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第7章 マーベラーズ帝国編

夜襲

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 静かな夜だった。
夜鳴鳥や虫の声以外は、見回りの兵が奏でる足音だけ。
 今夜は館の警備に勇者達も加わっていて、領主とその娘にも個別で警護がつき、もしもに備えて守護結界や防護魔法が複数かけられているような状態だった。
 警備兵達にも常時携帯することになっている警戒を呼びかける警笛の他に勇者達から今回のことに対応することを目的とした幾つかの魔導具が全員に配布されていた。
 まず耳朶に装着されている小さな円形のプレートは、連絡用の通信魔法と館を拠点とした敵性存在位置を表示してくれる簡易地図表示がされる魔導具だった。
 警備兵だけを集めて行われた事前説明で、その使い方や見方を教わった兵達は、普通にこれを欲しがったが、前提条件として艦の探査魔導機マギステルサーチが必要になるので、泣く泣く諦めていた。
もう1つは、探査を掻い潜って奇襲された場合に一撃死を防ぐ為の防御陣と自動で照明弾を打ち上げる魔法陣が組み込まれている5cm四方の金属プレート。
これは鎧の裏側に貼り付けているように指示が出ていて、全員がそれを守っていた。
 この魔導具関しては渡しても問題ない代物なのか、今回の件が終了しても彼等の元に残せることに決まったものの、こんなに小さい癖に内部の構造が複雑過ぎて、これ以上数が増やせないのだけが残念だったけれど。
 警備兵達は、いつもなら眠気で欠伸をする者とているような時間でも妙な高揚感からか全員が意気軒昂で、いいか悪いかはともかくとして夜襲の備えは万全だった。
 領主と娘のシルビアーヌは、既に自室で休んでいて、領主の部屋外には各種防護結界を張って警護についているアストレイが。
 シルビアーヌと同じベッドで休んでいるものの同じく様々な結界を張った中にフィリアの姿もあった。
 スガルは館内で領主とシルビアーヌの自室がある3階をメインに巡回警護を行なっていて、どこに居るのか姿は見えないもののブルーが館の外を警備していた。
 時刻は夜の2時を少し回った辺り。
冷んやりとした夜の風が緩やかに渡っていく、その時に。
 耳元でポーンと機械的な音声が聞こえてきて、警備兵一同の間に緊張が走った。
この音は、事前に聞かされていた警戒を告げる合図の音だ。
同時に視界の端へ同軸上に重なった大きさの異なる円を縦横十字が中心を貫く簡易地図が浮かび上がった。

〈敵性存在が第3防空圏内に入りました〉

 音声案内と共に赤い点が簡易地図の1番外側の円に近い場所へと現れる。
館の正面にあたる地図上部に5、裏側にあたる右下に3、左下に3、真横にあたる右に4、左に4、合計18人分の赤点が少しずつ円の中心部である館に向けて近づいてきていた。

『聖銃士ブルーゼイだ。聞いての通り、招かれざるお客さんのお出ましだ。全員配置についてるな?』

 耳朶につけられた魔導具を通して、そんな確認の声が各員へと伝達される。

『A班、全員配置済み、問題なしだ』

 報告と共に正面玄関前に5人分の緑点が表示される。

『同じくB班。配置済み、問題なし!』

 次の返答に今度は館の右側へ5人分の緑点が表示される。

『C班、配置完了、問題なし』

 3つ目に緑点が5つ灯ったのは館の左側だ。

『D班、総員配置についた。簡易地図を見る限りではこちらの手勢が数的に負けている。片付いた所から応援を頼む』

 館の裏手に緑点が5つ灯り、そんな要請が一緒に入った。

『ブルーゼイ了解。フォローは任せろ』
『よろしく頼む』
『館内、スグァラリアルだよ。一旦、3階から下に降りるね。状況によってどこかのフォローに入るから指示ちょうだい』
『了解。アストレイ、聞こえるか?』
『勿論よ。領主さまも、もう起きてるわ』
『んじゃ、結界の中へお前さんも入って、2人で室内待機だ。出番がないことを祈っといてくれ』
『ふふっ。期待してるわよ♡』
『へいへい。お姫さん、聞こえるか?』

 最後の確認とばかりに聞こえてきた声に、フィリアは思わずベッドの上で居住まいを正してしまった。

「はいっ! シルヴィと一緒に室内に居りますわ! 結界もバッチリでしてよ?」
『よし。全員そのまま聞いてくれ。警備の詰所で話した通り、連中の目的は明日やってくる商人のバックアップだってことが捕らえた奴等の話しから既に判明してる。今、来てる連中もバレてることは承知の上だろう。それでも夜襲を決行してきたからにはある程度の勝算が向こうにもある筈だ。最警戒しなくちゃならねぇのは子爵及びお嬢さんの身柄を押さえられること、その次にお前さん達、警備兵または館の使用人と連中が入れ替わること、後は私財の強奪だ。特に鉱山の権利書、爵位と領地の賜書、今回の件で商人と交わしてる借用書と契約書、子爵家の印章。この辺りは向こうの手に渡ると厄介なんで既にこちらで押さえてあるのは既に通達した通りだが、基本この防衛戦は出し抜かれたらアウトだ。各員、気合い入れて行くぞ!』
『おう!』
「はいっ!」

 ブルーの言葉にそれぞれが鬨を上げると同時にまた耳元でポーンと機械的な音声が響いて、音声案内が告げる。

〈正面の敵性存在が第2防空圏内に入りました〉

 正面の敵5人は囮なのか、自分達の存在を隠す気配もなく、真っ直ぐ館の門前を目指す形で移動していた。

『こちらA班。敵の姿を視認した。照明弾を上げて迎撃する!』
『了解! 各班班長! A班照明弾打ち上げ確認後、担当ヶ所で照明弾を打ち上げろ! 戦闘開始パーティタイムだ。派手に行こうぜ!』
『了解!』

 ブルーの指示に各班の班長が答えたと同時に門前の上空に白い光の玉が打ち上げられて、明るく夜空を照らしたままそこへと留まる。
次いで各配置位置より照明弾が上がって弾け、同様に辺りを照らし出す。
 そこだけ昼間のような明るさが広がる領主の館敷地内で、戦いの火蓋が切られようとしていた。




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