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第5章 サディウス王国編
何故だろう?と思うこと
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「よ、よかろう! 日時は追って沙汰致す! 逃げるなよ⁈」
「その日が自堕落でテメェ勝手な日々とお前がサヨナラする日だ。日時とやらは精々覚悟が決まってから言ってくるんだな」
「っ!」
居丈高に言い放ち、立てた右手の親指を首前で横向きに切ってみせる仕草に自分が王子を罷免になるなんてことが、本当に起こり得るんだろうか? と生まれて初めて疑問に思った。
ブルーの言葉に言い返すことなく彼等に背を向けて「ずんずんずん」と自分の宮への帰途を歩きながら、ふと思う。
(痩せろとか初めて言われたんだが……)
いや、よくよく考えたらあの男に言われたことは全部が全部、初めてのことばかりだった。
周囲の者達は、自分が「決闘だ!」と言い出したら慌ててそれを撤回させようと己に対して粗相した者を謝罪させたり、そのまま決闘に発展しても国1番の騎士であるユーリウスが負けることはここ数年、1度もなかったので結局、相手は自分に謝ることになっていた。
そもそも代理人を認めないということ自体が起こり得ないことだった。
王子である自分にとって剣なんて権力の度合いを示す腰飾りでしかなかったし、魔法なんて大して使えなくても城に居る魔法職の者に命令して使わせれば事足りていた。
(そうだ。余は、どうやって彼奴と戦えばいいのだ?)
そんなことにも今、気づいて思わず足が止まってしまった。
『第1っからその歳で王太子にもなれてねぇってことは、王子として国への貢献ゼロだからだろ? 王族としてするべき勤めも果たしてない分際で偉ぶるな。税金で高等教育受けといて義務ガン無視で権力だけ振り翳すとかダメ王族の見本じゃねぇか。国民舐めてんのか』
あの男が言っていたことが脳裏を過る。
こんな風に誰かの言っていたことを丸っと全部覚えていること自体、彼にとっては珍しい事態だったのだが、残念ながらそこには気づけなかった。
(余を王太子にと言うと、それが誰の言ったものであれ父上は必ず『俺に早く死ねというのか?』と聞き返される。余にも『子供の内にしか出来ぬことをしておけ』と言われるから……父上が決断されるその時まで、これでいいのだと。このままでいいのだと思っていた)
皆もそれでいいと言った。
なのに。
『お前の情報ソース歪んでんなー? こりゃ乳母とか教育係とか周りに問題があるパターンか?』
あの男がそう言った時、周りの騎士達が全員頷いていたのが視界に入った。
問題がある?
乳母のエルスレーラと教育係のダンジェレンドに?
(ダンジェレンドは母上の御実家の次男で弟、エルスレーラは母上の妹。2人とも我が国の公爵位の家柄だぞ? 余に間違ったことなど教える訳がない)
では何故、騎士達はあんなに激しく頷いていたのだろう? 何より、どうして自分はこんなにも何故? 何故? と疑問ばかり浮かべているのだろう。
(そうだ。いつもは側にいるエルスレーラやダンジェレンドから、そのような瑣末なことを次期王たる余が気にかける必要はないと言われるから、いつからかそれ以上、考えなくなった)
だが今は、誰にも何も言わず1人で自分の宮を抜け出して来てしまったから側には誰もおらず、疑問に思うことを止めたりはされないし、例えどんな形であるにせよ「そうか」と納得して思考を途切れさせることも起こらない。
(王子として国に貢献する、というのはどういうことだ? 余は居るだけで国が次代も存続するという象徴なのだから居るだけでいいのだとエルスレーラは言った。ダンジェレンドとていつも余は覚えが良くて優秀だと言っていた。良い成績を修めさえすれば、それで義務は果たし、国に貢献できているということではないのか?)
