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第7章 マーベラーズ帝国編

一段落

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「あー……クッソ、やられた。後5分早く気づいてりゃなぁ。お袋の笑い声が聞こえて来る気がするぜ」

 物の見事に吹っ飛ばされて崩落した坑道で、ブルーは、げんなりした口調でそう独り言ちた。

『……様っ⁈』
「お?」
『聖銃士様っ⁈ 勿論、大丈夫なのですわよねっ⁈』

 何度確認しても心配らしいフィリアの台詞に、そんな場合ではないというのに思わず笑ってしまった。

「へいへい。大丈夫だよ。俺 “は” な?」
『ブルー、今の爆発ってまた暗部の黒い箱?』

 ホッとした吐息を漏らしたフィリアに変わって通信魔導具越しにそう問いかけて来たのはスガルだ。

「ああ、そうだ。すまねぇな。坑道ん中で自爆られた。せめて後5分、早く気がつくべきだった」
『謝んなくていいわよ! アンタ以外、誰も気づけやしなかったんだから! そんなことより、生き埋めとかになってないでしょうね⁈』

 先程、1人で反省していた内容をそのまま告げると速攻でアストレイに却下を食らって、現状確認を投げられた。

「んー……近いっちゃ近いな。自爆った野郎は多分、跡形もねぇ。坑道は完全に崩落しちまって、俺も自動展開した結界の中で身動き取れねぇ状態だ。なんで、坑道諦めて転移するか、土魔法使って補強しながら出ようか考えてるトコだ」
『坑道は私が後からどうとでもいたしますから転移ですぐに戻ってきてくださいまし。これが自爆を前提に聖銃士様を誘き寄せて足止めする策の結果でしたら目も当てられませんわ』

 スパッとフィリアに言い切られて、ちょっと微妙な表情になりながらもブルーは、転移を選択したようで、館の前庭へと現れた。

「今夜は多分、これで打ち止めだと思うぜ? これまで自分は無事なままってのを念頭に置いて動いてた温い連中と違って、自爆してでも目的を遂げる “マジもん狂信者サマ” のご登場だ。本命は坑道または聖脈穴の破壊だったと見て間違いねぇだろう」

 館の前庭では、意識のある敵が1人もいない状態でズラリと三角錐の捕縛結界が並んでいて、ひーひー言ってへたり込んでいる警備兵達を尻目にスガルがそこで待っていた。

「さっきアストレイさんも言ってたけど、そんなことして、この人達に何の得があるのかなー?」
「さてな? 自爆った野郎は “ジャハルナラー神よ、この世に破壊と再生を” とか抜かしてやがったから、ジャハルナラー神の為にってことにして、この世の全てをそいつの代わりに破壊して、それが終わったらジャハルナラー神とやらがその功績を認めて人界に降臨してくるから自分達はその下で世界再生の仕事を手伝う、イコール、新たに再生されて楽園のようになった世界の支配者にしてくれるとか、そんな話になってんじゃねぇの? この手の集団のお決まり思想だろ?」
『存在してない神なのに?』

 いかにもな内容を適当に並べ立てたブルーの言葉に当然と言えば当然な突っ込みをアストレイが口にする。

「そこんとこはホラ、お姫さんとか高位聖職者みたいに自力で神々にアクセスできねぇとなると信じるしかねぇんじゃん?」
「派閥のトップ、確か枢機卿だったしねー」
『アクセス出来る人が居るって言ってるんだから居るんだろうって? やぁね、もう。信じちゃってる人達は、詐欺で騙されてるのと同じじゃないの!』
『そうなりますわね。ですが、救済ではなく破壊と言い切っている所だけは、いっそ清々しいくらいに善人ぶる気ゼロで潔い主張だと褒めて差し上げましょう。こちらも遠慮なく叩き潰してよいのだと思えることですし』
「………」
「………」
『………』

 今回の件で、また連中はフィリアのヘイトを稼いでしまったらしい。
それを感じて勇者達は一様に口を噤んだ。

「あー……とにかく、町の連中に説明だけして俺達も休もう。午後には商人の野郎が来て第2幕スタートだ。警備兵達を疲れさせたままにしとくって訳にはいかねぇからな」
「そうだね。一旦、捕縛結界ごと仕舞っちゃえば警備の人達もすぐ休めるしね」

 そう言って左右の手首に嵌められた腕輪からいつもの緑色より黒っぽい色彩の魔法陣を起動したスガルは、石畳の地面に両手をついて2つの陣を捕縛結界のある位置で1つに纏めた。
スーッと地面の中に吸い込まれて行くような具合で全ての捕虜が捕縛結界ごと消えて行くのを警備兵達は、何故か固唾を飲んで凝視していた。

『じゃ、ここの守りには念の為にアタシが残るわ。町の方は任せていいかしら?』
「大丈夫か? もう襲撃はねぇと思いてぇが、お嬢さんの部屋の鍵開けた誰かが捕虜の中にいるとは限らねぇ。脅す訳じゃねぇが油断はできねぇぞ?」
『いゃあねぇ。動き回って疲れてる警備兵の皆とは違うのよ? 怖がりなこの2人が、これだけの騒動の後、すぐ眠れたりするもんですか。今だって、アタシとフィリアちゃんの張った結界の中なのにガクブルなのよ? しばらくは、お茶でもしながら様子見とくわ』
「フィリア姫はどうするー?」
『私も町へ参りますわ』

 スガルのしてきた確認にそう答えてフィリアは続ける。

『崩落してしまった坑道の再生について鉱夫の皆様方にご相談しておきたいですから』
「じゃ、こっち移動してきてー? すぐ出かけるからー」
『分かりましたわ』
「警備兵の皆さん、お疲れ様でしたー。一旦、通常任務に戻ってくださーい。坑道内で死亡した人以外の実行犯は、明日の午後やってくる商人の件が片付くまで僕がお預かりしますので、休める人はゆっくり休んでくださいねー」

 スガルの言葉に深々と安堵の溜息をつきながら警備兵達は思ってしまう。
 勇者達が来てくれていなかったら、この領もこの館も領主達も一体、どうなっていたんだろうか……と。
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