すれ違いのバレンタイン

神村結美

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おまけ 〜Spring 2019 〜

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付き合い始めてから、一緒に帰ったり、お昼休みに喋って過ごすようになった。

春休みは、智君に誘われて、桜の名所で有名な公園にお花見に行くことになった。

小学生の頃、何度か家族でお花見に行った思い出がある場所だ。ただ、ある時、昼間の明るい時間に、すでに泥酔していた知らないおじさんが、お父さんに絡んで一騒動ひとそうどうあってから、家族でお花見に行くことはなくなった。それから実に8年ぶりとなる。


満開の桜を見る時が一番、春を感じる。
視界一面に広がる白や薄いピンクの花びらを見るのは、昔から大好きだった。お花見に行くことはなかったけど、通学路やお出かけの際に桜を見かけると、顔が緩み、心が晴れやかな気持ちになっていた。


今朝、私は少し早起きをして、2人分のお弁当を用意した。智君はレジャーシート、バドミントンのラケットやシャトルなどの遊び道具も持って来てくれた。待ち合わせ場所に着くなり、彼は私の荷物をさり気なく取って、もう片方の手で私の手を取ると、指を絡めて繋いだ。

手を繋ぐのは、この1ヶ月半では何度かあって、今回が初めてではないから焦る事はなかったけど、やっぱりドキドキする。公園に近づくと他の花見客も増え、自然と意識は智君と繋いだ手ではなく、周りに向いた。

人々の流れに沿って公園内を歩きながら、満開の桜が視界に入る。たくさんの桜を前に少しづつ気分が盛り上がった。

「お花見なんて、小学生ぶり! 家族でこの公園に来てたの。懐かしいなぁ~。智君は?」

「俺の家族は毎年お花見してるよ。親戚で郊外に庭付きの広めの家を持ってる人がいて、桜も数本植えてるから、春になると親戚一同集まってお花見するのが例年行事になってる」

「えっ、庭に桜の木があるの?! それは、すごいね」

「母方の親戚でお金持ちのおじさんなんだけど、人が良いから皆からの要望を受け入れちゃって。毎年、大人達は好き勝手に羽目を外すから、未成年の俺たちが大変な目に合うんだ……。だから、こうやって公園に来るのも、家族以外とお花見するのも初めてなんだ」

「そうなの?」

「うん、だから、今日は楽しみにしてたんだ。美織ちゃんは、この公園にお花見に来てたんだよね? お勧めの場所とかあるの?」

「あるよ。桜並木周辺はやっぱり人気で人も多いけど、奥の方に林みたいになってて、木が多い場所があるの。そこには、大きな桜の木が一本だけあるんだけど、開けてる場所でもないし、周りの木の合間から差し込む日差しと街頭によって明るく感じるから、桜並木と比較しちゃうと暗いと感じるかも。お手洗いも売店も近くにないから、あまり人も来ない穴場になってるの。桜の木は一本しかないけど、満開の時は、すっごく綺麗なんだよ」

「そっか、じゃあ、そこに案内してくれる?」

「うん」


智君に桜の木の方角を示し、繋いだ手を引いて歩き出す。しばらくすると人が減り、木が増えた。桜の木が見え始めたので、その場所を智君に伝える。そよ風で木々の葉が騒めき、合間から暖かな日差しが、薄明光線のように降り注いでいる。

「うわぁ、立派な木だね。桜自体も綺麗だけど、なんか光が差し込んでいるのが幻想的で、この景色もすごいね」

「ね。綺麗だよね。私、この雰囲気が好きなんだ。お花見はここで良いかな?」

「うん。あ、美織ちゃん、ちょっとこれ持っててくれる? レジャーシート引くから」

私にお弁当の入ったバッグを渡すと、彼は自分の荷物からオシャレなデザインのレジャーシートを取り出し、良さげな場所を模索しながら、4、5人が余裕で座れるサイズのシートを桜の木の下あたりに敷いた。

学生の春休み期間ではあるが、平日ということも相まって、見渡す限り、周りには数え切れるほどの人しかいない。この場所は今でも穴場のようだ。


レジャーシートに座って足を伸ばし、後ろに両手をついて顔を上げ、桜を眺める。風も気持ちよく、ほのかに桜の香りが鼻を擽る。大好きな桜を前に、自然と笑みが溢れる。しばらくその雰囲気に浸っていたが、智君と一緒に来ていたことを思い出し、話しかけられなかったから智君も桜に魅入ってるのかも、と彼の方を向くと、笑顔で私を見ていた。