あの時は、とにかく言われたことと邪魔をされていることに腹ばかり立てていたけれど、冷静になった今、あの男の言っていることが言い掛かりであったなら騎士達が彼を諌めなかった理由が分からない、と思えた。
あの場にはいつも変わって決闘を引き受けてくれるユーリウスだって居たのにだ。
実際には黙って1人で出てきてしまったので、常に自分の味方である取り巻きの存在がなかったからそうなっただけなのだが、それにも彼は気づけない。
実を言えば彼は、この国で少数派と言っても過言ではないくらいの存在確率でアヘーシュモー・ダウェーワー戦を見ていなかった人間の1人だった。
この星の勇者がアストレイだと判明した辺りで、乳母と教育係に部屋の中へと連れ戻されて言われたのだ。
『あのような泥臭い戦いなど、次期王たる殿下が見上げてまでご覧になる必要などございません。王たる者は常に全てのものを見下ろして生きていくものなのですから』
彼は知らなかったが、国王ノヴァートゥスも王妃ジュディエットもこの戦いを固唾を飲んで見上げていた。
序でに言うならば他大陸も含めて王族に籍を置く者で見ていない者の方が圧倒的少数派だったのだが、そこに自分が入ってしまっているなんて考えてもいなかった。
情報ソースが歪んでいる、とブルーが感じても無理もないレベルで彼は多種多様な面で周囲から情報も知識も何もかも制限され、コントロールされていたのだが、それに気づくことも疑問に思うことも殆どないままここまで来てしまった。
与えられることに慣れ過ぎて、与えられるものを疑うことも忘れ、素直にただ享受することのみを当然として生きてきた。
与えられないものはそもそも「ないもの」で、嫌なこと苦手なことは代わりに誰かがやってくれて、好きなこと楽しいことだけやってきて、失敗しても責任はちゃんと自分を成功させることが出来なかった誰かが取ってくれて、自由気ままに感情の赴くままに……それでいいと言われていた。
8年と3ヶ月前、生まれて初めてフィリアに「否」を叩きつけられ、今また勇者を名乗る男に「ダメ王族の見本」などと言われ、周囲の誰もそれを無礼だと諌めず、決闘の仲裁もしてくれず、自力で決闘せねばならなくなり……そんなある意味、追い詰められた状態になって、やっと彼はこれまで放棄しまくってきた「思考する」という行為を復活させるに至った。
だが、残念ながら他人にコントロールされ続け、諫言から遠ざけられ過ぎて生きてきた頭は「何故」と疑問に思ったことへの解答を紡ぎ出してはくれなかった。
(だが…エルスレーラやダンジェレンドにこれを聞いてはいけない気がする。またそんなことは疑問に思わないでいいと言われてしまう。その通りなのかもしれないが。……本当にそうなのか? ダメだ。どうしても気になる。これは、考えてちゃんと答えを出さねばおさまらん…)
自分の宮に向かっていた足は、そう思った瞬間に行き先を変えた。
中庭から1階の渡り廊下を突っ切って王城へと入り、自分の姿を見てギョッとした後、慌てて端に避けて頭を下げるメイドの姿に丁度よいと足を止めた。
「おい、お前」
「は、はいっ。申し訳ございませんっ」
呼びかけただけなのに謝られて勢いを削がれた頭に何故かまたブルーとのやりとりが蘇る。
『そなたっ! 先程から不敬であるぞ! 次期王の前を2度も遮るとは何事だ!』
『遮ってんのはテメェだ』
ああ、うん。
遮っていたのは自分だ。
不思議と今度は、素直にそう思えた。
確かに身分と役職を考えれば、王族である自分を通す為に廊下の端に避けて道を譲ったメイドの選択は正しい。
だが、声をかけただけで謝られるのは、普段から自分がブルーとの会話の時と同様に前を遮られただけで怒鳴るからだ。
「あ、いや。仕事の邪魔をしてすまん」
「⁈」
自然と口に登った謝罪を普通にしただけなのに、この時このメイドに向けられた「道端でオークキングに出会ってしまったかのような驚愕の表情」を彼は生涯忘れなかったと言う。
「………父上がどこに居るか知らぬか?」
おかしい。
この王子には特に向けるべきではない表情を抑えきれずに見せてしまった自覚があるだけにそれを咎めもせずアッサリと話を進めてくる彼にメイドの女性は、戸惑いしか抱けなかった。
「王族専用の控えの間におられるかと。勇者様方とフィリア姫様が謁見にみえておられるので…あ! 言っちゃった!」
フィリアが来ていることは王子に伝えるなと先程通達があったばかりなのに、戸惑いからツルっと口を滑らせてしまった。
「よい。もう会ってきた。……あれを会ったと言ってよいならな……」
やっぱりおかしい。
腰に両手の握り拳をあてて踏ん反り返りながら尊大に話すのがデフォルトなこの王子が、俯きながらボソボソ喋っている。
(女神姫様に、こっぴどくフラレ直されたのかしら?)
