天空国家の規格外王子は今日も地上を巡り行く

有馬 迅

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第1章 ウィムンド王国編 1

魔導錬金

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 倉庫街を飛び立ったアーウィンは、ワイバーンのブレス着弾地点として最初に訪れたディムリア洋裁店へと再びやって来て、通りへと着地した。

「アーウィン殿下」
「ここは落ち着いたようだな。何よりだ」

 近くにいた冒険者の男が1人、名を呼んで傍までやって来てくれたのに合わせてアーウィンは、そう切り出した。

「はい。お陰様で。もしかして、様子をご覧になるためにお越しくださったのですか?」
「それもあるが、火事に遭ったここの店主に用があってな。急ですまぬが会うことは可能だろうか?」
「はい。丁度、そこで今回の件について調査の責任者殿が聞き取りをしていますので。話しを通して参りましょうか?」
「すまぬが頼めるか?」
「はい。お待ちください」

 そう言って、調査責任者となったらしい騎士のスライと1人の女性が話している先へと向かった冒険者の背を見送って、アーウィンは店であった場所へと目を移した。
 燃えて炭化した柱や床、階段に壁。
室内にあった物もほぼ炭や灰と化していて、中を調べている者達も燃え残っている物など見つけることはないようで、先行きを考えるとどうしてもその場の空気は重く、沈んだものになってしまっているようだった。

「アーウィン殿下」

 そんな人々の表情を垣間見ていたアーウィンに横合いから先程の冒険者がスライと1人の女性を伴って声をかけて来た。

「ああ、すまぬな。構わぬなら私からそちらへ行こうかと思っていたのだが」
「いえ、そんな。とんでもございません」

 この王子様は随分と王族として腰もフットワークも軽い御仁のようだったが、本来であれば階級が下の者である自分達を滞在場所へ呼びつけて用件を一方的に押し付けても当然な立場にいる筈の人物なのだ。
 それが何の用事であったとしても王族が自ら足を運ばれるなど滅多にないことで、場合によってはその場所や相手が栄誉に思わなければならないような話しなのだけれど。

「ご紹介いたします。こちらが、お声がけいただきましたディムリア洋裁商店の店主、イルセリース・ディムリアにごさいます」

 なので、飲食店の火事現場で彼に名乗りを済ませて顔見知りとなった騎士として自分が平民である彼女を紹介してもそれはこの国の階級制度を考えれば自然なことであっただろうし。

「ご紹介に預かりました、イルセリース・ディムリアにごさいます。アーウィン殿下におかれましては、此度、格別のご高配を賜り、感謝のしようもございません。お助けいただきました従業員とその家族を代表いたしまして、厚く御礼申し上げます」

 紹介された彼女がこうして彼に自己紹介と謝礼を述べて頭を下げても何の不思議もない筈だった。

「構わぬ、楽にせよ」

 だからこそ、彼の発したこの言葉に三人は揃って心の中で、ホッと息を吐いてしまったのだから。

「イルセリース女史。倉庫街の火災現場で耳にしたのだが、この国には此度のような被災下で被害に遭った者達へ補償をするような制度がないようだな。失礼ながら店や従業員を今後、どうするのか目処は立っておるのか?」

 だが、貴族式のしち面倒なアレコレを綺麗にスッ飛ばして早々に本題らしきものを切り出した彼に対して、自分達はもっと心の準備をしておくべきだったのかもしれない。

「……いえ、お恥ずかしながら。蓄えを全て使って店を再建したとしても事業の立て直しや、その間の従業員の生活のことまでは、とても手が回りません……後援をいただいているお貴族様にも打診をいたしましたが、先の見通しが立たぬ状態ではと融資を保留されてしまいまして……」
「そうか」

 問われたことに事実を事実として述べただけの彼女に彼はそう言って、何故だろう?
会心の笑みを浮かべてみせた。

「では、それを踏まえてイルセリース女史に是非、頼みたいことがある。この店が燃えた後の残骸を全て私に譲って貰えぬだろうか。無論、相応の礼はする」
「えっ?」

 ここから完全に話がおかしくなった、とスライと案内の冒険者は、声を揃えて後に周囲へと話していたという。

「あ、あの……ほぼ、炭と灰、しか、ないかと、思われます、が?」
「ああ、そうだ。多少の燃え残りはあるやもしれぬが、ワイバーンのブレスだ。使えるレベルのものは残っておるまい。どうだ?」
「炭と灰、なのですが?」

 彼等同様、アーウィンの意図がサッパリ分からないのだろう。
ただ、王族からの不興を買いたくない一心で彼女は、ここ大事! とでも言わんばかりに同じ文節を繰り返した。

「そう何度も念を入れずとも分かっているよ。無論、土地の方はいらぬ。どうだね?」

 ちょっと困ったような表情を浮かべてそう言った彼に悪意や二心は感じられなかったし、平民相手に何か無理なことを要求しているのでもないように思えた。

「取っておいても二束三文で火種売りに出すだけですので……お望みであれば、喜んで、お譲りいたしますが……?」
「それは有り難い。では、今すぐ対価を用意するゆえ、暫しの間そこで待っていてくれ」
「!」

 対価。
その単語を聞いて三人は、漸くアーウィンの意図が分かった気がした。
 彼は先に「この国には此度のような被災下で被害に遭った者達へ補償をするような制度がないようだな」とことわりを入れてから彼女と店の現状を確認した。
それはつまり、今後や金銭的な問題に何の支障もないのであれば口出しも手出しもするつもりはないが、そうでないなら補償代わりになるものを自分が出すつもりでいたのだろうと。

