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第5章 サディウス王国編

決闘の最中で

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 武術の訓練と同じで魔法にも慣れが必要だ。
それは、ある程度魔法を使いこなせる者が皆、感じる当然の認識だった。
けれどムスキアヌスの場合は、ちょっと勝手が違っていた。
やっと自分でも「出来た」と実感できるレベルの魔法を練り上げることが可能となって、嬉しくて楽しくてしょうがないのだ。
 相手が自分よりずっと格上の勇者で、好き勝手全力でガンガン攻撃しまくっても掠りすらしないのがまた、悔しくもあり挑戦し甲斐みたいなものを感じてしまって、練り出す石礫の数を徐々に増やしながら攻撃するのだけれど。
 流石は「気遣い不要」と自ら言ってきただけある有限実行振りで未だ余裕綽々で回避のみに済まされ、迎撃すらしてもらえなかった。
正直、楽しすぎて調子に乗っていたのは認めるけれど。

「あれ?」

 もう幾つ目になるか分からない石礫を飛ばしてすぐ、目眩に似た脳が直接ぐらついたような感覚がして視界の明度が上がっていくような錯覚が起きた。
次第、見えるものがどんどん真っ白になって見えなくなってきて「ダメだ、これは気を抜いたら倒れる」と本能的に悟ったムスキアヌスは、攻撃を停止して完全に真っ白になった視界の中、無理矢理両足に力を入れて倒れないように踏ん張った。

「ほれ、飲め」

 側近くでブルーの声がして、強制的に口元へ何か突っ込まれて少し上を向かされた。
 渇いた口内を潤すように入ってきた液体は、最初に少しだけ苦味があったけれど、口内が慣れると甘味を感じる不思議な味で、嚥下した喉越しはサラッとしていて何かのお茶のように感じて普通に美味かった。
 流し込まれるままゴクゴクとそれを飲み込んでいたら、あるタイミングで水の中から見上げていた景色を水面へ上がりきって見た瞬間みたいに視界が晴れて。
最初に目に入った代物が口に突っ込まれていた細口瓶の飲み口だったのは、当たり前だけれど微妙に切なかった。
だが、その感覚とは裏腹に先程まで冷や汗が出てくるような全身を冒す倦怠感と身体中の体温が一気に下がったのを知覚した、あの何とも言えない奇妙な現象は鳴りを潜めていた。

「魔力枯渇起こしたのは初めてか?」
「魔力枯渇?」

 空になったまま咥えていた瓶を口元から外し、ブルーの言葉を鸚鵡返しで問い返すと視線を手にした瓶へと落とす。

「……そうか。これが噂に聞く魔力枯渇の感覚だったのか。いきなり目の前が真っ白になったから何事かと思うた。すると私が飲んだこの液体は、魔力回復ポーションなるものか?」
「ああ。俺が作った代物だから1本で全快するし、味も悪くねぇ筈だぜ?」
「うむ。草の絞り汁だから青臭くて尋常でなく苦いと聞いていたのだが、苦味を感じたのは最初の一瞬だけで、後は甘くて美味かったぞ?」
「そいつは何よりだ。ほれ。この袋ごと何本か渡しといてやるからまた同じ感覚がしたら倒れる前に栓抜いて自分で飲め」

 そう言ってブルーが差し出して来たのは、腰に下げられる程度の小さな袋だった。

「空き瓶も取り敢えずその中へ入れちまいな。邪魔だろ」
「………」

 不思議そうな顔をしながら袋の口を締めてある紐を緩めて袋の口へ瓶を近づけると、入らないのではないかと懸念を抱いていたそれはするりと何の抵抗もなく中へ入って行った。

「おお! やはり魔導袋マギハクイバか。こんな小さなものもあるのだな!」
「俺が作った」
「………そなた本当に姫が申しておった通り、何でもかんでも自分で作ってしまうのだな」
「楽なんでな。さ、大丈夫そうなら決闘続けるぜ?」
「うむ!」

 うん、もうこれ決闘じゃないよな。
普通にそう判断する者達が出てくるのは、当然と言えば当然で。
その中でもこの男の中では許し難い愚挙であったのだろう。

「もういい! これのどこが決闘だ! 茶番はやめよ!」

 観覧のボックス席で立ち上がって、そう声を上げた。
しかし、目の前の初級魔法を放ってそれを避けるという子供騙しなお遊戯会は止まる事すらなく。
米神や頬端を怒りでビキビキと痙攣らせながら、席の出口へ向かってここから出ようとして、入ってきた場所から出入口が消失していることに気づいた。

(やられた!)