だが、記念すべき初フラレ日その後の時も国に帰ってきてから優に3ヶ月はイライラと誰彼何此構わずに当たり散らしていた印象しか残っていなくて。
こんな…しおしおになった葉物野菜みたいな様子なぞ、これまで見たことがなかった。
「控えの間か。行ってみる。手数をかけたな」
「⁈」
歩き去って行く王子の後ろ姿をメイドは先程と全く同じ驚愕の表情で見送ってしまったのだが、双方がそれに気づかなかったのは、不幸中の幸いであったかもしれなかった。
「その日が自堕落でテメェ勝手な日々とお前がサヨナラする日だ。日時とやらは精々覚悟が決まってから言ってくるんだな」
「っ!」
居丈高に言い放ち、立てた右手の親指を首前で横向きに切ってみせる仕草に自分が王子を罷免になるなんてことが、本当に起こり得るんだろうか? と生まれて初めて疑問に思った。
ブルーの言葉に言い返すことなく彼等に背を向けて「ずんずんずん」と自分の宮への帰途を歩きながら、ふと思う。
(痩せろとか初めて言われたんだが……)
いや、よくよく考えたらあの男に言われたことは全部が全部、初めてのことばかりだった。
周囲の者達は、自分が「決闘だ!」と言い出したら慌ててそれを撤回させようと己に対して粗相した者を謝罪させたり、そのまま決闘に発展しても国1番の騎士であるユーリウスが負けることはここ数年、1度もなかったので結局、相手は自分に謝ることになっていた。
そもそも代理人を認めないということ自体が起こり得ないことだった。
王子である自分にとって剣なんて権力の度合いを示す腰飾りでしかなかったし、魔法なんて大して使えなくても城に居る魔法職の者に命令して使わせれば事足りていた。
(そうだ。余は、どうやって彼奴と戦えばいいのだ?)
そんなことにも今、気づいて思わず足が止まってしまった。
『第1っからその歳で王太子にもなれてねぇってことは、王子として国への貢献ゼロだからだろ? 王族としてするべき勤めも果たしてない分際で偉ぶるな。税金で高等教育受けといて義務ガン無視で権力だけ振り翳すとかダメ王族の見本じゃねぇか。国民舐めてんのか』
あの男が言っていたことが脳裏を過る。
こんな風に誰かの言っていたことを丸っと全部覚えていること自体、彼にとっては珍しい事態だったのだが、残念ながらそこには気づけなかった。
(余を王太子にと言うと、それが誰の言ったものであれ父上は必ず『俺に早く死ねというのか?』と聞き返される。余にも『子供の内にしか出来ぬことをしておけ』と言われるから……父上が決断されるその時まで、これでいいのだと。このままでいいのだと思っていた)
皆もそれでいいと言った。
なのに。
『お前の情報ソース歪んでんなー? こりゃ乳母とか教育係とか周りに問題があるパターンか?』
あの男がそう言った時、周りの騎士達が全員頷いていたのが視界に入った。
問題がある?
乳母のエルスレーラと教育係のダンジェレンドに?
(ダンジェレンドは母上の御実家の次男で弟、エルスレーラは母上の妹。2人とも我が国の公爵位の家柄だぞ? 余に間違ったことなど教える訳がない)
では何故、騎士達はあんなに激しく頷いていたのだろう? 何より、どうして自分はこんなにも何故? 何故? と疑問ばかり浮かべているのだろう。
(そうだ。いつもは側にいるエルスレーラやダンジェレンドから、そのような瑣末なことを次期王たる余が気にかける必要はないと言われるから、いつからかそれ以上、考えなくなった)
だが今は、誰にも何も言わず1人で自分の宮を抜け出して来てしまったから側には誰もおらず、疑問に思うことを止めたりはされないし、例えどんな形であるにせよ「そうか」と納得して思考を途切れさせることも起こらない。
(王子として国に貢献する、というのはどういうことだ? 余は居るだけで国が次代も存続するという象徴なのだから居るだけでいいのだとエルスレーラは言った。ダンジェレンドとていつも余は覚えが良くて優秀だと言っていた。良い成績を修めさえすれば、それで義務は果たし、国に貢献できているということではないのか?)
