天空国家の規格外王子は今日も地上を巡り行く

有馬 迅

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第1章 ウィムンド王国編 2

疫癘竜亜種に纏わるアレやソレ -1-

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「まず、疫癘えきれいというものの原因が、何なのかを最初に説明しよう」

 そう言って、アーウィンは新たな光板を出して、そこに15の物を映し出した。
 丸いものが幾つか固まっていたり、クネクネと曲がりながら1列に繋がっていたり。
 細長い角丸長方形から紐が1本ぺろっと伸びているものや、髭みたいにワジャワジャ生えているもの。
 丸と棒が繋がっているだけのものや、その棒の先にもう1つの丸がついているものなど様々だ。

「ここに出したものは “細菌” と呼ばれる病気の原因となるものの1種、その姿だ。細菌の中の、ほんの一例に過ぎんがな」
「さいきん……」
「こんなのが、病気の原因なのかよ……」

 科化学的にも医療分野に於いてもヴェルザリスより遥かに遅れているこの国では、病気は良くない気が固まった物であるとか、呪いによるものだとか言われていた。
 確かに、そう言うものが原因なことも残念ながらあるのだけれど、それ以外の原因があるだなんて、誰も思っていなかったのだ。

「専門的過ぎる話しは、科化学の知識が薄そうなこの国で説明すると余計に分からなくなる可能性の方が高いゆえ、今は、そういうものが居るのだ、とだけ理解出来ればよい」
「居る? ……このよく分からん形状をしたものは、生き物なのですか?」
「そうだ」

 ベントレー子爵の問いかけに即、返ってきたアーウィンの返答は、全員に光板へと映し出されていたものを二度見した挙句、凝視させるのに充分だった。

「こんな生き物見たことないんですが、何処に居るんですか?」
「目に見える大きさではないだけだ。1から5μmミュールメルガ……1mmミルズメルガの千分の1から千分の5程度の大きさしかないゆえ、魔導顕微鏡という特殊な拡大鏡を使わねば、こうして目で見ることは叶わぬ。だが、何処に居るかと言うのならば、何処にでも、というのが答えだな」
「せんぶんのいち……」
「ほう。魔導顕微鏡のう」
「何処にでも……?」

 アーウィンの説明に各々が気になったらしい単語を溢しながら、ほんの僅かな間、思考に耽る。

「外の何処ぞにどの細菌が居るのか、というだけではなく、最も身近であろう、そなた達自身にも細菌は常に存在して居る。例えば、顔や髪、手や身体、足の裏に至るまでの皮膚にも居るし、口の中、腹の中などにもな」
「ええっ⁈」

 魔導顕微鏡なる、魔導具的な代物を使わなければ見えないと予め言われていても、病気の原因となるものが常に自分自身へ、くっついていると聞かされると流石に穏やかではいられず、ついつい手だの腕だのをガン見したり、自分の顔をペタペタ触ってからその手を眺めてしまった。

「そして、それより更に小さい病気の原因となる物質が “ウイルス” と呼ばれている物だ」

 言いながらアーウィンが紫板を指先で叩き、これまで表示していた細菌の姿を小さくして左上端へと寄せ、代わりに球体に突起状の物や毛のようなものが生えている姿のものを9つ映し出す。

「大きさは細菌の更に千分の1、単位はnmナルズメルガ。蛋白質と呼ばれる高分子化合物で出来た外殻、内部に遺伝子を内包するだけの単純な構造をしていて、細菌とは違い栄養を摂取して何某かのエネルギーを生産するような生命活動はしていない。自分自身で増殖する能力がないゆえに、他の生物の細胞に入り込む、つまり、他の生き物を己に感染させ続けることでしか生き残ることが出来ぬのが特徴だ」
「じゃあ、感染ってのをしなけりゃ、それ以上は増えないってことなんですか?」
「理論上は、そうなるな。最初に何処で発生して、どうやって増え、存続していて、いつ誰がどうやってそれに感染して、其奴の中で増えられてしまったのかが分かれば、という前提条件の上での話しだがな」

 スライの疑問にアーウィンが並べた条件は、ある意味、当然ではあるものの研究や理解なくして、成り立つ話しではなく、防ぐことを考えても治すことも考えても、これを理解しているかどうかで治癒魔法や回復魔法の効目は、ビックリする程、変わってしまうことだろう……と、説明されれば察することが出来た。

「やっぱり、そういうのを感覚や経験でもいいから、何となくでも分かってる人とそうじゃない人の治癒や回復の魔法って、差が出ちゃうものなんですねぇ」
「当然だ。専門料理を知らぬまま調理する者と基礎から応用まで幅広い知識と理解、経験を持って調理する者の出来が同じではないように、分かりやすいほど明確に差が出る。治癒や回復だけに留まらず、それはあらゆる魔法に言えることだ」
「あー……なんで術者によって、同じ魔法でも結果に差が出来るのか、よく分かんなかったんですけど、そういうことなんだぁ……」
「魔力量や熟練度、レベルやスキルの差なのだと言われとったが、それらを抜きに考えた場合、料理に例えられると確かに、と理解が及びますな」