 この国で権勢を誇る公爵家の当主である自分に対し、それを意にも介さずこのような狼藉を働く者など他に思いつかなくて、思わず背後を振り向くとこれ見よがしに飛翔魔法で観覧席の前を通過したブルーが、ニヤリと笑んだのが見えた。

「あの若造が……」
「ど、どうしたのですか? 父上」
「何かあったの? お父様?」

 未だ出入口が消失していることにすら気づいていない息子と娘の声で真顔に戻った公爵の頭の中では、目紛しく様々な計算が駆け巡っていた。

(……あの若造は、そこいらの国王派に属する力押し一辺倒の脳筋馬鹿共とは違う。ならば私は…私だけは・・・・大丈夫な筈だ)

 最終的にそう判断した公爵は、観覧席の中央に置かれている己の席と定められた場所へと座り直した。

「お父様?」
「何でもない。狼狽えるな。このまま見ていろ」

 どの道ここからは出られないのだし、何よりあれだけ仰々しく水を差してやったのに誰一人反応をしなかった所を見るに、この席を覆う箱部屋には既に何らかの仕掛けが施されていると見ていい。
だが、初級のものとは言え魔法自体は障壁が防いでいたし、自分達を害する目的がこの箱にはなさそうなので。

(ヤツとて曲がりなりにも勇者。それも今以ってこの国の誰にも媚びず、おもねらずを貫き通しておるのは陛下にすら碌に礼を取らぬことで明白。私を下手に追い落せば、こうして盛大な茶番を演じてまで失脚を防ごうとしておるムスキアヌス共々、王妃である我が娘まで立場を退かねばならなくなるは必定……問題ない。私は大丈夫、盤石だ)

 最終的にそう判断した公爵は、余裕を取り戻してコロシアムへと目を戻した。
ムスキアヌスが放つものが石礫から火球に変わっただけで、初級魔法での化かしみたいな茶番決闘が続いていて、一体この男の狙いは何なのか。
何故、王はこの勇者が好き勝手するのを許すのか。
それを見極めることが今は重要だと思えた。

「そろそろ魔力回復ポーション飲んどけよ? 序でにまた属性変えるか」

 そんな発言から石から火への攻撃属性変更さえ、この男の発案であることが分かった。

「だが、私は火と土以外にあまり魔法適性がなくて初級でも1つか2つくらいしか数が出せないのだが?」
「自分にないなら精霊にもらえよ」
「簡単に申すな。そもそも精霊に呼びかけること自体が難しいのではないか」
「は?」

 何言ってんだお前? みたいなニュアンスで投げかけられた一音にムスキアヌスは驚いた顔をして目を見開いた。

「も、もしかして…実は簡単なのか?」
「簡単だけど?」
「そうなのか⁈」
「当たり前だろ? これだけ自然界にワンサカ精霊居る状況で何が難しいんだよ? ほれ」

 ぽい、とブルーが投げた魔力で空中に不定形の大きな水の塊が出来上がった。

「こんな適当に空気から凝縮して作った水にすら面白がってポイポイ入ってくる程、人懐っこい水の精霊が手貸してくれねぇとか滅多にねぇぞ?」
「……全然見えんが、その水の中に精霊が居るのか?」

 眉間と目と目の間をギュッと寄せて目を凝らして見てもただの水の塊にしか見えなくて、そう聞いた。
コロシアムに居る者達もそうでない者達・・・・・・・もそれは同じで、皆が皆、不可思議そうに首を捻っている。

「ったく、しょうがねぇな」

 空中で静止しながら側頭を掻いたブルーは、不意に両手を揃えて掌を合わせ「ぱん」と1つ手を打ち鳴らした。
3拍ほど置いて、また手を打ち鳴らす。
その行為を幾度か繰り返す彼の姿に、その場の皆が何が起こるのだろうと静かにそれを注視した。
 この行為の意味を知るのは、スガルとそのスガルに1度同じ行為を見せてもらったフィリアだけだった。

(これって聖勇者様が〈聖〉の称号を持っていると使えるって言ってたあれよね? あの時は障力を祓うのに使ってたみたいだけど、他の使い方もあるのね)

 他の使い方。
そのフィリアが考えていた言葉そのままに空中に浮いている不定形の水の中で次第に輪郭をはっきりとさせてきたもの。
それは、紛れもなく水の精霊界に所属する様々な精霊達。
その姿だった。




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