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第8章 クストディオ皇国編

俺がバカだった

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 2精霊の協力と2人の頑張りもあり、聖街区における魔導具の被害に遭った人々に対する治療は順調に進んでいた。
 ブルーはまず、2精霊の反応によって関係ない人と関わってしまった人に被害者を分け、関係ない人々は術式を覚えた2人に任せて治療を施すことにした。
 治せる者とそうでない者。
もっと大きな混乱が起こるかと思っていたのだが、精神精霊がおかしくなっていることもあってか、正常な判断力も奇天烈な発想も出来る者はいなかったらしく、暴動や反抗と言った行動を起こす者は皆無だった。

(マインドコントロールや洗脳に近い手法を取る為にあんな魔導具使ったんだと思ってたが、そう単純な話でもなさそうだ)

 彼等は神という単語に対してあまりに従順であり、あくまでも尊敬と敬愛から来る執着が原点なのが見ていて分かる。
それは新興宗教にどっぷりハマってしまった人、というよりは熱狂的なアイドルファンに近いものが感じられた。
 明確な相違点は、ジャハルナラー教団に所属している者のように狂信的な空気は纏っておらず只管、不健康なのが丸わかりな見た目 ── 痩せ細り骨と皮だけみたいな者が目に隈を作っていて、内臓をやられている黄色や黒に近い皮膚色 ── で、それでも神様を信じていればきっとその内何とかなるよーだって神様だものーウフフーアハハー…といった共通の主張や様子が見られることだろう。
これで健康そうに見えたならば、本人幸せそうだしそっとしとこう、となる可能性も否めないのだが、家族や友人、恋人が全力で止めるのも理解出来るような見た目の変化があるのだから “解放派” などと言うものが出来てしまうのだろう。
極め付けは。

[ブルーゼイ。彼奴らから贄の臭いがするのに気づいておるかや?]
「ああ。信徒にする訳でもねぇのに何で魔導具に細工なんかしやがったのか不思議に思ってたんだが、16次元に逃げ込んでる本体のエネルギー補給用だったんだな」

 魔導具で怪我や病気が治っても文字通り精根尽き果てるまでジャハルナラー本体に飴玉みたいにちょっとずつちょっとずつしゃぶられて、やがてはその命も消え失せることになる。

「邪神や穢神名乗ってるような連中だって、テメェの信徒に対する扱いは、もっと全然マシだぞ。つか、これって明らかに神界協定違反だろ」

 管理界に居る管理神、神仏界に居る神や仏に課されるこの協定は、例の3人組が仕切っている数少ない共通ルールだ。

[左様。彼の方達に報告してたもれ]
「分かった。最終的にあの3人がどういう判断下すかまでは俺には分からねぇがな」
「アニキ、こっち側に集めた連中って、例の件があって治せないヤツらだろ? その協定違反ってのがどんだけ影響すんのか俺には分かんないけど、このまま放っといてコイツら大丈夫なの?」

 当然と言えば当然の疑問を口にしながらエルリッヒがこちらへ戻ってきた。
エルリーリアも一緒なので、治癒出来る者達への処置は終わったようだ。

「全然大丈夫じゃねぇよ。けど、次元越えどうにかするとなりゃ、俺1人じゃ流石にな。スガルとお姫さん敵に回したの完全に悪手だったな、あの連中」
「あー……ね。何で状況考えて文句言う相手とかタイミング選べなかったんだろうね?」
「判断基準が、感情優先なんだろ。自分達やここに居る者達は不当な扱いを受けたんだから文句を言っても許される、全ての要求が通って当然だってな」
「うん、まぁ、気持ちは分かるんだけどさ? 大事なことだからもっかい言うよ? 何で言う相手とタイミング選べねぇのさ? ちょっと考えりゃ最終的にゃ自分達が不利になるって分かりそうなもんなのに」

 ブルーの答えに再び同じフレーズを繰り返したエルリッヒにエルリーリアも「確かにそこは大事だ」と思ったらしくコックリと頷いて、ブルーへと目を戻す。

「ホントに文句言いたい相手には言えないとか、言いやすい方に言ってるとか、その程度の理由だろ。前にバウレスでも居たけどよ、自分の価値観で正しいと思える言葉や行いなら口にしたり実行したりしても全面的に許されるって根拠ゼロで信じてるヤツって一定数いんだよ」
「面白いよね。俺も前世でそんな感じだったヤツ知ってるけど価値観って言葉、絶対曲解してるのに、そこが分かってないとことか特にさ。正しいと思うことの範囲が狭過ぎなのに気づいてなくて、まるで他人の価値観認めたら自分の人生が無価値になるとでも思ってるみたいだよ」
「姫様もっ、聖勇者様もっ、最初はお話ししようとしてたのですっ。でもっ、1番前に居た人がっ、『そもそもっ、女神姫とか呼ばれてるお前がっ、他の国でっ、売名行為に精を出すことを優先してっ、勇者達を連れ回した挙句っ、この国に来るのを後回しにしたのがっ、こんなことになった原因じゃないか』って言ったのですっ」

 3人の中で唯一、あの場に居たエルリーリアが一生懸命再現してくれたその台詞で、傍に居る2精霊の周囲に目くじらマークが大量に乱舞しているような幻視が見えてきそうでブルーとエルリッヒが、引き攣ったような顔をした。

「その後はっ、聖勇者様と姫様がっ、どれだけお話ししてもっ『関係ないっ! 全部っ、お前らが悪い』って言ってっ、殴りかかって来たのですっ」
「迎撃したのは、スガルか? それともお姫さん?」
「一緒にっ、雷魔法をドーンってしたのですっ」
「それであれだけ大量に累々してた訳か。納得」

 納得自体はできたけれど、精霊の怒りは解けないし、状況がそれで変わる訳でもなかった。

「せめてアストレイとサナンジェがやってくれりゃフォローのしようもあったんだけどなぁ……」
「無理だよ、アニキ。どう考えたってその2人じゃ、聖勇者サンと女神姫サマに速度負けするって。ぶっちゃけちゃばけ今のメンバーでその2人に速さで勝てるのってアニキくらいっしょ?」
「この国で、あの2人から目を離した俺がバカだった……」

 正論過ぎるエルリッヒの突っ込みに、どう考えてもそこから予定が狂ったとしか思えないブルーが、思わず座り込んで額を押さえる。
その様子に自分が一緒に行動しだしてからブルーがあの2人から離れた最初のタイミングは、いつだったろうとエルリッヒが記憶の糸を辿り、エルリーリアは高い所から降りてきて丁度よい具合の位置に来たブルーの頭を慰めるように撫でていた。




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