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別れと出会い

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Side:レックス

森の奥へと駆け抜ける。森での追いかけっこは慣れていることもあり、追い付かれる様なヘマはしていない

「どこに向かう?振り切るのは少々難しそうだけど」

シャロの地形把握能力は控えめに言って異常だ。初めての土地でも完全に知り尽くしたかのように行動出来るのは天稟という奴だろう。三人・・で遊ぶ時は彼女に毎回先導を任せていた。最も、あの馬鹿が振り回す形でだが

「そうだね、振り切れることを祈って森の奥地にまで行こうと思う。いかに高位冒険者と言えどいつまでも私達を補足し続けるなんて無理だろうし」

「そうか?僕は少々自信が無いが……」

彼女は俺を指して己より下位と言い放った。という事は僕より当然強いのだろう。友達・・として、居場所の無い僕を誘ってくれたシャロには心の底から感謝している。だから、迷惑は出来るだけかけたくない

「大丈夫、いざとなったら私が守るよ」

「それ、男として終わってない?」

やはり、僕は御荷物なのだろうか。今までの旅も正直、シャロだけで十分だったと思う。一緒に居て楽しいからと答えてくれたけど、彼女が魔王討伐を成し遂げるまでこんな森の奥に潜むべきなのでは…………いや、やはり女戦士の言う通りに消え去った方がシャロの為なのではないのだろうか。彼女は優しいから、そして負い目・・・を感じて僕と付き合ってくれていると考えれば僕が消えれば彼女は陽の光の当たる所へ、本来居るべき場所に戻れるのでは無いのだろうか。僕という足枷が彼女の英雄覇道を邪魔しているのでは無いだろうか。考えれば考えるほど己の矮小さが、卑しさが嫌になってくる

しかし、ここで足を止めるのも得策ではないだろう。シャロに続いて……うん?血の匂いが微かにする

「シャロ!」

「分かってる。ちょっと不味いかも」

速度を跳ね上げる。否、前方に跳躍して回避する。一瞬前に居たところには植物の蔦が群がっており、今も尚僕達を狙っている。植物の魔物……にしては知能が低い。魔族にしては剣呑過ぎる。信じ難いが食虫植物の進化系みたいなものだろうか
回避、加速、回避、加速。フェイントを織り込みながら蔦の猛攻を潜り抜ける。極度の集中により時間が引き伸ばされたかのような感覚に陥るが、もうすぐ群生地を抜け──────

「あ、あぁ、あぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!」

「止まらないで!」

響く断末魔・・・に硬直するが、シャロの鋭い一声で我に返り群生地を抜け切る

「どうにか助けないと!」

確かに彼女のせいで石を投げられたり、朝っぱらから走り回ったりするハメになったが死んで欲しいとまでは思わない。植物ならば火が有効か?しかし、どう見ても水分たっぷりのこの植物相手に火が有効かどうかは微妙だし下手したらこの森一帯が全焼してしまう

「多分もうダメ。声が聞こえないもの。それに、此方の気を引く作戦だった場合どうするの?」

言われてみてハッとする。聞こえた悲鳴は一度きり、後は食人植物が群がっている塊が見えるだけだ

「でも、まだ助かる可能性も……」

「本当にそう思ってる?」

無理だ。この状況で取り返しがつくほど命というものが安くない事を理解している。沈黙をもって彼女の言葉への返答とする

「どのみち、この程度を切り抜けられないようじゃ遅かれ早かれ死んでたわ。貴方のことだから心を痛めるかもしれないけど、それでも今回は事故だったとしか言えない」

「そう……だな」

いつまでも気に病んでいては仕方が無い。とは思うのだが、やはり人が死ぬのは心が苦しい。例えそれが悪意をもって接してきた人でも
死んでいい人なんて居ないと僕は考えている。それにもし、今回命を落としたのがあの女戦士でなくシャロだったならば…………

