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第8章 クストディオ皇国編

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 聖脈穴の中心に辿り着いたフィリアは、まず最初にガルディアナの方に向かって続いている聖脈に向けて残りの障力が向かうように神力を聖光力に変えて流し始めた。
もういっそ、大陸中の障力がガルディアナに集まってしまえばいいくらいの考えで行われたそれは、障力の濃度何のそので勢いよく北北東の方角へ動いていた。

「ラリリアさん、お願いがございますの」
「何だい?」
「合図を致しましたら、私を抱えて出口まで一直線に全力ダッシュで駆け抜けていただきたいの」
「………分かった」

 そういや、何か噴き出すんだっけ? と物はともかく肝心な部分だけは覚えていたラリリアは、是の返答をしてフィリアが膝をついて座り込んでいる隣へ屈み込んで左手を腰へと回した。

「始めますわ」

 断りを入れて地下にある支柱へ向けて聖光力を注ぎ込み、いつものようにほんの僅か押し返されるような反応があった瞬間。

「今!」
「っ!」

 合図と分かって貰えそうな単語に感嘆符をつけて口にするとラリリアが力を入れていた両の爪先で地を蹴り、フィリアを抱えて全力で走り出す。
程なくして、コポコポと湧き出した聖光力が真上に向けて爆発的な量を吐き出した。

「うひっ!」
「……ああ、なるほど。これは確かに上空へ吹っ飛びますわね」

 背後をチラ見して引き攣った声を漏らしたラリリアと自力移動していない分、余裕のあるフィリアが、最初にアルトゥレ王国で支柱に力を注いで吹っ飛ばされた理由を客観的に見て納得していた。

「ラリリアさんに任せて正解でしたわ。私では、確実に吹っ飛ばされる未来しかありませんでしたもの」

 同時に自力脱出を選ばずラリリアに一任した自分の判断の正しさを再確認するフィリアを抱えて走るラリリアの顔が引き攣る。

「姫様っ⁈ その、魔導具って転移の機能ついてんじゃなかったのかい⁈」
「いつもは聖銃士様が、やってくださいますから私は、やり方を存じませんの。ですので、勇者様方を介さなかったサディウスの時もアストレイ様に今と同じことをしていただきましたわ。最も飛翔魔法でしたので、ここまでしっかり何が起こっているのかは確認出来る速度ではございませんでしたけれど」
「初耳なんだけど⁈」
「あら、そうでしたかしら? 御免あそばせ?」

 すらっとぼけたような口調で言うフィリアを抱えて祈りの間に出る階段を3段飛ばしで駆け上がった2歩目で聖光力に追いつかれた2人だが、現状、靄のようなそれは追い縋ることなくそこまでの高さで揺蕩っていた。
それでも祈りの間まで一切合切勢いと速度を落とさなかったラリリアは、残りの黒薔薇女豹のメンバーが待つ地下への扉前を飛び出す形で外へ出た。

「扉閉めなッ!!」

 即座に飛んだラリリアの指示にユリアーヤとリジェンダが秒より早く反応して、両側からそれぞれ左右の扉を閉めた。

「お疲れ様でした、ラリリアさん。助かりましたわ」

 両膝を床について荒い息を繰り返すラリリアに労いの言葉をかけると黒薔薇女豹の4人がその周りに集まって来た。

「ラリリア。あの後、何がございましたの?」
「………漂ってる障力とか、サッパリ分かんなかったのに、火山が噴火した時みてぇにドバッと出てきた聖光力は流石のアタシにも分かったよ⁈ 何だい、あれ⁈ あんなの予告されなかったらマジ逃げようがないまま吹っ飛ばされるよ⁈」
「そうなんですのよねぇ。私も初回の時は知らずに天井近くまで凄い勢いで吹き飛ばされましたわ」

 笑いながらする話しではないようなことをラリリアへのコメント返しみたいなノリでコロコロ笑いつつしたフィリアに他のメンバーは声も出なかった。

「何だ、お姫さん。転移使わなかったのか?」

 唐突に何処からか聞こえてきたブルーの声にフィリアを含めた6人が周囲を見回すが、その姿はない。

「何処見てんだ、上だよ上」

 言われて見上げた6人の視界に映ったのは、祭壇の1番上に飾られている謎形状なオブジェに乗っかって、こちらを見下ろしているブルーと手を振っているエルリッヒだった。

「聖銃士様」
「サディウスで魔王転移成功してたから、てっきりもう自力で機能使う気なのかと思ったぜ」
「身もこころもバラバラになって構わないものしか、まだ転移対象にはできませんわ」
「………」
「うわぁ」