「美織ちゃん、すごく嬉しそうだね。その笑顔が見れて俺も嬉しい」

どうやら彼は桜ではなく、私を見ていたようだ。
とびきりの笑顔でそんな事を言われて、若干の恥ずかしさを感じていると、智君は手を伸ばして、私の頬に触れた。


私の頬に触れ、こちらを見つめたままの智君を見て、ふと思った。
あれ? 今ってちょっと良い雰囲気?
もしかして、キスとか……?! と考え始めたら、急に心臓が煩くなった。
どうしよう、目を瞑るべき?! と自問していると、智君の手が動いた。


スルッと頬を撫で、手を私の耳の後ろ辺りに移動させて、彼との物理的距離が少し縮まったと思ったら、彼はその手を私の目の前に差し出した。

「はい、桜の花びらが髪についてたよ」

微笑みながら、そう告げられる。
キスなんて、とんだ勘違いをしてしまったと恥ずかしくなり、顔に熱が集まるのがわかった。彼に気づかれたら余計に恥ずかしいから、と顔が赤いのがバレないように少し下を向いたが、彼の言葉によって、虚しい抵抗に終わったと悟った。

「ねぇ、美織ちゃん。こっち向いて」


智君に言われた通り、ゆっくり顔を上げると、さっきより近い位置に彼の顔があった。びっくりして固まっていたら、彼の顔が少しづつ近づいてきた。
咄嗟に勢いよく目を瞑ると、唇にそっと柔らかい感触がした。それが智君からのキスであると十分に認識する頃には、唇は離れていた。


好きな人からのファーストキス。
驚いたのもあって、ほんの一瞬だけ唇が触れ合ったように感じたけど、智君からのキスを意識したら、先程の唇の感触がすぐに思い出せるくらいには、しっかりと唇は重なっていたようだ。


幸せで嬉しい気持ちが一番大きいけど、驚きや恥ずかしさ、この後どんな態度を取れば良いのかわからないという気持ちも織り混ざり、心の中は穏やかではなかった。ドキドキする心臓や様々な感情を抑えつつ、ゆっくりと目を開けると、頬を赤らめて少し照れくさそうに笑う智君と目が合った。
たぶん、私も智君と同じような表情をしているに違いない。


智君は、ゆっくりと動くと、私をギュッと抱きしめ、「美織ちゃん可愛いすぎだよ」と私の耳元で囁いた。「やばい。幸せすぎて、どうしよう」と、独り言を呟きながら、私を離して蕩けそうな笑顔を浮かべた。私の心臓もドキドキしすぎてて、やばい。


「ねぇ、美織ちゃんが作ってくれたお弁当食べようか」

そこで私は、ここが公園でお花見をしに来たことを思い出した。人目がある場所だったと気づき、急いで周りを見渡したが、まばらな人影は誰もこちらを見ていなかった。良かった!
見られてたら、すごく恥ずかしい。見られてなくて、本当に良かったと心の底から安堵した。

智君から提案され、時間もちょうどお昼頃だったので、お弁当を取り出して、レジャーシートの上に並べた。

数種類の具が入ったサンドウィッチに唐揚げ、卵焼きや肉団子、プチトマト、ポテトサラダ、オクラのベーコン巻き、それから花柄に切った人参が入っているお弁当だ。

「どれも美味しそうだね。作ってくれて、ありがとう」

「ちょっと多めに作っちゃったから、いっぱい食べてね」

「うん! 美織ちゃんの手作りなら、いくらでも食べれると思うよ」

「智君は相変わらず大袈裟だなぁ」

「大袈裟じゃないよ、本当のことだから。それじゃあ、いただきます」

彼は礼儀正しく手を合わせて、いただきますと言って、早速食べ始めた。

「美味しいっ。美織ちゃん、料理上手だね。手作り弁当、最高~」

彼は、本当に美味しそうに料理をどんどん食べていく。口にあったようで良かった。こんなにも喜んで貰えて嬉しいと、私の心にも春の陽気のような温かさが増していった。

食後には会話を楽しみ、桜を十分に満喫した。
午後はバドミントンで体を動かし、とても楽しい1日になった。
今日のことは決して色あせる事はないと思った。
来年の今頃は高校を卒業しているけれど、また智君とお花見に来れたら良いなと未来に思いを馳せた。
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