 バリナとローガンがアーウィンの回答を間に挟みながら理解の深まった事柄に、何処か感慨深げな声を上げた。

「さて、3番目の原因となるものだが、前の2つと違い、多細胞真核生物という生物分類となる “真菌” 。……これだ」

 話しながら、映し出されていたものをまた光板の中で小さくし、細菌の隣右へ移動させたアーウィンが次に映し出したのは、木の枝を思わせる分かれ方をして、蟹足を連想する節目のある細長い代物だった。

「真菌は大きく分けて2種類。糸状菌と酵母だ。恐らく、そう言われてこれだけ見ても罹患する病が何なのか分かり難いだろうから、これに関しては具体例を出そう」

 そう言って光板の右半分に映し出されたのは、主に皮膚症状で、水膨れが出来ていたり、赤く爛れていたり、皮が白くボロボロに剥けていたりしていた。

「白癬菌症……所謂、ミズムシという爪や皮膚の状態異常症状を引き起こす病だ。この症状は、細菌でもウイルスでもなく、この真菌が原因なのだ」
「…………」
「…………」
「殿下、聞いてもいいのニャ?」
「わたくしも、お聞きしたいことが」

 下を向いて黙りこくってしまった騎士組達を慮ってか、ミューニャとフェリシティアが挙手した上でアーウィンに問いかける。

「構わぬが?」
「これまで細菌っていうのとウイルスっていうのは、具体的な病気名みたいのが出て来なかったのに、何でこの真菌だけは、例になる病気の名前を出したのニャ?」
「細菌感染症とウイルス感染症は種類も数も多く、1つ1つ上げていくとキリがない。それに比べて真菌感染症は内訳の種類こそ多いが、数自体は少ない。それと、例に出した白癬菌症のようにどの国や土地柄に於いてもある程度の感染及び伝染例が存在し、文明レベルによっては根治治療が難しい割に、認知度と罹患者数だけは異様に高い感染症が存在しているのだと理解してもらう為には、これが最適な例だったからだ」

 言われてミューニャは考える。
 確かに騎士と冒険者は、ミズムシ患者率が高いので、知らない者の方が少ないだろう。
 恐らく今、下を向いて黙っている連中も皆、経験者または絶賛闘病中の者達なのではないかと思われた。
 そして何より、この病気は綺麗好きな男女よりも身形みなりや細かいことにあまり気を配らない男女の方が罹患率が高いと言われている。
 だが、それが事実なのか、ガセ情報なのかまではミューニャには分からなかった。

「アーウィン殿下。実は、わたくしの父がこの病に罹患しておりまして。わたくし自身は罹っておりませんが、その……これは、ヴェルザリスで完治する類いの病なのでしょうか?」
「ああ。勿論だ。予防法も治療法も確立しているし、感染の原因になっている所を特定して真菌を撲滅することで、再罹患する確率を下げることも可能だ」
「そうですか。でしたら良かったで……」
「殿下ッ! 是非、その英知を我が国に御下げ渡しいただきたく!」
「私からも! 是非にお願いしとうございます!」

 アーウィンの言葉に、完治する病なのだと分かってホッとした様子を見せたフェリシティアの言葉尻を待たず、フリュヒテンゴルト公爵とベントレー子爵が物凄く力を込めて、懇願の文節を並べた。

「うむ。この病は、個々人の清潔度や免疫状態も発症を左右する上、状態の悪い者になると頭や顔、手足の爪はもとより全身症状に発展する危険性があるゆえ……」
「ええっ⁈」
「そ、そうなんですか⁈ 見えない所ならまだしも顔がこんなになっちゃうなんて嫌ですっ!」

 驚いた様子のレンリアードと、よせばいいのに想像してしまったらしいバリナが声を上げ、公爵と子爵は絶望に顔色をなくして、崩れるように椅子の上へと逆戻りした。

「酷くなる前に治せばよいだけのことだ。その為の知識や技術は、国から求めがあれば提供しよう」

 元々、そう続けるつもりだったのだろうアーウィンがそう切り出した瞬間、公爵と子爵が蘇ったように椅子から立ち上がって拳を握った。

「っ! 必ずや捥ぎ取るぞ、ライファルド!」
「援護は任せろ! 陛下への奏上は頼むぞ、ダンベルド‼︎」
「おうよ!」

 勢い余って私的な呼びかけ方をしてしまったことにすら気づかない公爵と子爵の2人に、レンリアードとローガンも、つられるようにして椅子を蹴った。

「頼みましたよ⁈ 公爵! 子爵! ミズムシ攻略法を我が手に!」
「これは革命じゃ! ミズムシの完治が成れば、どれだけの者が戦いに集中し、睡眠を邪魔されない環境を手に出来ることか……っ!」
「確かになッ! 痒いし痛いし、汗と汁と塗り薬で靴ん中滑るし、最悪だからな、戦闘中は!」

 スライも4人に同調して席を立ち、同じように拳を握った。
 バリナもそれぞれの言葉に順次、コクコクと頷いている。

「よし! 必ずや許可を取り、完治させるぞ!」
「おおっ!」

 何だかよく分からない一致団結ぶりを見せる6人にミューニャとフェリシティアは苦笑いし、アーウィンは不思議そうに首を傾げていた。

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