に騎士団にやってきた。キャサリンの侍女が差し入れ用の大量のクッキーを籠に入れて持っている。入り口手前にある建物で手続きをして、入り口に立っている警備兵に許可証を見せて中へ。見学の際の注意事項などを簡単に説明された後、見学専用の通路を通って訓練場に向かう。

 近衛騎士団も、第一騎士団から第三騎士団も仕事の内容は異なっているが、勤務時間はシフトで決められているとのこと。近衛騎士団は国王直属の騎士団で、王家や重鎮、他国からの賓客の護衛が主な仕事。第一騎士団から第三騎士団は国に属する組織で、要人警護、犯罪の取り締まり、開拓地の調査や国境の警備など幅広く担っている。新人や実力が低い者は狙われやすく、警備の穴となってしまう可能性から、毎日シフトも配置も組み合わせもランダムに変えているようだ。もちろんシフトは公開されていない。

 だから騎士団の訓練を見に行っても、お目当ての騎士がいないこともあるらしい。ルイスは近衛の副騎士団長なので特定の時間にはいつもいると馬車の中でキャサリンから説明を受けていた。



 訓練場に着くと見学席には複数の令嬢のグループやご婦人が居て、見やすい位置に座って雑談をしながら見学している。

 そんな中、1人だけ全体が見渡せる場所に座り、真剣に見学している令嬢が目に入った。クローデットは直接話したことはなかったが、クラスメイトなので名前は覚えていた。

「キャサリン様、あちらにいらっしゃるのは、レイラ・シモンズ様ですよね? 彼女も頻繁に騎士団に見学に来られるの?」

「えぇ。よくお見かけするわ~。彼女はいつもあちらの席で見学してるのよ~」

「そうなのね」

 見学席にいる令嬢達は皆ドレス姿であるが、シモンズ伯爵令嬢は他の令嬢とは違い、髪はポニーテールにして、シンプルな乗馬服を身につけている。この中では目立ってしまっているが、それを狙っているわけではなさそうだった。

 シモンズ伯爵令嬢がクローデットの視線に気づき、目が合う。シモンズ伯爵令嬢から笑顔で会釈をされたので、クローデットはせっかくの機会にと、シモンズ伯爵令嬢のもとに向かうことにした。キャサリンは何も言わずに後ろをついてきている。

「ごきげんよう、シモンズ様」

「ごきげんよう、アルトー様、リッチモンド様」

 シモンズ伯爵令嬢の周りには誰も座っていない。後ろの方の席であるため、他の令嬢達からも注目を浴びることもなく、邪魔にもならなそうである。

「ご一緒してもよろしいかしら?」

「えぇ、どうぞ」

 シモンズ伯爵の隣にクローデットが、その横にキャサリンが腰掛ける。

「シモンズ様もよく見学にいらっしゃるとキャサリン様から聞いたのですが、どなたかお目当ての騎士様がいらっしゃるの?」

「いえ、私の騎士団の見学の目的は訓練や剣術に興味があるからです。将来は女騎士になって王妃殿下の護衛に就きたいと思っているのです」

「まぁ、そうなのね。素敵な目標ですわ」

 シモンズ伯爵令嬢の手は令嬢に求められる白魚のような手ではなく、少し皮が厚くなっているように見える。傷もあるようだが、目標に向かって努力している姿はカッコ良いとクローデットは思う。

「ありがとうございます。アルトー様が見学にいらっしゃるのは珍しいですよね?」

「えぇ、キャサリン様に誘われたの。初めて来たけれど、なんというか想像していたものと違うのね。皆さんは対人戦というか模擬試合のようなものを見学しに来ているのかと思っていたわ」

「剣術大会や催しでの華々しい印象が強いですから、それを求めて見学に来る令嬢は確かに多いですね。思っていたのと違って見学に来なくなった令嬢もいると思います。今いる見学者の多くは騎士のご家族や婚約者や恋人、もしくは騎士の誰かと縁を繋ぎたいとか筋肉が好きな方とかが多いので、あまり華々しくなくても気にされないのだと思います」

「そうね~騎士団の見学は許されているけれど、見学する令嬢のための訓練ではないのだから、走り込みや筋トレ、盾の練習は欠かせないわよ~。もちろん刃を潰した剣での打ち合いや模擬戦も行ってはいるけれど~、見学できる時間帯にはあまり見せていないわね~」

「あら、どうして?」

「個人の癖や得手不得手もわかってしまうのは危険ですからね」

 クローデットは2人から聞かせてもらう話に納得した。その後は騎士団の訓練の見学をしながら他愛のない話をして仲良くなった。クローデットとキャサリンはレイラと呼び、レイラも2人をファーストネームで呼ぶことになった。なお、キャサリンとレイラは途中から筋肉の話で意気投合し、すっかり盛り上がってしまった。クローデットは2人の話にはついていけなかったが、楽しそうな2人の話を聞くことに専念した。