あの時は、とにかく言われたことと邪魔をされていることに腹ばかり立てていたけれど、冷静になった今、あの男の言っていることが言い掛かりであったなら騎士達が彼を諌めなかった理由が分からない、と思えた。
あの場にはいつも変わって決闘を引き受けてくれるユーリウスだって居たのにだ。
実際には黙って1人で出てきてしまったので、常に自分の味方である取り巻きの存在がなかったからそうなっただけなのだが、それにも彼は気づけない。
実を言えば彼は、この国で少数派と言っても過言ではないくらいの存在確率でアヘーシュモー・ダウェーワー戦を見ていなかった人間の1人だった。
この星の勇者がアストレイだと判明した辺りで、乳母と教育係に部屋の中へと連れ戻されて言われたのだ。
『あのような泥臭い戦いなど、次期王たる殿下が見上げてまでご覧になる必要などございません。王たる者は常に全てのものを見下ろして生きていくものなのですから』
彼は知らなかったが、国王ノヴァートゥスも王妃ジュディエットもこの戦いを固唾を飲んで見上げていた。
序でに言うならば他大陸も含めて王族に籍を置く者で見ていない者の方が圧倒的少数派だったのだが、そこに自分が入ってしまっているなんて考えてもいなかった。
情報ソースが歪んでいる、とブルーが感じても無理もないレベルで彼は多種多様な面で周囲から情報も知識も何もかも制限され、コントロールされていたのだが、それに気づくことも疑問に思うことも殆どないままここまで来てしまった。
与えられることに慣れ過ぎて、与えられるものを疑うことも忘れ、素直にただ享受することのみを当然として生きてきた。
与えられないものはそもそも「ないもの」で、嫌なこと苦手なことは代わりに誰かがやってくれて、好きなこと楽しいことだけやってきて、失敗しても責任はちゃんと自分を成功させることが出来なかった誰かが取ってくれて、自由気ままに感情の赴くままに……それでいいと言われていた。
8年と3ヶ月前、生まれて初めてフィリアに「否」を叩きつけられ、今また勇者を名乗る男に「ダメ王族の見本」などと言われ、周囲の誰もそれを無礼だと諌めず、決闘の仲裁もしてくれず、自力で決闘せねばならなくなり……そんなある意味、追い詰められた状態になって、やっと彼はこれまで放棄しまくってきた「思考する」という行為を復活させるに至った。
だが、残念ながら他人にコントロールされ続け、諫言から遠ざけられ過ぎて生きてきた頭は「何故」と疑問に思ったことへの解答を紡ぎ出してはくれなかった。
(だが…エルスレーラやダンジェレンドにこれを聞いてはいけない気がする。またそんなことは疑問に思わないでいいと言われてしまう。その通りなのかもしれないが。……本当にそうなのか? ダメだ。どうしても気になる。これは、考えてちゃんと答えを出さねばおさまらん…)
自分の宮に向かっていた足は、そう思った瞬間に行き先を変えた。
中庭から1階の渡り廊下を突っ切って王城へと入り、自分の姿を見てギョッとした後、慌てて端に避けて頭を下げるメイドの姿に丁度よいと足を止めた。
「おい、お前」
「は、はいっ。申し訳ございませんっ」
呼びかけただけなのに謝られて勢いを削がれた頭に何故かまたブルーとのやりとりが蘇る。
『そなたっ! 先程から不敬であるぞ! 次期王の前を2度も遮るとは何事だ!』
『遮ってんのはテメェだ』
ああ、うん。
遮っていたのは自分だ。
不思議と今度は、素直にそう思えた。
確かに身分と役職を考えれば、王族である自分を通す為に廊下の端に避けて道を譲ったメイドの選択は正しい。
だが、声をかけただけで謝られるのは、普段から自分がブルーとの会話の時と同様に前を遮られただけで怒鳴るからだ。
「あ、いや。仕事の邪魔をしてすまん」
「⁈」
自然と口に登った謝罪を普通にしただけなのに、この時このメイドに向けられた「道端でオークキングに出会ってしまったかのような驚愕の表情」を彼は生涯忘れなかったと言う。
「………父上がどこに居るか知らぬか?」
おかしい。
この王子には特に向けるべきではない表情を抑えきれずに見せてしまった自覚があるだけにそれを咎めもせずアッサリと話を進めてくる彼にメイドの女性は、戸惑いしか抱けなかった。
「王族専用の控えの間におられるかと。勇者様方とフィリア姫様が謁見にみえておられるので…あ! 言っちゃった!」
フィリアが来ていることは王子に伝えるなと先程通達があったばかりなのに、戸惑いからツルっと口を滑らせてしまった。
「よい。もう会ってきた。……あれを会ったと言ってよいならな……」
やっぱりおかしい。
腰に両手の握り拳をあてて踏ん反り返りながら尊大に話すのがデフォルトなこの王子が、俯きながらボソボソ喋っている。
(女神姫様に、こっぴどくフラレ直されたのかしら?)
だが、記念すべき初フラレ日その後の時も国に帰ってきてから優に3ヶ月はイライラと誰彼何此構わずに当たり散らしていた印象しか残っていなくて。
こんな…しおしおになった葉物野菜みたいな様子なぞ、これまで見たことがなかった。
「控えの間か。行ってみる。手数をかけたな」
「⁈」
歩き去って行く王子の後ろ姿をメイドは先程と全く同じ驚愕の表情で見送ってしまったのだが、双方がそれに気づかなかったのは、不幸中の幸いであったかもしれなかった。
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