(ああ……そういうことか……他国の王族であられるというのに、この方は本当に民を思い遣ることの出来る御方なのだなぁ)
(流石に他国の王子が縁もゆかりもない者に無償で見舞金みたいなものを出す訳にはいかないものな。だから炭だの灰だのでいいから買い取ることで、代金として補償金を渡そうってのか)

 そんな風に穏やかな有り難さに包まれたような空気が漂っていたのは、この時までだった。
 アーウィンの足元へ突如として巨大な魔法陣が広がった。
 九芒星を中心に複雑な幾何学模様じみた代物が規則的に配置され、見たことのない……けれど文字ではないのかと推測できる配列の何かが並ぶ。
 巨大な魔法陣の周辺には40°ごとに九つの小さな魔法陣が配され、その中には七芒星が描かれていた。

「ɛniːɛneː deːiːɛmeːɛnɛsiːøːumlautɛnɛs
øːumlautɛfhaːiːgeːhaː ɛɐɛːumlautɛnkaːɛs.
Deː¨peː¨ɛndeː Oːɛnɛːumlautɛlɛːumlautveː
ɛnɛːumlau¨teːyːumlautɛɐeː Oːɛfteːhaːeː
ɛniːɛneː eːɛːumlautɛɐteːhaːɛl'ʏpsilɔn
veːøːumlautɛɐɛldeːɛs ɛspeːiːɛɐiːteː
Oːɛfɛːumlaut deː¨ɛːumlautdeː
peː¨ɛɐɛsøːumlautɛn veːøːumlautɛɐɛldeː.」
(高位九次元こういくじげん 九界精霊界くかいせいれいかいことわりに依りて)

 アーウィンの言葉に従って力を与えられた魔法陣が眩い金の光粒を周囲から集めながら動き始める。

「ßyːumlaut Aːɛsøːumlautːumlautɛɐtseː¨
ɛfɛɐøːumlautɛm teːhaːeːɛsɛːumlautɛmeː
teːhaːiːɛngeː iːɛnɛm'ʏpsilɔn
teːhaːiːɛngeː Oːɛfteːhaːeː ɛfiːɛndeːiːɛngeː.」
(我の求めし姿のもの、源を同じくするものより構築せしめよ)

 巨大な魔法陣の外側にある九つの魔法陣が順に眩い光を灯してゆき、それぞれ別の色彩を纏った何かが陣の中央へと現れて調音している楽器のような一音を九つの音色で放つ。

「Uːɛsiːɛngeː ɛmɛːumlautgeːiːɛsteː¨ɛːumlautɛl
ɛːumlautltseːhaːeːɛm'ʏpsilɔn
ɛseːtseːɛɐeːteː ɛːumlautɛɐteː
Iːɛːumlautpeːpeː¨ɛːumlautɛɐ
haːeːɛɐeː ɛnøːumlautveː.」
(魔導錬金マギステルアルケミー秘奥ひおうを持ちて 今ここに顕現せよ)

 魔法陣から浮かび上がった文字のようなものが高速で右斜め上方向へと渦を巻いて回転を始める。
すると炭という炭、灰という灰が風に巻き上げられたかのように火事現場から舞い、魔法陣から発せられる金の光粒と共にアーウィンの居る巨大魔法陣の上空一所に集められてゆく。

「──── Deːiːɛːumlautɛmøːumlautɛndeː.」
(──── 金剛透石)

 アーウィンの頭上に集まった炭と灰、金の光粒、九つの魔法陣から放たれた九色の光が1つに纏まり、何かが割れるような硬質な音が一度だけ響き渡ると彼の上空には、いくつもの透明な物が現れていた。
 アーウィンが、左手を翻すことで開いた小収納から小袋を取り出してその口を大きく開く。
 夕刻に近くなってきた陽の光をキラキラと反射している上空の物は、全てその袋の中へと降り来る形で収まって、まるで夢幻の類いであったかのように魔法陣も全ての光もスーッと消えていった。

「待たせたな。これが炭と灰を譲ってもらった対価になる。後援の貴族とやらにでも買い取ってもらうがいい」
「ええっ⁈ あ、あのっ⁈」

 イルセリースは、袋ごと渡されたそれを見間違いではなかったかと確認するように広げて覗き込み、中の1つを取り出した。
 無論、それは見間違いなどではなく、炭でも灰でもなく無色透明の石だった。
 この世の物とは思えぬようなカットのされ方をして神々しさすら感じる煌めきを放つその石は、最高級の金剛透石に見えた。

「ええええええっ⁈ す、炭と灰、でしたよね⁈ そんな物からどうやってこんな金剛透石みたいな宝石が⁈」
「うん? ああ……この国にはそういう知識もないのか。困ったものだな。地妖精ドワーフ辺りなら知っておるやもしれぬが、金剛透石と炭というのはな。ずーっと辿ってゆくと元となって居るものが同じなのだよ」
「ええっ⁈」
「同じって……炭や灰とこの宝石が、ですか⁈」
「ああ。だから、ほら? 宝石類は金属と違って炭や灰と同じように燃えるとなくなってしまうだろう?」

 えっ?
そうなの⁈
って言うか、そもそも宝石って燃えるの? 石なのに⁈
 希少石であり、宝飾品に使われる最高級の鉱石とされる金剛透石や宝石類を好奇心や確認の為だけに燃やしてみようとする者など市井にいる筈もなく、アーウィンが出した類例は、その場に驚きしか齎さなかったようだった。




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