 ある程度時間が経ったところで、歓声があがり、ルイスが訓練場に現れた。騎士の何人かと話をした後に、その中の若めの1人と軽く打ち合いを始めた。ルイスの動きには無駄がなく、打ち合っていた騎士は途中から受け流すのに必死になっていた。最後は防ぐのが間に合わなかったようで、ルイスが剣を騎士の首の近くで寸止めしている。

 クローデットは、さすがルイスだと思った。ルイスは天才と呼ばれており、学園は飛び級で卒業し、若くして副騎士団長になっているのだ。ルイスはその騎士に幾つかアドバイスをしているらしく、打ち合いをしていた騎士は目をキラキラさせて嬉しそうに見える。その後は休憩とされたようで、何人かの騎士が見学席に近づいてきている。


 ちょっとした黄色い悲鳴が聞こえたので何事かと思ったら、クローデットの視覚外から声が聞こえた。

「よぉ、クローデットじゃないか? 騎士団の見学に来るなんて珍しいな。どうしたんだ?」

 振り返るといつの間にかルイスが立っていた。見学席にクローデットが居たことに気づいてやってきたらしい。見学席にいるルイスの様子が珍しいのか、見学席がザワザワとしていて、注目の的である。

「ごきげんよう、ルイス。お久しぶりね。今日はキャサリン様に誘われたの」

 クローデットの言葉に、ルイスは彼女が一緒にいる2人に視線をやる。キャサリン・リッチモンド公爵令嬢とレイラ・シモンズ伯爵令嬢である。ルイスは副騎士団長なだけあって、騎士団の見学者についてはしっかり情報を入れているので、問題ないと判断した。

「ごきげんよう~、ラギエ副騎士団長」

「キャサリン嬢、いつも差し入れをありがとう。騎士達も喜んでいる」

「まぁ、それは嬉しいわ~。本日の差し入れのお菓子はクローデット様に教えていただいた新作ですの~。ぜひ騎士団の皆さんとお召し上がりになって~」

 キャサリンの侍女から籠を受け取ったキャサリンがルイスに渡す。籠を受け取ったルイスは早速蓋を開ける。

「ありがとう。なんか変わった模様をしているが、これはクッキーか?」

 ルイスは初めて目にするお菓子に興味津々である。一枚を手に取って、ひっくり返したりしてクッキーを見ている。

「えぇ~、色がついている部分にはお野菜が入っていて~、普通のクッキー生地を重ね合わせているんですわ~」

「へぇ、野菜? 一枚いただこう。……これは、うまいな」

「私もクローデット様にいただいて~、一瞬で虜になりましたの~。お野菜が入ってるなんてそれだけで斬新ですのに、とても美味しいクッキーですもの~。たくさん食べたくなってしまいますわ~」

「あぁ。これは取り合いになりそうだ……なぁ、クローデット、このお菓子の作り方、うちの料理人にも教えてもらえないか?」

「えぇ、よろしくてよ。叔母様宛のお手紙に同封しておきますわ」

「助かる。おっと…そろそろ休憩時間が終わるな。キャサリン嬢も美味しい差し入れをありがとう」

 それだけ言うと、ルイスはさっさと籠を持ってその場を離れていった。

「さて、私たちもお菓子をいただきましょう」

 クローデットは自分たち用の野菜クッキーも持参していた。もちろんキャサリンに教えたのとは別の味である。クッキーは多めに作っていたので、レイラが増えても問題はない。レイラは野菜クッキーがすごく気になっていたらしく、すごく喜んでいる。美味しかったようで、何枚も口に運んでいた。

 見学の時間も終わりに近づき、学校でも一緒にお昼を食べることを約束し、レイラとは騎士団の入り口近くの建物の前でわかれた。帰りの馬車ではキャサリンからもとても感謝された。

「クローデット様、本当に色々とありがとう~! 差し入れもとても喜んでいただけて~、直接ラギエ副騎士団長ともお話しができたわ~!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

悪役令嬢の取り巻き令嬢(モブ)だけど実は影で暗躍してたなんて意外でしょ?

無味無臭(不定期更新)
恋愛
無能な悪役令嬢に変わってシナリオ通り進めていたがある日悪役令嬢にハブられたルル。 「いいんですか?その態度」

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します

天宮有
恋愛
 私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。  その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。  シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。  その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。  それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。  私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~

犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…

処理中です...