 スガルの真似をしているみたいにニッコリ爽やかな笑顔で真っ黒な発言をしたフィリアに思わずブルーが口を閉ざし、エルリッヒが呻くような声を漏らした。

「御2人とも、そこで何をなさっておられますの?」
「アニキと俺で、使われてた魔導具の改竄解除と修理やってんスよ」
「魔導具ってそんな所にありましたのね」
「ああ。複数人の怪我人や病人に対して使うには遮るものの少ねぇ上からの照射が合理的だろうしな」
「最終的にはその魔導具、回収しますの? 真面な状態にしてここから出して創世教に返しますの?」
「ここからは引っこ抜くが、処遇に関してはスガルと相談だな」
「分かりましたわ。お手伝い出来ることも無さそうですので、私達は聖勇者様とアストレイ様の所へ参りますわね」
「はいよー」

 ブルーの返事を聞いて歩き出したフィリアと黒薔薇女豹の面々を視線だけで追っていたエルリッヒは、彼女達の姿が見えなくなってからブルーへと視線を戻した。

「アニキが魔導具引っ張りだしてから作業しなかったのは、これが理由?」
「ああ。聞いての通り、お姫さんの中には回収と返還、選択肢が両方残ってる。横からあれこれ追加の指示出されちゃたまんねぇからな」
「あー……やりそ、女神姫サマ」
「やる。特に不正利用とか不正改竄とか絶対ぇ出来ねぇレベルを求められるのはガチだな」
「言うだろうねぇ。求めて出来るの分かっちゃってるから余計にさー?」
「そういうこった。ほれ、続けるぞ」
「はーい。ここの魔法陣にある暗黒魔法の記号文は、丸っと消していいんだったよね?」

 エルリッヒの持つ、好きなように魔法陣を変更 ── 消したり変えたり追加したり変形したり ── 出来る能力を活かして改竄解除と修正作業の時間を大幅に短縮出来ることを見込んだブルーは、見学させるだけでなく、彼に作業指示を出すことで実際の変更を任せていた。

「ああ。その後、神聖魔法の記号文で内容を書き換える。記号文はこれだ」

 言いながらブルーは、実際に書き込む角度を踏襲して描画魔力で記号文を空中に描き出した。
 暗黒魔法の記号文を消したエルリッヒは、顔を上げてその文字列を見て、一瞬で「無理」と心の中で唱えた。
消すのは簡単だけど、この文字をこのクソ狭い所に初見で描ける自信なぞ欠片も湧いてこなくて。

(出来っかなぁ?)

 ふと思いついたことをやってみようと右手の人差し指に魔力を込めて、ブルーが空中に描いたものを、ちょん、と触ってみたらそれが物の見事に指先にくっついてきた。

「あ。出来た」

 ラッキー! やってみるもんだな、なんてホクホクしながらそれを魔導具から展開表示されている魔法陣に近づけて。

「ちょっとデカイか。縮小縮小。んー……75%くらい」

 キュキュキュっと文字列全体が縮小されて丁度よい大きさになると、暗黒魔法の記号文を消した後の空いている場所へ丁度いい感じに角度を調整してそれを配置、固定した。

「よっしゃ! 出来たよ、アニキ!」
「お、おう……」

 魔法陣から顔を上げてそう言うと、何故か口元を手で覆って肩を震わせているブルーが居て。
よくよく見るとコンソールグラスの向こうにある目が大爆笑したいのを堪えているように見えた。

「あれ? 俺また何か変なことした?」
「や。いんじゃね? お前らしくて。俄然、勇者派遣隊ウチの魔法研究所に見せたくてしょうがなくなったけどな」
「え。普通はカット&ペーストカッペコピー&ペーストコピペも拡大縮小も角度調整も出来ねえの? 自由度低く過ぎねぇ? 魔法陣。俺だって今、出来んじゃね? くらいのノリでやって出来たんだから取り敢えずまぁとりまやってみりゃいいのに」
「だから言ってんだろ? お前が才能有り過ぎんだって」
「……アニキに褒められんのは嬉しいけど、微妙に複雑……」
「俺ァ、便利でいいと思うぜ。お前のやり方。ほい、次。ここ消して、これと変更な?」

 出来ると分かった以上は使う。
それを前面に押し出して、消す記号を示し、入れ込む記号を空中に描いたブルーに、ちょっぴりしょっぱい顔をしたエルリッヒは。

「はぁい」

 役に立ってんならいいか、と割り切って言われた通りの作業を黙々とこなすことにした。





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