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第8章 クストディオ皇国編

ダメでした?

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「スガル、適当なとこでその呪文止めてくれ」
『りょうかーい』

 2人の言葉を耳にして範囲指定開放型念話オープンルートテレパスでスガルへと依頼を送ったブルーに何時もより更に、のほほんとした言葉が返る。

闇より出づるヤクールジェミン・アルザラール 負の力を糧にビヤスティカーダム・アルクァット・アルサルビア
我が身を贄にア・ナー・ア・ナーイ 降り立ち給えアン・ヌ・ズールル!』
『はいはい、そこまでー』

 ブルーに「今すぐ」ではなく「適当なところで」と言われた理由を理解していたスガルは、2小節目で呪文の請願先と呪文を唱えている少年の間に走る繋がりを手にした光剣で断った。
 誰が見てもいつでも邪魔出来た的な所作で、叫んだ神殿長もエルリッヒも思わず驚きに固まってしまった。

『愚かな。私達を舐めすぎですわ』

 フィリアのその言葉は、強制的に魔法を中断破棄させた皇王に向けられたものではなかった。

「スガル! 16次元だ! 」
『それだけ分かれば十分!』

 今の数秒で解析出来たらしい請願先の次元を伝えるブルーの声にそう答え、石畳を蹴って上空へ飛んだスガルは、左手に持った光剣で空間を切り裂き、現れた切れ目にもう片方の光剣を滑り込ませるようにして突き刺した。

[グオォォォォォォォ!!!]

 この世の物とは思えぬような苦悶の声を耳に、スガルが光剣を背負うような格好で上から前へと振り抜いた。
 空間の裂け目から斬り飛ばされて舞い上がったのは、鎧鱗に覆われたような肘から先の赤黒い左腕。
 クルクルと回りながら落下したそれが、ドサリ、と音を立ててフィリアの目の前に落ちると彼女は金の光を全身に纏いながら躊躇なくそれを踏み付けて裂け目を見上げた。

『さっきの今で懲りないこと。おいた・・・が過ぎるからこのような目に遭うのですよ?』

 諭しているとか、叱っているとか、そんな生易しいものではなかった。
 低めの音程や柔らかな語調に秘められたそれは、明確な脅迫。

『居場所を悟られた貴方は、境界侵犯英雄トリックスターであられる聖勇者様の剣から、どうやって逃げおおせるおつもりなのかしら?』

 くすくすくす、と笑ってみせたフィリアは、最後にそう言って足下の腕を神力で圧し散らした。
一瞬、踏み潰したのかと疑うような動きで折れ曲がった腕が、踏まれているそこから黒い光の粒となって風に散らされて行く。

[おのれぇ、小娘がァ……]
『ほほほほほほほほほ。文句があるならアルザスターへいらっしゃい!』
「艦に呼ぶなよ」
「や。あのね、アニキ。アレ、俺らの世界じゃ結構有名な貴族夫人の高飛車捨て台詞のパクリなんだ。言ってみたかっただけなんじゃないスか?」
『エルリッヒさん、バラさないでくださいまし』
「でも言いたくなる気持ちは分かる!」
『ですわよね!』

 ハンズアップ! でコントロールルーム側の映像は見えていない筈なのに分かり合う同郷人。
今言わないでいつ言うんだ、な空気に何故か周囲の方が取り残された感を漂わせた。

『ジャハルナラー神よ! 余に力を寄越せぇぇぇ!!』

 空気読まないヤツってこういう時、強い。
誰もがそう考えた瞬間にフィリアの踏み砕いた後の黒い光の粒が逆巻き、皇王の少年に集まって行く。

『ははははは! 余のカチダ、フェルディエンツ! ファファファファファ!』

 バキリバキリと骨や皮膚を鱗状に変性させながら皇王の少年が嗤う。
そこへ。
 ぽい、と何かが投げられた。
瞬間、少年の変わりかけた身を包み込んだのは、黄色い半透明の壁面を持つ三角錐。
 当然のように少年へ及ぼされる効果は全て消失して、歪に人と赤黒い鱗を持つ何かに変わりかけている姿が半々になったままその深度を止めた。
それは、間違うことなく捕縛結界。
 しーんと静まり返ってしまった場で、魔石を握ったまま無表情に少年を見下ろしていたのはフェルディエンツだった。
やがて自身に視線が集まっていることに気づいた彼が、ハッとなって顔を上げキョロキョロと周囲を見回した。

『えっ? あれ? ダメでした?』
『よろしいと思いますわ』

 焦ったように確認するフェルディエンツにフィリアは、にこやかに答えた。
その横へ空間の切れ目を閉じて来たらしいスガルが降り立つ。

『ブルー、予備なんて作ってない筈ですけど、それ、どうしたんですか?』
『俺の分でぇす。毟りとられましたぁ……』

 彼の手の中にある魔石を指したスガルの問いかけに手を上げて答えたのは、エクセリオンだった。
その証拠に彼に随伴する筈だった部隊は、丸ごとこの場に残っていて、何とも言えない複雑な表情をフェルディエンツに向けていた。

『ひ、人聞きの悪いことを言うなっ! ちょっと借りただけだ!』

 慌てて言い訳じみたことを口にしたフェルディエンツが、それをエクセリオンへと返して街中へ行くよう指示を出す。
照れ隠しにしても今更過ぎる指示だったが。

『それにしても……勇者様方の捕縛結界ってここまで完璧に遮断できるものなのですね』
「その中は収納や空間なんかを擬似的に模倣してる人工0次元だからな」
「ねぇえ? 皇王ちゃん、中途半端な状態で止めちゃってるけど、あれって大丈夫なの?」

 こちらには音も衝撃も一切届かないが、結界の壁を滅茶苦茶叩いて何かを叫んでいる姿にアストレイが心配そうにブルーへと問いかけた。

「大丈夫ってのが、結界解いたらまた変性が進まねぇのかって意味なら問題ねぇな。その為のエネルギー自体が綺麗さっぱりなくなっちまってるからな」
「そ。第4魔王が現れるのを未然に防げたっていうならそれでいいけど」
『アストレイ様、それに関してはまだですわ。騎士団の方々が全員捕まえてくださらないと、本当の意味で防げたとは言い難いですもの』
「そういうこった。ほれ、お前ら4人は引き続き頑張れ」
「はぁい」
「が、頑張りますわ」
「ちょっと分かってきたのですぅ」
「もうちょい。終わったらすぐ出るよ」

 ブルーの言葉に4人それぞれが答えを返し、当初の作戦はそのまま続行されることとなった。




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