「大丈夫、私は何があっても死なないから」

そんな気持ちを見透かしているかのように、月光を体現したかのような少女はニコリと微笑む
そうして、僕達はまた二人旅を再開した

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Side:シャーロット

見立ては間違っていなかった。やはりというか、順当にというか、女戦士は食人植物の肥料になった
先に断っておくが、私は別に彼に近付く人全てを排除したい訳では無い。もし彼女がまともな感性を持っており、止むを得ない事情があって旅に同行するというのならば止めはしないし目的地まで守るのもやぶさかではない。男女間での友情が成立するかどうかの議論は置いておき、友人になりたいというのならばそれも歓迎しよう。一定以上のコミュニケーション能力を持っておくのは彼の為になるのだから
だが、明確な悪を持って彼に害をなすというのならば話は別だ。合法非合法を問わずに可能な限り迅速に排除したい
そのままも会話が途切れ途切れになりながらも次の街へ向かう。その途中で薄緑の髪をした12歳くらいの少女に遭遇した

「誰?」

正直に言えば怪しい
森の奥地というのは少女が生きていくには少々酷な環境だ。野獣ならまだしも、魔獣に襲われた日には柔らかい肉のデザートとなるだろう。迷子になるにしても少々村から遠過ぎる。やつれた様子は無く、散歩にでも出たような雰囲気だ
不意の遭遇だった為に、レックスの髪を隠す余裕は無かった。しかし、それでも少女は何も騒ぎ立てない。普通・・なら忌々しいことに石でも拾って投げつけるのが当たり前の反応だ

「お嬢ちゃんは迷子?」

レックスは全くの無警戒で話している。どう見ても怪しいでしょ……
もしかして、小児性愛者ロリコン?確かに愛くるしい見た目をしているがそんな上機嫌で談笑する事はないんじゃないかな
いやいや、これが彼の情報を引き出す為のテクニックなのかも……という線は薄いよね。そんな器用なことが出来る人じゃないのは知っているし

「どうやら、この近くに家があるらしいよ。お母さんが帰ってこないから探しに来たらしい」

成程ね……確かにその設定・・ならば森の奥地を散策していても怪しまれることは少ない
だが、やはり私のを誤魔化すには甘い化け方と言わざるを得ない
ネタばらしをしてしまえば彼女はアルラウネの魔族だ。男性を誘惑するという、魔族の中でもそこそこな穏健派かつ好色な種族
族に完全支配された世界というのを悪とは考えていない。少々性に対してルーズになるのだろうが、二人で引きこもれば問題は無いだろう。私も分類としては魔族だし
人間側としては宗教的問題や、単純に長年積もった嫌悪感とやらが親和を阻害している。どこぞの馬鹿が流布したであろう虚言に踊らされるような種族だ。凝り固まった価値観を変えるのは難しいだろう。それに、魔王が代替わりしてからも人を積極的に襲う魔族が居ることも事実ではあるから魔族を完全な善とは言えない

さて、レックスに手を出す・・・・のはやめて欲しいのだが…………どうにか穏便にことを済まして先に進めないだろうか

「シャロ、この子の親を探すのを手伝ってあげようと思うんだけど」

「お姉ちゃんは勇者様なんでしょ?私とお兄ちゃんとお姉ちゃんで二手に別れた方が効率がいいと思うんの!」

正体が分かれば狙いは明け透け。私が居ない間にレックスと…………ゴホン、そういうことをしようという腹積もりなのだろう。それは流石に看過できないのでレックスと離して交渉するのが手っ取り早い解決策だろうか

「それなら私とこの子で探そうと思うわ。一応女の子だしね、同性といた方が安心するでしょう?」

「了解だよ」

レックスがこの森の魔獣に苦戦するとは考え辛い。という事で後は少女が何かを言う前に出発することだ

「ねぇ、アルラウネ。事を荒立てたくないでしょ?」

耳元で囁くと面白いようにビクリとする。見た目が少女なのでついつい反応を見てからかいたくなる。私もこのくらい幼い見た目だったならば、レックスと積極的に触れ合えたのだろうか
内心震えているであろう少女を連れ、私達は二手に分かれて茶番にも思える探索へと身を投じた
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